18話 ひと時の宴に興じて
しばし顔を見合わせていた三人とノルンだが、数拍の間をあけて、テヌが沈黙を破った。
「とりあえず、みんな無事で良かったなあ」
「そうね! ノルンも無事に帰って来たものね!」
ぱっと笑顔を咲かせたテーカが肯定を返すと、隣でキクスも同意にうなずく。
「神託の奇跡も、安全に見れた。
この後は、また少し休まないか?」
「そうしよう!」
「そうしましょ~!」
キクスの提案に、楽しげに返した兄妹に続けて、ノルンもコクリとうなずきを返す。
一行は、通路の先に見えていた、二本の巨樹が立つ中庭のような場所の隅で、土の地面に腰を下ろして吐息をついた。
その中で、ノルンだけはすぐに居住まいを正し、丁寧に両手を組んで銀の瞳を閉じる。
「《我が父の許しにて、捧げものの飲み物を四つ望む。
望みのものよ、サンティアスの大神殿より、今我が元へ》」
ノルンの願いに応じて、目の前の床にはまたたく間に、四つの木製のコップが現れた。
突然の奇跡に、思わず背筋を伸ばしていた三人へと、ノルンは三つのコップを差し出す。
感謝を告げて受け取った三人と共に、甘い香りを漂わせる薄緑色の液体を飲むと、香りよりもサッパリとした甘さが喉を通り、ノルンは小さく微笑んだ。
腰を落ち着け、飲み物で喉を潤した後は――会話に華が咲くもの。
話題は当然ながら、ノルンが地下へ落ちた時と、その後の展開だ。
「斜めに滑り落ちる形で、つるる~っと、地下へとたどり着きまして」
「おぉ!」
「そこから、目印をたどって、迷路を進んで行ったのです」
「迷路?」
好奇心を宿した緑の瞳を煌かせるテヌに続けて、語る経緯に疑問を零したキクスへと、ノルンはうなずきを返す。
「迷路です。通路が、三つに分かれている所が、幾つもありました」
「えぇ!? 三つに分かれてたの!?
それって、かなり迷うと思うけど……」
「普通は迷うものだが……目印、と言っていたな」
「そうなのです。目印を見つけまして。
そのおかげで、迷わずに奥へたどり着くことが出来ました」
驚きの声を上げたテーカが、心配気に続けた言葉を肯定しつつ、興味深い様子で先を促したキクスに、望み通り先を語っていくノルン。
「奥には、風の試練と呼ばれる、試練をおこなう広い部屋がありまして」
「風の試練、か……ノルンは、その試練を受けたのか?」
「はい。試練の間は、突風に持ち上げられて、ほとんどの時間を空中で過ごしました」
「空中!? えっ!? ずっと浮いてたのノルン!?」
テヌの問いに答え、テーカの驚愕にコクリとうなずきを返して、ノルンは一口サッパリと甘い果汁を楽しんでから、説明を続ける。
「突風に乗りながら、飛んで来る風の刃を、こう、ひょいっと避けまして」
「空中で避けれるのが凄いよな」
「さすがはノルンだ」
「うぅ~~! でもドキドキするよぉ!」
感心し過ぎて真顔なテヌと、深々とうなずくキクス、両手を組んで試練中のノルンの安全を願うかのようなテーカに、小さく微笑んだノルンは、最終的な結果を告げた。
「なんとか風の試練を乗り越えた結果――こちらの、神物を授かりました」
「「「神物!?!?」」」
「はい。この、足飾りです」
重なった三つの驚愕の声に、ノルンは足首が見えるように足を立てる。
ノルンの足首に飾られた銀色の環を見つめ、三人はまた同時に感嘆の吐息を零した。
「空中を駆ける力を授ける神物でして、この神物の力を使いながら、下の空間から上へと戻ってきたのです」
続いたノルンの説明を聴き、納得にうなずいた三人は、次いでぱっと笑顔を咲かせる。
「「おめでとう、ノルン!!」」
「おめでとう。これは祝い事だな」
「「宴だ~!!」」
祝福の言葉を重ね、コップをかかげた三人を銀の瞳に映し、ノルンはサラリと艶やかな黒の長髪を揺らして、小首をかしげた。
「えっと、ありがとうございます?」
「神物と言えば、天と地下の神々が創り出した、神聖なる物。
神託迷宮の神託には、一時的な奇跡だけではなく、神物を授けるものもあると言う話は、幼い頃から聞いてきたが……まさか実際にこの目に映す日が来るとはな」
唐突な宴のはじまりに若干戸惑いつつ、感動を宿してそう語ったキクスに、ノルンは問う。
「神物は、珍しい物なのですか?」
「珍しい、と言えば珍しいが、神託迷宮によっては、一時的な奇跡を起こす神託よりも、神物を授ける神託のほうが多い場合もあるらしい」
不思議そうなノルンへと、キクスが伝えた説明に、テヌが穏やかに語りを加える。
「おれたちは、生まれてはじめて見るから、珍しいけどさ。
他の土地の人間にとっては、神物ってだけならそんなに珍しくないってこともあるらしいなあ」
「神物も、神託と一緒で、いろんな奇跡を起こす力があるみたいよ!」
テヌに続けて、テーカが緑の瞳を煌かせながら告げた言葉に、ぱちりと銀の瞳をまたたき、ノルンは説明を求めてキクスを見つめた。
「火を起こす、水を出す、雷を落とすなど、紋様秘術と似た奇跡を引き起こす神物が多いらしい。
他にも、癒す、防ぐ、といった奇跡を起こす神物もあるようだ。
神託の奇跡でも同じだが、癒しや護りの奇跡を起こす神物は、ありがたがられている」
キクスの説明に、ノルンのみならず、テヌとテーカもうなずきを返す。
「あたしも、ノルンが読み解いてくれた神託の、傷を癒してくれる雨の奇跡に助けられたからね!」
「だなあ」
兄妹が、ノルンに声をかけるきっかけとなった出来事を思い出しつつ、コップの中の果汁を飲み干す間に、キクスは切れ長の深緑の瞳を、再度ノルンの足環の神物に注ぐ。
「ノルンが授かった神物は、また別種の便利さと特別さがある物だな」
「たしかに、空中を駆けるのは便利でした」
キクスの言葉に、ノルンが素直にうなずきを返して、コップの中身を飲み干す。
ひと時の宴は、楽しげな余韻を残して終わりを迎え、一行は再びノルンの奇跡にてコップを返したのち。
中庭から、さらに奥へと続く対面の通路を見つめ、互いに視線を交し合う。
やがて、ノルンへと集まった視線に、かすかな好奇心を胸の内に宿した神の子は、短く告げる。
「――探索を、再開しましょう」
「おう!」
「は~い!」
「あぁ」
三者三様の返事を響かせ、ノルンと三人は再び、前へと足を踏み出した。