25話 導きの出逢い
麗しい美貌に微笑みを浮かべたノルンへと、助けた四人の人間たちから、思わずと言った様子で視線が注がれる。
その視線に顔を上げたノルンは、艶やかな黒髪を揺らして、小首をかしげた。
「どうかしましたか?」
「あっ、い、いえ!」
ノルンの銀の瞳と、ちょうど視線が合った、肩口で整えた水色の髪の少女が、問いかけに首を横へと振った後。
「うむ。まずは、通路へ戻ろうか」
癖のある濃緑色の髪の男性が告げた言葉に、部屋の中に居た全員が岩場を渡り、無事に通路へと戻ってきた。
ノルンへと振り返った四人の内、銀髪の青年が歩み寄り、精悍な顔立ちに揃えた青い瞳をノルンに注ぐ。
「本当に助かった、ありがとう。
神託の試練の条件が、あの足場にたどり着くことだったんだが……水の矢の攻撃で、急に進めなくなってしまったんだ」
後ろに立つ三人と共に、苦笑交じりのため息を零した青年は、気を取り直すように爽やかな笑顔を浮かべて、ノルンへ告げる。
「助けてくれた礼に、食事を振る舞わせてくれないか?
そろそろ夜の食事をする時間だし、近くに安全な部屋も見つけてあるんだ。
……どうだろう?」
澄んだ青い瞳を注ぐ青年の言葉に、ノルンはコクリとうなずいたのち、静かに答えた。
「ちょうど、お腹がすいてきたところでした」
無表情のまま、そう告げてお腹に手を当てたノルンに、四つの笑顔が咲く。
すぐに近くの部屋へと移動した四人とノルンは、置かれていた椅子に腰かけ、ノルンと同じ布袋の神物を持っていた、壮年の男性が取り出した料理を机に並べて、美味しく食べつつ自己紹介をはじめる。
「改めて、俺は〈風留め〉のウイト。
見ての通り、解読者だ」
銀色のサークレットを頭に飾った、青年ウイトに続けて、頭飾りをはめていない、短い赤髪の少女が、ノルンへと赤い瞳を注ぐ。
「さっきはあんがと! アタシは〈灯火〉のフーヒオ!」
活発そうな少女フーヒオは、そのまま隣で丸いパンをかじっていた、同じく頭飾りがない水色の髪の少女を、肘で小突いた。
「あっ、わたしは〈水の子〉のアイル、です」
あわあわと少し焦って、水の瞳をまたたきながら告げた少女アイルに、コクリとうなずきを返すノルン。
そのノルンへ、薄緑の瞳の右側にかけた片眼鏡をかけ直してから、灰色の細いサークレットをはめた、濃緑色の髪の壮年の男性が、気難しそうな表情で口を開いた。
「〈葉留め〉のキトと言う。
私は解読者ではなく、神学者だ」
「しんがくしゃ……」
「いかにも。神秘の探究者、と覚えてくれたまえ」
どこか得意気な壮年の男性キトの言葉に、ノルンは父アトアの説明や、たくさんのことを教えてくれた三人から得た知識を思い出す。
(解読者の中にも、神秘の探究者はいて……たしか、解読者協会所属の解読者たちは、神学者の集まりのようなものだって、教えてもらったな。
それとは別に、解読者ではない、と語る神学者もいるのか)
不思議そうに、ぱちりと銀の瞳をまたたいたノルンを見て、青年ウイトがつけ加えた。
「キトさんとは、前に偶然一緒に神託を解いた時からの仲なんだ。
俺と名前の最後が同じ意味だったから、すぐに仲良くなってな」
「うむ、まあ、なんだ。
近しい名の者とは親しくなると、古くから言われているからな」
ウイトの言葉に、どこか気恥ずかしそうに、ゴホンと咳払いをした神学者のキトは、次いでその片眼鏡をかけた薄緑の瞳を、再度ノルンへ向ける。
「それで、君のことは何と呼べばいいのかね?」
キトの問いに、ノルンはかじっていたリンゴのような果物を、皿代わりの木の板の上に戻してから、その名を告げた。
「――私は、〈区切り〉のノルンです」
「ほう……ずいぶんと風変わりな名を与えられたのだな」
興味深げな眼差しで、そう呟いたキトに、ノルンはただコクリとうなずく。
(やっぱり、人間からすると特殊な名前なのか)
そう、胸の内で小さな学びを重ねつつ、薄く広げて焼かれたパンの上に、さまざまな具材を乗せて巻いた料理を、ほっそりとした両手で握って口へ運ぶ。
ぱくりとかじり、薄いパンの塩気と中の肉や野菜の美味しさをもぐもぐと噛みしめた後、のみ込んで小さく笑顔を咲かせた。
「私これ、好きです」
「うまいよな、薄パンに具を入れて巻いたやつ」
「はい、うまいです」
ウイトの言葉に、そう返したノルンを見つめた後、青い瞳と赤い瞳、それに水色の瞳が視線を交し合う。
「……なんでかは、分からないが。
ノルンには、うまいじゃなくて、美味しいって言ってほしい気がするんだよな」
「アタシも、今そう思った」
「わたしも……思いました」
妙に複雑な表情をしたウイトに、同意するフーヒオとアイル。
そこに、ゴホンとキトの咳払いが響いた。
「で、どうするのかね? ウイト君」
「ああ、そうだった」
キトが投げた問いによって、表情を真剣なものに戻したウイトは、美味しい食事を楽しむノルンへと声をかける。
「なあ、ノルン。
〝出会いは導き〟と言うから、君が嫌じゃなければ、俺たちと一緒に奥を目指してみないか?」
「ノルン君は、ウイト君たちと同じかそれ以上に、実力のある解読者と見受ける。
実力者が集えば、より奥へと進めると言う道理には、私も同感だ」
ウイトの誘いと、それを後押しするように続いたキトの言葉に、銀の瞳がぱちりとまたたく。
サラリとかすかに美しい黒髪を揺らして、小首をかしげたノルンは、小さな好奇心を抱いて問いを返した。
「奥には、どのような神託があるのでしょう?」
ノルンの関心を表す問いかけに、ウイトは爽やかな笑顔を浮かべて、答えを告げる。
「ずっと昔からあるのに、一番奥にはまだ誰もたどり着いていないらしいからな。
きっと――たくさんのすごい神託や、お宝があるんだ!」
ウイトの青い瞳だけではなく、フーヒオやアイル、キトの瞳まで、期待にキラリと煌く様子を銀の瞳に映し、ノルンは思う。
(お宝と言う言葉は、どうしてこんなに、胸をドキドキさせてくれるのだろう?)
心惹かれる響きを宿したウイトの返答に、ノルンは小さく微笑んだ。
「気になるので、一緒に探します」
ノルンの答えに、四人は嬉しげな笑顔を咲かせる。
同行が決まった一行は、食事を楽しんだ後――明日に向けて、早々に眠りにつくのだった。




