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10話 古神殿の神託迷宮

 



 やがてたどり着いた、森の端に近いその場所には――大きな石造りの、神託迷宮が佇んでいた。


 暖かさが増して来た陽光の下、鏡のように澄んだノルンの銀の瞳が、じっと壮麗ささえ感じる神託迷宮を見上げる。


「……先ほどの神託迷宮とは、形が違うのですね」


 不思議そうに、サラリと美しい黒髪を揺らして小首をかしげ、そう零したノルンの言葉通り、古く朽ちた遺跡と目の前の神託迷宮は、ずいぶん異なる形をしていた。


 同じ石造りとは言え、外から見る限りでは、崩れている部分もなく。

 石を積んでいるのではなく、岩を削って形にしたような造り。


「ここは、古い神殿の形をしているらしいのよね~!」

「神託迷宮は、いろんな形があるらしいんだ」

「いろんな形……」


 また新しい知識を教わり、ノルンは興味深げに神託迷宮の入り口を見つめる。


 巨大な柱を両端に置き、広々とした空間の入り口を示す場所には、朽ちた遺跡の神託迷宮で見かけた解読者よりも、多くの人々が出入りを繰り返していた。


「今日こそ、役立つ神託が見つかればいいなあ」


 緑の瞳を細め、そう呟いて足を進めたテヌに続き、テーカとキクス、そしてノルンも古神殿の大きな入り口へと向かい、最初の空間に踏み入る。


 多くの人々が歩き回るその場所は、何本もの石の柱が並ぶ、広間だった。


「ここに来たのは五回目だけど、いつ来ても広いわね~!」


 楽しげな声を上げるテーカの声を聞きながら、ノルンはぐるりと、大きな空間を見回す。

 流した銀色の視線の先――近くに立つ柱の一本には、短い神の文字(ティアルーン)が刻まれていた。


([神秘は奥に]

 神託ではない、かな?

 どちらかと言うと――導きの言葉だ)


 読み取った文字を不思議に思いながらも、再び足を進める三人の後を、ノルンも追う。


 広間をまっすぐ進むと、左右に埋め込まれた淡い橙色に光る石に照らされた、広く長い通路に入り、それぞれの靴音を響かせて行く。


 通路の中、せわしなく視線を壁や床に向ける三人の様子に、本格的な探索のはじまりを感じながら、ふと思い出した疑問をノルンは問いかけた。


「そう言えば……何故みなさんは、私と一緒にここへ来ることを願ったのですか?」


 まだ尋ねていなかった純粋な疑問に、三人はあっけらかんと笑顔で答える。


「そりゃ、ノルンが実力のある解読者だと思ったからさ!」

「記憶がないとは思えないほど、あっさりと神託を読み解き、テーカを助けてくれただろう?」

「すごい解読者のノルンに、一緒に来てもらえれば、いい神託も見つかるかなって思ったの!」


 三人の返答に、ノルンは橙色に照る黒の長髪を揺らし、小首をかしげてから、再度問う。


「みなさんは、どのような神託を探しているのですか?」

「あたしは、生活が楽しくなるやつならなんでもいい!」

「おれは、土を耕すのが楽になる神託とか、あればいいな」

「狩りに役立つ神託ならば、どんなものでも良い」


 素早く返されたそれぞれの理想に、ノルンは一つうなずきを返す。


「分かりました。

 ……神託には、本当に色々な種類があるのですね」

「そうなのよ~!」

「全て神々が授けてくださった奇跡だからこそ、その種類も多い」


 ノルンが呟いた納得の言葉に、テーカが明るい笑顔で肯定し、キクスがそう説明を続ける。


「おれたちの集落も、かつてはあの崩れた神託迷宮にあった神託のおかげで、すっごく良い畑が広がる場所だったんだけどさ。

 今はその神託のことも分からないし、土を耕すだけの人生も悪くはないけど……ちょいと冒険がしてみたくて、二人と一緒に解読者になることにしたんだ」


 そう呟き、穏やかに笑うテヌに、ノルンはコクコクと同意のうなずきを返した。


「たしかに、冒険は好いですよね」

「そうなんだよなあ」

「神託迷宮に入る者の多くは、解読者ではなくとも、まさに冒険をしに来ている者だと言えるだろう」

「今この中にいるあたしたち以外の人たちもね~!」


 もっともなキクスとテーカの言葉に、ノルンの銀の瞳が広々とした通路を映す。


 行き交う人々は皆、好奇心や探究心を隠すことなくその瞳や表情に浮かべて、不思議な光る石に照らされた通路の左右にある部屋へと、二本の柱の間を通り入って行く。


 その様子を見つめ、次いでずらした視線が、少し前方の壁に刻まれた、神の文字を見つめる。


 ノルンの銀の瞳の先をたどったテヌの緑の瞳が、橙色に照らされた壁の紋様に気づいた。


「お! はじめて見る神託だ」


 嬉しげな声を上げたテヌは、さっそくと壁に近寄るために足を数歩踏み出し――やわらかに腕を掴まれて、止まる。


「ノルン?」

「危険かもしれません」


 テヌのたくましい腕を、ほっそりとした手で掴み止めたノルンは、一言だけそう告げた後、腰に巻かれている布へと手を伸ばす。


 細い指先が、布の中から取り出したのは、キラリと煌く一枚の銀貨。

 古い遺跡の神託迷宮内で見つけた、はじめての収穫物だったそれを、ノルンは迷いなく神の文字が刻まれた壁の真下の床へ、ぽいっと放り投げる。


([足下の危機に注意せよ]って、書かれているから……)


 そう危険を感じた神の子の勘は、見事的中した。


 高い音を立て、一度床で跳ねた銀貨の下――突如、一人の人間が立てる範囲を消し去った床に、穴が開く。

 小さく煌いた銀貨は、そのまま穴の下へと吸い込まれるように落ちて行き、床の穴は一瞬で現れた石が塞ぎ、元に戻った。


「うわっ! あぶな!?」

「ねぇ、今落ちたのって……」

「銀貨、だったな……」


 驚愕して後退ったテヌに続き、テーカとキクスの戸惑ったような声が零れる。

 とたんにテヌが慌てて二人を振り向き、しまったという顔をした。


 テヌがノルンへと視線を戻すのと、タッと一息に距離をつめたテーカがノルンの細い肩を掴んだのは、同時。

 二人はそろって、わっと口を開いた。


「「お金はだいじだよ、ノルン!!」」

「あっ――はい」


 素直にコクリとうなずいたノルンに、テヌとテーカはそろって安堵の息を吐き出す。

 その後ろで、キクスがやれやれと頭を振った後、ノルンへ説明をする。


「銅貨五枚で、一人の一日分の食事代になる。銀貨一枚は、十日分の食事代だ」

「お金はだいじ。憶えました」


 再度うなずいたノルンを、偶然横を通った他の解読者たちが、疑問の眼差しで眺めて行った。




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