九
「いやあ、何度来ても飽きないものだ」
裕司は氷に覆われた木々を眺めながら言った。
「ええ、冷たいけど心に染みる景色だわ」
美佐も微笑みながら見上げた。
「いくら時代が進んでもこの景色はいつも同じだな」
「そうね。私が服役していた間、あなたはいつも写真を送ってくれた。青空にそびえる樹氷の写真をね」
「ああ、東北で仕事していた時に山の中で見てお前に見せたくなったんだ」
「『冷たくても美しい樹氷のような君へ』とか歯が浮く文章を書いてね」
美佐は思い出して笑った。
「あの時はまあ……そういう思いだったんだ。変な事を思い出させるなよ」
「本当、つくづく女の相手をするのが下手な男だと思ったわ」
美佐の笑い声が辺りを包んだ。
「結婚してからここに来る度にあの頃を思い出すな。あの頃の出来事が凍っているみたいだ」
「私の周りで沢山の人が傷ついたり亡くなって、自首してから死にたくなった事もあったわ」
美佐の表情が曇った。
「俺も会社をクビになったが、自分から事件に首を突っ込んで自業自得だった訳だし、それでこうしてお前と一緒にいられるんだ。辛くても生きようとするお前が俺を勇気づけてくれたから俺も逃げずに生きてこられたんだ」
美佐の肩を裕司は抱き寄せた。美佐の表情が温かく緩んだ。
二人は無言のまま白い景色を眺めた。
「じゃあ帰ろうか」
「そうね。またいつか来ましょう」
二人は引き返しながら話を続けた。
「今度の鈴井の家の法事はどうするの?」
「ああ行くよ。智宏さんの墓参りにも行きたいからな」
樹氷の森に朝日が差し込み、辺りが純白に輝いた。
(了)