13話 紋様秘術の戦い
胸の内に、驚きと畏れ多さをまだ少し残しながらも、今まで通りに振る舞う三人が、パンと干し肉をかじり終えた後。
純粋に美味しい料理を楽しんだノルンも、満足さを宿した吐息をついて、食事を終えた。
再び奇跡にて、器などをサンティアスの大神殿へと戻すノルンの様子を、テヌとテーカがまたもや唖然として見つめる中、キクスだけは冷静に立ち上がり、口を開く。
「ここから奥は、他の解読者たちの数も少ない。
それだけ危険があると想定して、慎重に進もう」
「はい、分かりました」
「お、おぉ、分かった」
「あっ、えぇ! 気をつけるわ!」
素直に了承を返すノルンと、ハッと気を引きしめ直すテヌとテーカに、軽くうなずきを返したキクスの先導で、一行はさらに奥へと通路の移動を再開した。
二つの部屋の中を探索し、幾つかの神託を見つけたものの、三人とノルンの目当ての神託がないままに、三つ目の部屋へと入り込む。
入り口から数歩、部屋の中へと足を進めた一行は、探すまでもなく壁一面に刻まれた神託を、銀と緑と深緑の瞳に映す事となった。
「わぁ~! 大きい紋様~!!」
「こんなに大きく刻まれたのを見るのは、はじめてだなあ」
楽しげな声を上げる兄妹の横で、キクスがノルンを振り向く。
「ノルン、俺が見たところ、この紋様は神託として刻まれたものに見えるのだが、合っているか?」
「はい、神託で間違いありません。
ただ……」
キクスの問いに、銀色の視線で神託の文をなぞったノルンが、言葉を続けようとした――瞬間。
「オイ、待て」
低く不機嫌な、男性の声がかけられた。
反射的に入り口を振り返った、ノルンと三人の瞳に、テヌやキクスよりも少しばかり年上だろう、厳つい男たちの姿が映る。
傷跡のある顔に浮かぶ、不機嫌さを隠そうともせず、先頭にいた男がズカズカと部屋へ踏み入り、ノルンたちと対峙した。
「ここの神託は、オレたちが十日も前から読んでるやつだ。
邪魔するんじゃねぇ!」
「はあ? なんだそれ。
成人してない子供でも、そんなわがままは言わないぞ」
「神託は、読み解いた者が奇跡を授かるのだ。
俺たちが今、お前たちより先に読み解いたとしても、文句を言われる筋合いはない」
一方的な相手の言い分に、ノルンとテーカをかばうように場所を移した、テヌとキクスが言い合いに応じる。
――が、しかし。
(火に油を注いだかな)
そう、ノルンが直感した通り、テヌとキクスに言い返された男は、日に焼けた顔をカッと赤らめ大口を開けた。
「うるせぇよ!
黙って他の神託でも、探しに行きやがれ!!」
「なんでおれたちが、他の場所に行かないといけないんだよ」
「俺たちもすでに、この神託を見つけている。
読み解くか読み解かないかは、俺たちが決めることだ」
徐々に不穏な雰囲気が満ちていく状況に、テーカがノルンを守るようにそっと細い両肩を掴み、自らへと引き寄せるが……その手もかすかに、震えている。
ノルンの鏡のように澄んだ銀の瞳が、対峙する男たちを静かに見つめ、またたいた後。
「ハッ! 痛めつけられねぇと、分からねぇみたいだなぁ?」
そう、先頭の男が告げた言葉に、彼の後ろに控えていた他の二人の男たちが、ニヤリと意地悪く笑み、拳を構えた。
ぐっと相手を睨みつけ、テヌとキクスもまた拳を握り込む様子に、ノルンは素早く肩に置かれていたテーカの手を取り、その手を引いたままタッと駆けて、神託が刻まれた壁の方へと退避する。
刹那――強引な戦闘の幕が上がった。
先頭の男が片手を突き出し、口を開いた、その瞬間。
「《小雷》!」
紡がれた紋様秘術により、淡い紫の紋様が浮かび、すぐさま小さな紫電が閃いた。
(雷の紋様秘術だ)
ぱちりと、驚きにノルンが銀の瞳をまたたく刹那の間に、小さな紫電は空中を奔り、テヌとキクスへ迫る。
テーカが思わず息をつめるのと、テヌが口を開くのは、同時。
「《土起こし》ッ!」
次の瞬間、薄茶色の紋様が現れ消え、突如としてテヌの眼前に土壁を作り上げた。
「普段どれだけ土耕してると思ってんだ! なめんな!」
「狩人の本領発揮のしどころだな」
吠えるテヌに続けて、キクスの冷静な声が冷ややかに告げる。
素早く身を引き、テヌの後ろへと退避していたキクスは、次いで迷うことなく土壁の陰から横へと躍り出た。
「《風の矢》」
「ぐっ!」
風の紋様秘術が発動し、銀色の紋様が数本の風の矢へと転じて、土壁に驚いていた男たちへ飛来する。
慌てて避ける男たちの中で、先頭にいた男だけは再度、紋様秘術《小雷》を発動させ、目の前にいるキクスと、土壁を消したテヌへと放つ。
バチッと音を立てる紫電の脅威から、キクスとテヌはサッと左右へと飛びのき回避。
なごりのように、後方へと飛んで来た紫電を、ノルンもまたスッと一歩、右隣のテーカへと寄ることで避ける。
ノルンの左横を抜けた紫電は、神託が刻まれた壁に当たる直前で、見えざる壁に当たったかのように消え去った。
その光景をチラリと見つつ、ノルンは思う。
(まさか、他の解読者と神託の取り合いに発展するなんて。
それも、言い争いだけでなく、いきなり紋様秘術での戦闘になったのは、予想外だったな)
感情を乗せない無表情のまま、それでもそうノルンが胸の内で呟いたのは、少しだけ曇ってしまった感情を、切り替えるため。
バチッ、ズズズ、ヒュンッと石造りの部屋で鳴る、三種の紋様秘術の音に耳を傾けながら、ノルンはじっと前方で繰り広げられる戦闘の行方を見守る。
紫電が土壁を撃ち、風の矢が足下へ突き刺さり牽制をする攻防が、幾度か繰り返され……やがて、今度こそ雷と風の矢が衝突しかけた、その時。
そうなる手前で、ノルンが口を開いた。
「《光》」
刹那、静かな声で唱えられた言の葉により、紋様秘術が神の文字から奇跡へと転じ――対峙する双方を等しく、白光の輝きが包み込む。
そのあまりにも眩い爆発的な輝きに、全員が瞳を閉じ……やがてふっと光が収まったのち、ノルンへと視線が集まる。
多くの視線を一身に受け、神の子は事もなげに告げた。
「喧嘩、両成敗です」
静かな言葉は、しかし誰にも異議を紡がせないほどの抑止力を宿して、部屋の中に沈黙を落とす。
またたき見つめる多くの視線は、ただノルンの次の言葉を待っていた。




