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15話 地下の迷路

 



 落下後、実際に長い黒髪を逆さに流したノルンが、浮遊感に包まれていたのは――ほんの数秒だった。


 すぐに足とお尻が地面らしきものに着く感覚と、そのまま滑り落ちていく感覚に、ノルンはぽつりと胸の内で呟く。


(あ、これ、滑り台だ。

 ……たぶん)


 相変わらず、その滑り台がどのようなものだったのかは思い出せないまま、つる~~っと滑り降りていく流れに、ノルンは大人しく身を任せる。


 しかし、深々と斜めに滑り落ちていくかと思っていたノルンの予想に反して、それほど時間をかけずに、足が地面を擦った。


 ずるる、ともう少しだけ滑り、その後は地面に仰向けになったまま、完全に停止した自らの身を起こし、ノルンは小さく零す。


「いた……くは、なかったですね」


 くるりと辺りを見回した、銀の瞳に映ったこの場所は、人間が二人ほど横に並んで歩ける幅がある、灯りのない通路。

 さほど高さのない天井は、立ち上がったノルンが、頭を打たない程度の余裕があるのみ。


(狭いとは思わないけれど……暗い通路だな)


 そう思ったノルンの銀の瞳は、暗くとも周囲の景色を見通すが、先ほどまで明るく照らされた通路や部屋で過ごしていたためか、どうしても余計に暗く感じた。


「《(サン)》」


 軽く左手をかかげ、紋様秘術を唱えて白く光る神の文字(ティアルーン)を光球に変えて、周囲を照らし出す。


 白光に照らされた通路は、つるりとした凹凸も積み上げの跡もない、まるで巨大な岩を四角にくりぬいたような造りをしていた。


 そばの壁に歩み寄り、ノルンはほっそりとした手を伸ばして、壁に触れてみる。

 冷たく硬質ながら、つるりと指先が滑るほど磨き上げられた感触。

 その新鮮さに、小さくほぅと、感嘆の吐息が零れた。


 前方へと伸びる灰色の石の壁を、少しずつ銀の瞳がなぞっていくと、時折うっすら、風の流れを描いたような模様が刻まれているのを見つけ、ぱちりと瞳がまたたく。


 数歩進み、今度は風の模様がない位置に小さく刻まれた、神の文字を銀の瞳が捉えた。


「あれ? この筆跡は……」


 思わず呟いたノルンは、目の前の壁に刻まれた神の文字が、先ほど読み解いた神託と同じ筆跡で刻まれていると気づき、じっと文字を見つめる。


(……そう言えば、この神託迷宮の最初の広間で見た、柱に刻まれていた導きの言葉も、同じ筆跡だった)


 思い出した記憶の中、神託迷宮の入り口から入ってすぐの広間に並ぶ、幾本もの柱の一つに刻まれた神の文字が、確かに同じ筆跡であった光景が頭に浮かぶ。


(どのような繋がりがあるのだろう。

 もしかすると……[神秘は奥に]と書かれていた導きの言葉は、この通路や、風の試練と言うものを示していたのかな?)


 増えていく疑問に、サラリと黒髪を揺らして首をかしげたノルンは、すぐに続く通路の先へと銀色の視線を向けた。


「とりあえず、進んでみましょうか」


 あっさりと疑問の探究を横に置き、そう穏やかに呟いたのち、再度繊細な筆跡で書かれた神の文字――神託を、銀の瞳に映す。


「[文字を擦れば、灯りとなる]」


 刻まれた神託を読み解き、ほっそりとした手で壁の文をサッと擦った、刹那。

 淡い橙色の光が神託の文から放たれ、内容通りの灯りとなった。


「これなら、暗くないですね」


 呟き、左手の上で輝いていた白光を消したノルンは、ゆっくりと通路の奥へと足を進めていく。


 あまり間隔をあけずに刻まれている同じ神託を擦り、通路に明るさを灯しながら歩いて行くと、やがてノルンの銀の瞳に、前方と左右へ伸びる分かれ道が映った。


 左を見て、前を見て、右を見て……淡い橙色の光に照らされた、美しい黒髪をサラリと揺らし、小首をかしげたノルンはふと口を開く。


「迷路には、進み方のコツがあった気がするのですが……何でしたっけ?」


 細い腕を組み、銀の瞳を閉じて、う~んと小さく唸り悩むノルン。

 しかし残念ながら、今回の疑問には、神の子としての直感的な閃きはない。


 答えが返らない疑問を前に、ノルンは一つうなずいた。


「よし。分からないので、他の探索方法を考えましょう」


 サッパリとした切り替えは、今のノルンにとっては自然な成り行きだと言える。

 一つの神託迷宮の探索を終え、二つ目の神託迷宮を探索している途中とは言え、長々と悩むことが出来るほどの根本的な知識が、ノルンにはまだ足りていなかった。


 鏡のように澄んだ銀の瞳が、再度ゆっくりと左、前、右と視線を流していく。


 しばし、まだ灯りに照らされていない暗がりの通路を観察した後、ぱちりとまたたいた銀の瞳に続けて、「あ」と声が零れる。


「風の模様は、迷わないための目印だったのですね」


 そう少しだけ明るい声で呟いた、ノルンの言葉の通りに――右側の通路にだけ、今まで進んできた通路にも描かれていた、風の模様が薄く刻まれていた。


「これならば、迷う心配はありませんね」


 小さく微笑んだノルンは、さっそくと目印が描かれた右側の通路へ、足を進める。


 以降も、分かれ道があった時は、薄く刻まれた風の模様をたどるように、その目印が描かれている方を選び、進むことしばし。

 ……唐突に現れた難題に、またノルンの足が止まった。


「迷わないための目印……と言うわけでは、無かったのでしょうか?」


 再び疑問を零した声は、心なしか憂いが混じっている。

 わずかに下ろされた瞼によって、長い黒色の睫毛が物憂げに、澄んだ瞳へ陰を落としていた。


 その銀の瞳に映っているのは……左右と前方に分かれた通路の全てに、風の模様が刻まれている光景。


「どの道を進んでも、奥へたどり着くのでしょうか?

 それとも、他に何か目印が……?」


 少々途方に暮れつつ、呟きを零したノルンは、それでもしっかりと銀色の視線を三つの通路へと注ぎ、何か違いがないかと観察していく。


 しばし、三つの通路に描かれた風の模様を見つめた後、銀の瞳がふと、またたいた。


「あ、神力」


 ぽつりと零し、ノルンが足を踏み出したのは、前方の通路。

 この通路に刻まれた風の模様にのみ、かすかな神力が宿っていることを、神の子の銀の瞳は見抜いた。


「二つ目の目印、ですね」


 小さく満足気に微笑んだノルンは、引き続き導きの風をたどり、神託の明かりを灯しながら、迷路を進んで行く。


 その足はやがて――大きな扉の前で、止まった。




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