表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/40

11話 深淵をのぞく

 



 お金の価値を学んだノルンに、テヌとテーカがほっと安堵していると、キクスがテヌへと切れ長の深緑の瞳を向けた。


「だが、ノルンが見せた警戒は、テヌも俺たちも学んだほうがいい」

「うっ! そうだよなあ……助かったよ、ノルン」

「兄さんを助けてくれて、本当にありがとう!!」

「はい。ご無事で良かったです」


 キクスの言葉に、反省しつつ感謝を告げるテヌと、ノルンの両手を握って気持ちを伝えるテーカに、ノルンも小さく微笑みながら安堵を返す。

 続けて、今度はぐっと力こぶをつくりながら、テヌが笑顔を見せた。


「こうなったらなるべく奥に進んで、ノルンの銀貨を取り戻せるくらいの収穫を目指そう!」

「名案だわ兄さん!!」

「その案に異論はない」


 あっさりと決まった、奥に進み多くの収穫を目指すと言う方針に、ぱちりとノルンの銀の瞳がまたたく。


「やるぞー!」

「おーっ!!」

「……おー?」


 テヌとテーカが気合いの声と共に、天井へと突き上げた拳を見上げ、無言で同じく拳を突き上げたキクスに続けて、ノルンも真似をしてそっと拳を突き上げる。


(これが、一致団結?)


 胸の内でそう零した、生まれたてのような神の子には、人間の強い意志が導く力強い言動はまだ、不思議なものに思えた。


 それでも、意気揚々と再び足を踏み出した彼らや彼女の心が、今とてもやる気に満ち満ちていることだけは、ノルンにも分かっている。

 前を行く三人の後ろを、ノルンの足もしっかりと追いかけた。




 長い通路を進み、他の解読者たちが少ない部屋へと踏み入ると、三人とノルンは興味深げに部屋の中を観察していく。


 またもや、淡く橙色の光を放つ不思議な石が照らす部屋には、石の長椅子がぽつんと置かれ、壁に幾つかの紋様が刻まれていた。


 いそいそと紋様の一つを囲む三人の横で、ノルンはこの部屋に思いをはせる。


(この神託迷宮は、古い神殿の形をしていると言っていたから……この部屋は、長椅子に腰かけて、祈りを捧げるような場所だったのかな?)


 心の中の疑問に、自然と肯定の感覚があり、ノルンはかすかになるほどとうなずく。

 そんなノルンの様子を横目に見たテーカが、ぱぁっと咲かせた笑顔をノルンに向けた。


「ノルンは、この神託をもう読み解けたの?」


 テーカの問いかけに、ノルンは美しい黒髪を揺らして、首を横に振る。


「残念ながら、そちらは神託ではないようです」

「えっ!?」


 驚愕するテーカと、驚きにノルンを振り返ったテヌとキクスに、ノルンは壁に刻まれた神の文字(ティアルーン)を、穏やかな声で読み上げた。


「[ここはただ、静かに祈る場]――とだけ、書かれています」

「そ、そっか……すぐに読めるノルンは、やっぱりすごいね!」

「で、でも、そうするとさ」

「この部屋に刻まれている、他の紋様も、もしや」


 テヌとキクスの悩ましげな言葉に、ノルンは素直にうなずきを返す。


「はい。全て、神託ではないようです」


 ガックリと、他の解読者たちまでもがそろって、盛大に肩を落とした。



 それでも、気を取り直して探索を進めたのち。


 次の部屋へと踏み入ったとたんに――銀の瞳が、まっすぐに部屋の奥を映し出す。


 その正面の壁際には、深さの浅い大きな石の器が一つ、石の台座の上に置かれ、壁には神託が刻まれていた。


「この部屋は、今までの部屋とは中に置かれている物が違うな」


 見回したキクスが、長椅子の代わりに置かれた石の台座と器を見て、そう呟く。


「あっ、神託も刻まれてるよ~!

 ……神託だと良いけど!」

「とりあえず、まずはここから読まないとな。

 えっと……水、の紋様があるのは分かる」

「俺も、その部分しか読めないな……」


 緑の瞳に神託を映したテーカが上げた声に応じて、テヌとキクスも紋様を視線でなぞるが、彼らには読むことができないようだった。


 三人の後ろで、じっと銀色の視線を神託へ注いでいたノルンが、ゆっくりと壁側へ歩み寄りながら、口を開く。


「[水満ちた器は、過去を映す鏡となる]」


 静かに、そしてあっさりと読み解き紡がれた神託の内容に、ノルンの細い背を追う三人が、ハッと瞳を見開いた。


「過去!」

「まさか、ノルンの記憶が映るのか!?」

「あり得ない話ではないだろう。

 ――神託迷宮に刻まれた、神託ならば」


 三人の驚きと期待がこもった言葉を聞きながら、石の台座へと歩み寄ったノルンは、右手を器の上に差し出し、身体の内側にある神力を動かす。


「《(アイ)》」


 発動した紋様秘術により、掌の上に出現した水球を、ノルンはそのままたぷん、と石の器に落として満たした。


 刹那、過去を映す水鏡の奇跡を与えるはずだった水面は――ゾッと背筋に冷ややかさを這わせる、深淵のような闇色を映し出す。


「っ!」


 銀の瞳に映った闇色の光景に、ノルンは一瞬息をつめ、思わず数歩水鏡から距離を取る。

 そのノルンの肩を後ろから掴み、さらに後方へと移動させたテヌが、心配そうにノルンを見下ろした。


「大丈夫か? ノルン」

「は、い。少し……予想以上だっただけなので、大丈夫です」

「びっくりしたよな」

「……はい」


 身を固くしたノルンの緊張をほぐすように、ぽんぽんと両肩を軽く叩くテヌの横で、テーカとキクスがそうっと、石の器をのぞき込む。


「あ、もう水も消えてるよ」

「どうやら、短い間の奇跡だったようだな。

 ……だとしても、十二分に驚いたが」

「うんうん」


 二人の会話を聞きながら、ノルンは束の間、胸の内で思考を巡らせる。


(消滅した過去を探すとは……こういうことなのか。

 父さんはたしかに、過去の私の存在性は、ほとんど消滅している、と言っていた。

 それは、過去を映す水鏡にさえ、映らないと言うことだったのか)


 父神アトアが告げた言葉を思い返し、心の中に渦巻いた小さな不安を、しかしノルンは刹那でかき消した。


(私が選んだ、過去の軌跡のなごりを探す選択を、父さんは止めなかった。

 だから――大丈夫)


 それは、迷いのない確信。

 不安になる必要はないのだと、それだけはたしかに、ノルンにも分かっていた。


 束の間、石の床を映していた銀の瞳が持ち上がり、再度前方を映す。


(過去のなごりは、欠片さえ簡単には見つからないようだから、気長に探して行こう)


 すでに奇跡を映し終えた器を見つめ、全てを知る過程の神の子は、そう思った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ