26話 神秘の探究者
――ふ、と浮上した意識に、黒色の美しい睫毛が震え、ゆっくりと銀の瞳が数回またたく。
サラリと艶やかな黒の長髪を揺らし、身を起こしたノルンへと、四つの視線が注がれた。
「あ! ノルン兄さん起きたー!!」
「まぶしい朝、ですね。……外は見えません、けど」
「うむ。しかしよき朝には変わりあるまい」
「一日前の夜の残りだけど、食事を用意してあるから一緒に食べよう、ノルン」
つい先日、探索の同行を決めた三人の解読者と一人の神学者の挨拶に、ノルンも眠気を払って応える。
「――はい。とっても素敵な朝のはじまり、ですね」
新鮮な朝の光景に、神の子は小さく微笑み、食事に参加した。
食事を終えて準備をすませた一行は、大迷宮の神託迷宮を、さっそく一緒に奥へと進みはじめる。
ウイトとフーヒオを先頭にして、間にノルン、後方にアイルとキトの並びで、それぞれが周囲を確認しつつ、通路を進む中。
ノルンは先日伝えていなかった、自らには過去の記憶がないのだと言う事実を、伝えることにした。
(お金のこと以外で、記憶がなくても困ったことがあまりないから、大丈夫だとは思っているけど……一応、念のため)
そう考えながら告げた事実に、銀髪の青年ウイトは一瞬だけ青い瞳を見開き、神学者の壮年の男性キトは気難しそうな表情をさらに険しくする。
成人の証である頭飾りをはめていない二人の少女、赤髪のフーヒオと水色の髪のアイルは、束の間互いに顔を見合わせた後、口を開いた。
「ふぅん? ノルン兄さんは、昔のことをおぼえてないんだ」
「それは……すごく、大変じゃないですか……?」
成人の十六歳になっていない年下の少女たちから、兄さんと呼ばれることや、丁寧な言葉を使われることに新鮮さを感じながらも、ノルンはアイルの問いかけに答えを返す。
「幸い、あまり困ったことはありませんが――それは私が、何も分からないからなのかもしれませんね」
どこかふわふわとしたノルンの言葉に、アイルがチラリと横目でキトへと視線を注いだ後、言葉を続けた。
「えっと……キトさんは、とっても物知りな方なので、分からないことがあってもだいじょうぶですよ!
わたしやフーヒオちゃんも、いろいろ教えてもらいましたから……!」
「うん! キトおじさんはすごい!」
アイルとフーヒオの煌く瞳と、振り向いたノルンの鏡のように澄んだ銀の瞳に見つめられたキトは、気難しそうな表情を一変させ、得意気に口角を上げて力強くうなずきを返す。
「うむ。遠慮なく尋ねたまえ」
自信溢れるキトの言葉に、ノルンは思い出した疑問をそのまま口にした。
「そう言えば、解読者と神学者には、どのような違いがあるのですか?」
「うむ、それは単純な違いだ。
探究の心と、お宝探しはまた別のもの、と言うことだな」
言葉通りに単純な違いを答えたキトに、なるほどとうなずくノルン。
(確かに、深く考えて明らかにしようとすることと、お宝を探すことは、同じではない)
分かりやすいキトの説明に、感心さえ覚えていると、小さく咳払いをしたキトが続ける。
「とは言え、お互いを頼りにしている所は、同じだがね」
「協力関係、ってやつだな。
ほら、ちょうどキトさんの力を借りたい神託があったぞ」
キトの言葉に、そう言葉を続けたウイトが、すぐ近くの曲がり角を指差し、青い瞳をまっすぐに注ぐ。
ウイトが指差した通路の角の壁へと、赤髪を跳ねさせて駆け寄ったフーヒオが、とたんに両手で鮮やかなその髪をかき回した。
「うわー! また読むのめんどそうなやつだー!」
感情表現豊かなフーヒオらしい言葉に、右目にかけた片眼鏡を直して、キトが口を開く。
「こら、フーヒオ君。
その言葉は、神託に対して無礼だぞ。
我々人間は、こうして神々が刻んだ神託の恩恵を受ける立場だと言うことを、忘れてはならない」
「はーいっ!」
敬意を宿したキトの注意に、フーヒオが元気よく応えると、うむ、とうなずいたキトは、楽しげに神託を見つめるウイトや、じっと真剣に見つめるアイルを見て、得意気に笑む。
「それに、君たちが難しいと思う神託を読み解く際、神学者としての知識で補助することが私の役割なのだから、むしろ私としては力を振るえて嬉しい限りだ」
そう告げて、いそいそと神託へ近づくキトを、ウイトが笑顔で迎えて場所をゆずる。
「本当にいつも助かるよ。
ありがとう、キトさん」
「うむ。まあ、そこはお互い様だ。
――さあ、ノルン君もこちらへ来たまえ」
一度振り返り、仲良しな四人のやり取りを眺めていたノルンを呼ぶと、キトはすぐさま解読に取りかかった。
キトの呼びかけに、ゆっくりと神託が刻まれた壁へと歩み寄ったノルンは、そのまま静かに銀の瞳で四人を見つめる。
誰もが真剣な瞳を神託へと注ぐ中で、神学者のキトは一人、布袋の神物から取り出した薄い石盤に刻まれた文字と壁とを、交互に確認していく。
「ふむ。このはじまりの部分は、おそらく……[この神託を、光で照らしなさい]と、刻まれているな」
その言葉に、ノルンはぱちりと銀の瞳をまたたいた。
(すごい。表現は少し違うけれど、意味は合っている)
思わず、驚きを胸中で呟いたノルンの目の前で、キトはさらに解読を続ける。
今まで神託を前に悩む姿を見せていた解読者たちとは、明らかに異なる知識量に加え、誰よりも素早く神の文字を読んでいくその姿は――まさしく【神秘の探究者】と呼ぶにふさわしい。
ウイトたち三人の解読者たちも、かなり多くの紋様を言語化出来ていたが、それでもキトには及ばないようだ。
悩ましげに眉根を寄せている三人と、意気揚々と読み進めるキトの様子を見て、ノルンは気づく。
(今回は、私の出番はないかな)
ノルンの予想は、すぐに形となった。
「じゃあ、照らすよー!」
赤い瞳を神託へ注ぎ、楽しげに片手に持つ光る石をかかげて、フーヒオが神託を照らした瞬間――石と石が擦れる音を立てて、壁に四角の穴があいた。
「えっ、これって……」
「隠し通路、ですね」
「[さすれば、道が開かれる]とは、このことだったのだな」
戸惑うアイルの零した声に、ノルンが静かに答えを告げ、キトが満足気にうなずく。
新しく現れた広い通路を瞳に映し、ノルンと四人は揃って、奥を目指して踏み入った。




