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24話 跳躍の救済

 



 不思議な所感の文字が刻まれていた部屋から出た後、ノルンは引き続き、奥へと伸びる通路を進んで行く。


 分かれ道を前にして、父神アトアの美しい姿を思い浮かべながら、どれにしようかと進む通路を選び、決めた方へと歩いた先に現れた新しい状況に、ノルンの足が止まった。


「水の、通路?」


 ぱちりと銀の瞳をまたたく、ノルンの目の前の通路は、一段下がった床に水が揺れている。


 水の通路に姿を変えてしまった前方の通路を、銀色の視線がたどっていくと、どうやら曲がり角のその先まで、水面が揺れる光景が続いているらしいと分かった。


 今まさに、数名の解読者たちが足首までを水に濡らしながら、ざぶざぶと水の通路を進む姿を見つめ、ノルンは束の間悩む。


(普通に水の中を歩いて進むか、それとも空中を駆けていくか……)


 チラリと銀の瞳が見下ろすのは、両足首に飾る銀環の神物。

 ノルンの体内にある膨大な神力ならば、長い通路の上をしばらく駆け続けることも、決して不可能ではない。


 少しだけ悩んだノルンは、知らないことを知るため、水の通路を歩いて進むことに決めた。


 そうっと足を水の中へ入れ、なめらかに肌を撫でる感覚と、少しだけ冷たい温度を感じながら、ちゃぷ、と音を鳴らして水の通路の中に立つ。


(ちょっとだけ、冷たいかな)


 そう胸の内で呟きつつ、足首にはめたアンクレットの神物ごと足を水に浸しながら、ノルンもまた先の解読者たちと同じように、ざぶざぶと水の通路を歩いて行く。


 時折、床や壁に神の文字(ティアルーン)で刻まれた注意書きを見ては対処し、途中見つけた何もない小部屋の中で、軽い休憩の時間を取りながらも、順調に奥を目指す。


 やがて、大迷宮の中央付近まで探索を進めたことを、神の子の感覚で確認した――その時。



「うおおっ!? おいおい、これはまずいぞ!」


 そう遠くない場所から、突然青年の焦る声が聞こえ、ノルンは思わず足を止めた。


「何やってんのー!!」

「まてまて! 俺が何かしたわけじゃない!」


 続く怒る少女の声と、弁明するさきほどの青年の声をたどり、銀の瞳が水の通路から普通の石の床に戻っていた、通路の先を見つめる。


 銀色の視線はすぐに、近くにある部屋の入り口を発見した。


(あの部屋の中に居る人たちの、声だ)


 そう判断した通り、近くの部屋の中から、再びノルンの耳へと声が届く。


「うぅ……ど、どうしましょう?」

「うむ……この状況から、先へ進むことは……」

「ちょっと、むずかしい、気がします……」


 さきほどとは別の、困り切った少女の声と、低い男性の声による会話。


「進むのも難しいが、戻るのも難しくないか!」

「切っても、切っても! 攻撃が飛んで来るんだから、ね!」

「わ、わたしも、こっちを防ぐだけで、せいいっぱいです……!」

「まいった。

 これは、誰かに助けを求めた方が良い状況だ」


 四人組と思しき者たちが、そう語り合う声に、ノルンはタッと駆け出した。


 すぐさま、部屋の入り口へとたどり着き、素早く室内の状況を銀の瞳が確認する。


 鏡のように澄んだ瞳には、床ではなく、深く水をたたえた水面が揺らめく部屋の中、ぽつりぽつりと点在する岩の足場の上で、前方から飛来する水の攻撃を必死に防ぐ解読者たちの姿が見えた。


「手助けは必要ですか?」


 迷いなく、ノルンはひとまず声を上げて問いかける。


 とたんに、バッと勢いよくノルンを振り返った四人は、そろって全力でうなずきを返した。


「たのむ! できれば、この水の攻撃を俺の代わりに防いでほしい!

 それか、一番入り口に近い岩の上にいる二人を、助けるだけでも!」

「分かりました、水の攻撃を止めます」

「――へっ? 〝止める〟?」


 部屋の一番奥にいた銀髪の青年との短い会話の直後、当の青年の疑問を置き去りにして、ノルンはアンクレットの神物に神力を注ぎ入れ、軽やかに空中へと飛び出す。


「な! 君、危険だ!」


 水色の髪の少女と共に、入り口に近い岩の上にいた壮年の男性が、濃緑色の髪を揺らしてノルンに叫んだ注意の意味は、すぐに形を現した。


 ヒュン、とかすかな風切り音を連れて、他の解読者たちへ放たれているものと同じ、水の矢が空中のノルンへ飛来する。


 銀髪の青年が風の盾を張り、赤髪の少女が炎の剣で素早く切り捨て、水色の髪の少女が水の盾で自らと濃緑色の髪の男性を護る中――ノルンは飛んで来た全ての水の矢を、空中を蹴って華麗に避けた。


「なにその動きぃ!?」

「あれは……空飛びの神物の一種か?」


 赤髪の少女が驚愕の声を上げ、濃緑色の髪の男性が真実に近しい言葉を零す間も、水の攻撃を避け続け、部屋の奥へと空中を駆け抜けたノルンは、正面の壁へと両手を振り下ろし、口を開く。


「《土起こし(テウ)》」


 刹那、出現した大きな茶色の紋様が転じて、壁一面を覆うほど巨大な土壁が一息にせり上がる。


 それは、壁に幾つも空いた穴を塞ぎ、結果的に穴から射出されていた全ての水の矢の攻撃を、一瞬で止めた。


「今!」


 次の瞬間、短くそう叫んだ銀髪の青年が、風の盾を踏み台にして軽やかに飛び上がり、右端にある足場へと着地。


 近くにあった誰も居ない岩の上へと着地したノルンは、ふいに部屋の中で動いた神力を感じて、高い天井へと銀色の視線を向ける。


 銀の瞳が映した天井は、またたく間に水色の輝きを広げ――淡く水色に光る、優しい雨を降らしはじめた。


「おお、これが! 癒しの雨の奇跡か!」


 濃緑色の髪を持つ壮年の男性が上げた、嬉しげなその言葉に、ノルンは束の間、古く朽ちた遺跡の神託迷宮で読み解いた、神託の奇跡を思い出す。


「なんと神秘的な光景! それに、確かに癒しの効果がある!」

「ほんとうに、とっても綺麗ですね……!」


 喜ぶ壮年の男性の前で、水の盾を消した水色の髪の少女も、天井を見上げて声を弾ませた。


 一方で、赤髪の少女は炎の剣を消した後、不服の表情で両手を振り上げる。


「あーもー!! くーやーしーいー!!

 怪我が消えるのはうれしいけど! アタシたちだけで読み解ければよかったのにぃ!!」

「いや、今回は誰も水の矢の攻撃を受けなかっただけでも、十分だろう」


 赤髪の少女と銀髪の青年が会話する傍で、ノルンは降り立った岩の上から、降る雨が床代わりの水面に描く、波紋が広がる光景を眺め――美しく微笑んだ。




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