29話 階下への冒険
眩むほどの金色を輝かせる、黄金の宝を前にして、一行はまず金貨の総数を数えはじめた。
「十枚数えて積み上げる、を繰り返していく……と言うことですか?」
「その通りです、ノルン様。
そのようにすることで、この大量の金貨の総数を数えやすくなりますので」
「そうなのですね、分かりました」
博識なキトの提案をきっかけに、金貨を数えて積み上げ、並べていく作業はしばし続き……。
そののち、しっかりと五等分に、分け合うことが出来た。
「わーいっ! 金貨いっぱーい!!」
「目がチカチカします……!」
楽しげな声を上げるフーヒオと、またたきを繰り返すアイルはそろって、キトが布袋の神物から取り出した大きな布の上に、金貨を乗せていく。
ウイトとフーヒオとアイルたちの金貨は、布に包んだあと、キトの布袋の神物に入れて、神託迷宮の外まで運ぶことになっており、三人はせっせと作業を続ける。
「これで、俺たちも金貨持ちの仲間入りだ」
「うむ。とは言え、私は神学者としての探究に使う物を買うだけで、かなり減ってしまうだろうが……」
「キトさんは熱心な神学者だからな」
作業をしながら会話するウイトとキトの声を聴きつつ、ノルンは自身の分として積み上がった金貨を、掌ですくい上げては布袋の神物に入れていく。
またしばし、チャリチャリと金貨が立てる音が続いたのち――ようやく、一行は宝を袋にしまい込み、部屋を出る準備を終えた。
「さて、この後はどうする?
このまま帰るか、いったん食事でもするか……」
ウイトの言葉に、全員がう~んと考え込む中、ふとノルンの銀の瞳が入り口の正面にあたる壁を見て、ぱちりとまたたく。
その壁には、この部屋に入って来た当初は確かに刻まれていなかったはずの神託が、つらつらと刻まれていた。
ほっそりとした腕を伸ばし、ノルンは無言でいつの間にか現れていた神託を指差す。
「な!? 神託があるではないか!?」
「えー!? なんでなんで??」
「あの壁には、なにも刻まれていませんでした……よね?」
「ああ。……まさかの展開だな」
驚く四人のそばで、ひたと神託を見つめていたノルンが、その銀色の視線でなぞった文を読み上げる。
「[冒険者よ、さらなる奥へと進む許しを、今ここで与えよう。
その力でこの壁を壊し、階下へ進め]」
とたんに、部屋の中へと満ちたのは――じわりとにじみ出た緊張感と、それをも勝る好奇心。
「どうする?」
「行くに決まってんじゃん!」
「まだ、奥があるなら……わたしも、行ってみたいです!」
「ま、俺たちはそうだよな」
すぐさま次の方針を決めた三人の解読者が、互いに交わす笑顔を見つめ、ノルンもすぐに心を決めた。
「私も、冒険を続けます」
「お! ノルンさんも冒険者になるんだな?」
「はい、冒険者になります」
コクリと素直にうなずいたノルンへ、爽やかな微笑みを返し、ウイトは青い瞳をキトに注ぐ。
自然と、その場にいる全員の視線を集めた神学者は――大きく息を吸い込み、勢いよく告げた。
「えぇい! 今だけは、私も冒険をする者、だ!!」
キトの宣言に、三人とノルンは口角を上げて笑み、一行はまたそろって神託が刻まれた壁へと歩み寄る。
神託の内容に従い、壁を壊すためにと紋様秘術を発動したのは、不敵に微笑むフーヒオだった。
「《火の剣》!」
言の葉により、現れた赤色の神の文字が転じて、燃え盛る火の大剣へと姿を変える。
その大剣を豪快に振るったフーヒオの斬撃は、見事に壁を斬り、四角の線を描いた。
刹那、茶色に輝いた神託と共に壁が消え去り――奥に隠されていた、下へと続く階段が現れる。
またもや、暗がりに包まれた階段を見つめ、息を吞む人間たちより一歩前へ、足を踏み出した神の子は、先頭に立ったまま静かに告げた。
「それでは――階下への冒険を、はじめましょう」
ノルンの言葉に促され、フーヒオが持つ光る石と、ノルンの光の紋様秘術で通路状の階段を照らしながら、一行は奥へ向かってゆっくりと階段を下っていく。
そうして、足下に気をつけながら長く下ったのち。
「たぶん、ですが……ここが、この神託迷宮の最深部にあたる部屋、だと思います」
現れた扉を前にして、そう神の子としての感覚で気づいたことを、ノルンは後方の四人へと伝える。
その最奥へ至るために立ち塞がる、最後の扉には――ひっそりと刻まれた、神の文字が連なっていた。
「では、この神託を読み解くことで、大迷宮の最も奥深い部屋へ、入ることができるのですな」
「はい。……そのはず、です」
片眼鏡をかけ直し、扉へと歩み寄って来たキトの言葉に、ノルンは少しだけ自信なさげに返す。
ノルンの様子を見て、一瞬不思議そうに互いの顔を見合わせた三人の解読者たちは、しかし次の瞬間には、パッと笑顔を咲かせて声を上げる。
「ま、とりあえず読み解いてみれば分かるだろ」
「そーそー! ここで引き返すなんて、ありえないし!」
「わたしも……そう思います」
それぞれに語り、キトの隣に立った三人は、共に神託の文へと視線を注ぎ、言の葉を交し合う。
――が、しかし。
「……分からない、な?」
「わかりません、ね……」
ウイトが零した言葉に、アイルが神妙に同感を返す。
自らが持つ知識だけでは、目の前に刻まれた神託を理解することは難しいと、二人はすぐに気づいた。
それは、他の者たちもまた、同じく。
「夜、太陽……願いと、祈り。
む……ううむ……うむ。
駄目だ、分からん」
しばし呟きと共に熟考した後、いっそ潔く頭を振ってそう告げたキトに、フーヒオがバッと視線を投げる。
「えー!? キトおじさんでも分からないの!?」
「うむ。残念ながらこのような表記では、ただの人間でしかない私には、読み解けない」
「となると……後は」
フーヒオとキトのやり取りを聴き、小さく呟いたウイトが、青い瞳をノルンへと注ぐ。
じっと、神託の文を見つめていた銀の瞳が、一度またたいた後。
ノルンはふっと、吐息を零した。
「……困りました。
読んでも分からない神託は、はじめてです」
「なん、ですとっ!?」
ノルンの返答に、薄緑の瞳を見開くキトのみならず、その場には驚愕が広がり満ちる。
しかし確かにその神託は、神の子にとってさえ――抽象的すぎて、解き方が分からないものだった。




