27話 神に連なる者
隠されていた通路には灯りがなく、フーヒオが手に持つ光る石と、ノルンが発動した光の紋様秘術によって、周囲や足下を照らしながら、一行は慎重に先へと進んで行く。
横に三人並んで歩ける幅の通路を、奥へとまっすぐに歩き、やがて誰よりも暗闇を見通す銀の瞳が、前方を塞ぐ壁とそこに刻まれた神託に気づいた。
「行き止まりの壁と、神託があります」
「おお……これか」
「神託あったー!」
ノルンが伝えた言葉を聴き、先頭を進んでいたウイトとフーヒオが、銀髪と赤髪を跳ねさせて壁へと駆け寄る。
続けて、後方からフーヒオのそばへ駆け寄ったアイルが、神託へと水の瞳を注ぎ、ノルンのそばへと歩み寄ったキトが、ふむと片手を口元へそえた。
「おそらくだが……この通路は、更に奥へと進むために、神託を読み解いていく必要があるのかもしれんな」
「同感です」
真剣な表情で呟いたキトに、コクリとうなずきを返したのち。
「では――手早く進みましょうか」
ノルンは穏やかにそう告げ、サラリと美しい黒の長髪を揺らして、壁に刻まれた神託へと歩み寄った。
銀の瞳に映る神託の文を読み、銀色の視線を左の壁に流す。
つるんとした石の壁が囲む通路の中、前方を塞ぐ壁に近い左側の壁には、不思議な丸い拳大のくぼみが、一つあった。
「アイル。ここのくぼみを、水で満たしてください」
「は、はい! 分かりました!」
ノルンから呼ばれたアイルが、水色の髪を跳ねさせて左側の壁に駆け寄り、くぼみへ片手をかざすと、慌ててキトが待ったをかける。
「待ちたまえ!
不完全な解読のまま、試しに神託を読み解こうとするのは危険だ!」
「大丈夫ですよ」
分かりやすく危険性を伝えるキトを振り返り、ノルンは事もなげに伝えた。
「[欠けた壁を水で補えば、新たな道が開くでしょう]
――そう、書かれていますから」
「な……!」
あっさりと神託の文を読み上げたノルンに、キトが薄緑の瞳を見開き、慌てて片眼鏡を直す。
ウイトやフーヒオも驚く中、ノルンの鏡のように澄んだ銀の瞳に促されたアイルが、水の紋様秘術を発動してくぼみを水で満たした、刹那。
淡い水色に輝いた神託の光が、くぼみのある左側の壁の一角を包み込み――ぱしゃりと水音を立てて、その場に穴をあけた。
まるで石から水に変わったかのように、一瞬で壁を消して現れた通路を見つめた四人は、次いでその瞳にノルンを映す。
呆気にとられた表情の四人に対し、ノルンは無表情のまま、新しく現れた通路へと先に踏み入り、振り返って四人へ告げた。
「それでは、引き続き奥へと進みましょう。
ここからは、私が先導しますね」
その後はしばし、ノルンの先導と指示によって格段に手早く神託を読み解き、次々と新しい通路を開いては、奥へと進む状況が続いた。
「ノルン兄さんすごすぎー!!」
「ほんとうに、とってもすごいです……!」
「俺もまさか、キトさんみたいなすごい神学者と、同じことが出来る解読者がいるとは思わなかった」
口々にノルンを称える三人のそばで、無言でノルンが神託を読み解く姿を見ていたキトは、おもむろに片眼鏡をかけ直して、ぽつりと零す。
「同じではない」
再び、先を塞ぐ壁の前で立ち止まったノルンが、キトを振り返る。
銀色と薄緑色の視線が交わった瞬間、緊迫した雰囲気がその場に満ちた。
口をつぐんだ三人が、静かに両の壁側へと寄ると、キトが言葉を続ける。
「明らかに、私より遥かに早く、神託を読み解くことが出来ている。
記憶がないと言っていたが、例え膨大な知識を持っていたのだとしても、あれはあまりにも……早すぎる」
戸惑いと、かすかな畏れを宿した声で告げたキトは、銀の瞳をひたと見つめ、ノルンへ問いかけた。
「ノルン君――君は、本当は何者だ?」
畏れからか、緊張からか。
少し震えていたその問いに、ノルンはそっと自らの正体を紡ぐ。
「私は、サンティアスの星の子――神の子、です」
次の瞬間、驚愕の声が通路に響き、耳に痛いほど反響した。
仰天した三人の解読者と、一人の神学者は束の間、互いの驚きに染まった顔を見つめたのち。
「た――」
「た?」
「たいっっへん!! ご無礼を致しましたあっっ!!!」
そう謝罪を叫び、床に跪いたキトに続いて、ウイトやフーヒオ、アイルまでもが床に膝をつけ、ノルンへ深々と首を垂れた。
「まさか、神に連なるお方だとは、思いもせずっ!!」
なおもそう、無礼への赦しを乞うように言葉を続けるキトに、ノルンは銀の瞳をまたたきながら、口を開く。
「いえ、あの……特に無礼はされていませんので、お気になさらず」
「よ、よろしいのでしょうか……?」
そろり、と顔を上げたキトの確認の問いかけに、ノルンはしっかりとうなずきを返す。
ほっと安堵の吐息を零して、立ち上がる四人の内、最初に視線が合ったフーヒオが、指先で頬をかきながら、赤い瞳でノルンを見上げた。
「えっと……ノルン、さま? って、呼んだほうがいい?」
「いえ、今までと同じ呼び方でいいですよ」
首を横に振って答えたノルンを見て、フーヒオは次に、キトへと視線を移す。
赤い瞳に見つめられたキトは、片眼鏡を直しながら、神妙な表情で告げた。
「この方がよいと仰るのならば、よいのだ」
「じゃあアタシは、ノルン兄さんって呼ぶー!」
「わたしも、ノルンさん、と……」
「それなら俺も、ノルンさん、にしよう」
さっそく調子を元に戻した解読者の三人に、ノルンは小さく微笑みを浮かべる。
神の子の美しい微笑みを眺め、神学者は一人、咳払いをした後。
「――私は、ノルン様と呼ばせて頂きます!」
言外に、これだけは譲れないと、勢いよくそう告げた。
深い敬意が込められたキトの宣言を、素直に受け取ったノルンは、ただコクリとうなずきを返す。
ノルンの反応に、普段の気難しそうな表情を消し去り、心底嬉しげな笑顔を浮かべた結果、ウイトとアイルに二度見されているキトを眺めながら、ノルンは胸の内で呟いた。
(神学者が居ると、こういう展開になるのか)
ぱちり、と銀の瞳をまたたき、少しの驚きを収め、また目の前の壁に刻まれた神託へと向き直る。
(この神託は、みなさんに読み解いて貰おうかな)
サラリと神託を読み、そう考えた神の子は、小さく微笑みながら四人を振り返った。




