22話 大迷宮の神託迷宮
高く大きな神託迷宮は、その入り口まで大きく開かれていて、ノルンは他の多くの解読者たちと共に、大迷宮と呼ばれる神託迷宮の内側へと踏み入った。
最初に銀の瞳に映った光景は、正面の奥に幾つも並んだ通路が目立つ、広々とした部屋。
つと見上げた先の高い天井には、草花の絵が鮮やかに描かれていて、はじめて見る美しい絵に、ノルンはぱちぱちと銀の瞳をまたたく。
その視線をゆっくりと下げて戻すと、次は活き活きとして生命力に溢れた、解読者たちの姿が映った。
古神殿の神託迷宮を探索した時よりも、さらに多くの人々が広間でひしめき、通路を行き交っている。
(すごい人数だ。
それに、街中でも思ったけれど、服装が少し豪華に見えるのは、それだけこの神託迷宮が宝の山として、街や解読者に豊かさを与えているからだよね)
様々な模様を刺繍した、派手な色の布を服や飾りとしてまとう解読者たちを眺め、素直な驚きと感心を心の中で呟いたノルンは、豊かさの象徴のような物をもう一つ見つけた。
(神力を感じるあの装飾品は……神物?
あっちの人も――あそこの人も。
これほどたくさんの人たちが、神物を身に着けているなんて)
腕輪や指輪、首飾りや武器として、ノルンのすぐ近くで行き交う多くの解読者たちが神物を持つ光景は、まさしく大迷宮と呼ばれるこの神託迷宮がもたらす、豊かさの表れ。
小さく微笑んだノルンは、確かな好奇心と期待感を胸に灯して、幾つも並ぶ通路の中でも、一番人通りが多い通路へと足を進めた。
数名が横並びで歩める広さの通路は短く、ノルンは他の解読者たちと共に、すぐに次の広間へとたどり着く。
不思議と誰もいない、静かな空間に踏み入ったノルンは、その直後に一歩下がり、反射的に通路へと身を引き戻した。
銀の瞳が素早く、美しい絵が描かれた高い天井を見上げ――刹那、紫の光の筋が閃く。
バリィッ! と音を立てて床へと落ちた雷に、慌てて通路へと戻ってきた人々が、口々に言葉を交し合う。
「おい! またかよ!」
「諦めろ。
ここの神託の試練を、途中で放り出すやつがいることなんて、珍しくもないだろ」
「ここの落雷、かなり長かったわよね……」
「困ったわ……別の通路に行く?」
すぐそばにいる他の解読者たちの言葉から、ノルンは唐突な落雷が神託の試練であり、試練を受けるはずだった者が去ってしまった以上、この落雷はしばらく続くのだと、現状を把握する。
(どうしようか)
一言、そう胸の内で呟いたノルンの決断は、早かった。
不規則に閃く落雷を、銀の瞳に映し、迷わず一歩を踏み出す。
揺れる美しい黒の長髪を連れて――そのまま、正面にある奥へと続く通路を目指し、広間の中を駆けていく。
「おい! 危ないぞ!!」
「大丈夫かな、あの子」
後方から、ノルンを心配する声が耳に届くが、広い空間を駆けていくノルンの足は止まらない。
広間を進むたびに、不定期に続いていた落雷は明確に――ノルンを狙って降り落ちてきた。
頭上で閃く神力を感じ取り、ノルンは素早く床を蹴って右側へと進路をずらす。
直後、眩く降り落ちた紫色の雷を、鏡のように澄んだ銀の瞳に映し、すぐさま前方へと視線を戻した。
続けて二発、頭上へと降る落雷をかろうじて駆け避け、ノルンは両足首に飾るアンクレットの神物の力を発動させる。
ふわりと浮いた足が、空中をひと蹴り。
薄黄色のつるりとした石の床の上を、水平に滑るような動きで飛び、ノルンは素早く落雷の合間を抜けて――無事に、対面の通路へたどり着いた。
とたんに、わっと湧き立った後方の通路を、神物の力を消して床へと下り立ったノルンの銀の瞳が、チラリと振り返って見る。
「すげぇな! あの綺麗な子!!」
「お見事~~っ!!」
誰も彼もがそう歓声を上げ、両手を打ち鳴らしてノルンの偉業を称える姿に、軽く会釈をしてから、ノルンは奥へと続く通路を歩き出した。
(予想以上に、当たるか当たらないか、ギリギリの進み方だったな)
先ほどの一幕を振り返り、胸の内でぽつりと呟く。
実際、予想よりも早くに降り注ぐ落雷を避けることは、少しばかりノルンにとっても大変だった。
(神託の文を読んでいないから、具体的な試練の内容は分からないけれど……神物でも活用しない限り、確かにあの試練を乗り越えることは、人間には難しいのかもしれない)
試練の神託を読み解いた者が、何故試練への挑戦を止めて、去ったのか。
その理由に納得をしつつ、ノルンは見つけた部屋の入り口へと歩み寄る。
そっと入り口から部屋の中をのぞくと、数名の解読者たちが壁に刻まれた神託を前に、それぞれの考えを語り合う姿が、銀の瞳に映った。
さらっと神託の文をなぞった銀色の視線は、あっさりと外れて、再び通路の奥へと向く。
歩みを再開しながら、ノルンは思った。
(雷関連の神託には、あまり関わらないようにしよう。
紋様秘術での戦いとか、試練の落雷とか……危険なことが、多い気がするから)
誰にともなく一つうなずき、決意を固めたノルンは、次に見つけた小部屋へと入り込む。
すると、すぐに壁に刻まれた神託と対面した。
「[何かを失ったあなたに、失せ物探しの神物を授けましょう。
この部屋の中から、探し出して]」
神託の文を読み上げたノルンは、小さく首をかしげる。
「消滅した過去も、失ったもの、と言えるのでしょうか?」
神の子の疑問に、自然と肯定の感覚があり、ノルンはそれならばと小さく微笑む。
「私の過去のなごりも、探し出してくれる神物であれば、嬉しいのですが……」
若干期待のこもった言葉を零し、石造りの机と椅子、そして棚が置かれただけの小部屋の中、壁側にある棚へと歩み寄る。
銀色の視線は、何もない棚と、壁の間を下へとなぞり――その隙間の床に落ちていた物を、ほっそりとした手が掴んで拾い上げた。
半透明な結晶で創られた、連なる細い鎖に三角錐型の振り子がついた神物を見て、ノルンは口を開く。
「えっと……こういう物の事を、ペンデュラム、と呼ぶような気がしますね」
神託迷宮の内部を照らす、天井や壁に飾られた石が放つ白光に照らされ、細やかに煌く水晶の振り子を、銀の瞳がひたと映す。
「試してみましょうか」
呟いた神の子の銀の瞳に、水晶がキラリと綺麗に煌いた。




