19話 冒険の醍醐味
足並みを揃え、中庭からさらに奥へと続く石の通路へと踏み入ると、他の人々の姿が格段に少なくなった通路を進んで行く。
時折壁に刻まれた、周囲にある罠の危険を知らせる警告の神の文字を確認しつつ、しばし奥へ歩くと……壁に繊細な筆跡を見つけたノルンが、足を止めた。
「ノルン?」
「神物を授けてくださった神様と、同じ筆跡の神託です」
振り返って名を呼んだテーカに、ノルンはそう伝える。
とたんに、テヌとキクスが興味深げに、壁に刻まれた神託へと視線を注いだ。
「う~ん……風……壁の、上の石?」
「石を押す、か? 後は、扉の紋様しか、読めないな」
悩ましげに、読める部分だけを解読するテヌとキクスを見やり、くるりとノルンへ視線を向けたテーカが、笑顔を咲かせる。
「あたしもこれ以上は読めない!
なんて書いてあるの? ノルン!」
素直なテーカの問いかけに、ノルンは銀の瞳に神託の文を映し、読み上げた。
「[風の試練を終えし汝とその同士に、部屋の奥の小さな栄光を与えよう。
壁の上の石を押し、閉じられた扉の奥へ行け]」
ハッと顔を見合わせる三人を置いて、アンクレットの神物に神力を注いだノルンは、軽く空中へ浮かび上がり、壁の上で盛り上がる石の表面部分に刻まれていた、風の模様を押す。
次の瞬間、神託の文が茶色に光り、ゴゴゴと音を立てて、壁の一角が床へと下がり――ぽっかりと扉のない入り口が出来上がった。
軽やかに床へと下り立ったノルンと、唖然とした表情で壁に扉型の穴が開く瞬間を見た三人が、共に顔を見合わせる。
かすかに、他の解読者たちの声が聞こえた、刹那。
「入ろう!」
テヌが上げた声を合図に、全員が素早く開いた入り口から、奥の部屋へと入り込むと、再び地響きに似た低い音を立てて、床から上がって来た壁が入り口を塞ぐ。
閉じた入り口を見つめた銀の瞳が、次いで後へと視線を向ける。
天井や壁に埋め込まれた、橙色に光る石が照らし出した部屋の中には――頑丈そうな見た目の、木製の宝箱が一つ、置かれていた。
ぱちり、と銀の瞳をまたたいたノルンが、思わず三人の方を見る。
三人もまた、ノルンの方を見た後、揃って宝箱を指差した。
(私が、宝箱を開けて良いのかな?)
ノルンが反射的に胸の内で呟いた疑問に、不思議と答えるように三人は力強くうなずく。
その姿に、ノルンも覚悟を決めてうなずきを返し、そっと宝箱へ歩み寄る。
ほっそりとした手が、蓋に手をかけ、ゆっくりと開き――とたんに、宝箱の中でキラリと煌いたたくさんの銀色に、ノルンの瞳も星のように煌いた。
「銀貨、いっぱいです」
「大当たりだぁ!!」
「やった~~!!」
「ありがたい……!」
刹那、ノルンと三人の歓喜が、小さな栄光を隠していた部屋に響き渡る。
「これだこれだ! やっぱり、こう言うのが、冒険の醍醐味ってやつさ!」
「兄さんったら! ちょっとは落ち着きなさいよ!」
「テーカ。残念だが、もう誰も落ち着いてはいない。
見ろ、ノルンでさえ目を輝かせている」
「そんなことは……あったわね!!」
「宝箱、キラキラです」
「キラキラだなあ!」
高揚感と喜びに満ち溢れた全員が、宝箱を囲んで銀貨へと視線を注ぎ、笑顔を交し合う。
「この布袋は……もしや、神物か?」
「えぇ!? それ神物なの!?」
「すごいな! どんな物なんだ?」
銀貨の中に、ひっそりと埋まっていた布を掴み上げたキクスの言葉に、銀の瞳が布の表面をなぞる。
「布に、糸で何か書かれていますね。
えっと……[命ある者を除き、重き物も巨大な物も等しく、見た目以上に収める袋]、だそうです」
「「便利っ!!」」
布袋の神物に書かれていた説明の神の文字を、サラリとノルンが読み上げ、その内容にテヌとテーカが声を揃えた。
一人、興味深げに深緑の瞳を細めたキクスは、持っていた布袋の神物を、ノルンへと差し出す。
「では、この神物はノルンが手にすると良い」
「……私が貰っても、良いのですか?」
かすかに、銀の瞳を見開いて問いかけるノルンに、キクスも、それにテヌとテーカも、深々とうなずきを返した。
「君の冒険は、この神託迷宮で終わるものではないのだろう?」
「ノルンはここでは止まらないだろうなって、思ったんだよなあ」
「あたしもそう思った!」
「旅を続けるのならば、このように便利な神物は、持っていた方が良い」
口々にそう告げる三人の言葉に、ノルンは納得をしながらも、重ねて問う。
「みなさんにとっても、この神物は便利ですよね?
神物を手にする事を、望まないのですか?」
素朴な、しかし純粋ゆえに鋭い神の子の疑問に、テヌとテーカは笑顔を浮かべ、キクスはかすかに微笑んだ。
「いやあ、おれたちは、この銀貨を分けて貰えるだけで、十分だからさ」
「そうそう! これだけでも、ここまで冒険したかいがあったって思うわ!」
「俺たちはこれで当分、集落での暮らしが贅沢になる。
それ以上を望むのならば――自らで、掴み取らなければな」
それは、彼らや彼女の在り方であり、神の子を前にした人間が紡ぐ――穢れなき心を証明した言葉。
(本当に……素敵な人たちだ)
三人の答えを聴き、改めて胸の内で感動を灯したノルンは、一つうなずいてキクスの手から布袋の神物を受け取る。
布についた長い紐を肩にかけ、ちょうど腰元で袋の口が揺れる神物を眺めたのち。
銀色の視線を、三人へと注ぎ、ふっと小さく微笑んで口を開いた。
「それでは――銀貨の山分けを楽しみましょう」
重なった三つの歓声は、すぐさま弾む会話へと取って代わり、楽しげなにぎやかさの中で、ノルンも銀貨を布袋の神物へと入れていく。
かなり大量の銀貨を入れてもなお、重さも大きさも変わらない布袋に、全員で感動を分かち合った後は、すっかりからになった宝箱の蓋を閉じて、唐突に開いた入り口から通路へ。
そして、それぞれが満足気な表情を浮かべたまま、来た道を帰り――古神殿の神託迷宮の探索を終えて、外へと戻ってきた。
木漏れ日が射していた森は、すでに夜の暗さに染まっている。
神託迷宮から漏れ出るかすかな光の中で、ノルンと三人は静かに向き合った。
「お元気で」
「ノルンも」
別れの言葉は、これだけで十分だと、互いに語らず背を向ける。
ノルンはまた――先へと足を踏み出した。