七
一週間程経ったある日、また会社に刑事達が訪ねて来た。
「今度は何の用ですか?」
挨拶もなしに用件を訊いた裕司の顔には疲れが表れていた。
「ええ、実は鈴井智宏さんの件で……」
「一度しか会っていないのでどこに居るかなんて知りませんよ」
刑事が話す途中で裕司は答えた。
「そうですか。もし見かけたら連絡下さい」
「わかりました。用件はそれだけですか?」
裕司が冷たい口調で答えると、
「あの、お父さんの件は大変お気の毒でした」
刑事は神妙な顔で言った。裕司は刑事を睨んだ。
「それはどうも。別に気にしていませんから。親父が死んで十年以上経ちましたし」
「そうですか……」
その場の空気が凍りついたように止まった。
「あの事件の後、周りと付き合いが悪くなって俺達は逃げるように引っ越しました。でもこの事件で疑われても俺は逃げませんから」
「いえ、気を悪くされたら謝ります。とにかく二人を見かけたら連絡下さい」
裕司は「わかりました」と軽く会釈しながら答えてオフィスに戻った。
その晩、裕司は久しぶりに繁華街に行った。
通りはいつもの賑やかさを取り戻していた。裕司は行きつけの居酒屋で食事をしたが店の中が騒がしく気分に合わなかったので食事を済ませるとすぐに店を出た。
帰りに駅の売店を横切った時、並べられた新聞の『銃撃』の文字が目に入った。
裕司は一部買って改札に入った。
電車の中で裕司はつり革を片手に持ちながら新聞を見た。
記事にはある政治家が事件に関わっている疑いがある事が書かれていた。
鈴井の言っていた二人の政治家の対立が原因なのか、裕司は想像しながら記事を見た。
電車を降りて新聞をゴミ箱に捨て改札を出た時、見知らぬ男と目が合った。男はすぐに横を見たが裕司は不審に思った。
そのまま気づかない振りをして自宅に着いて郵便受けを開けた時に後ろを見るとやはり男が立っていた。
警察かと思いながら裕司はドアを開けて部屋に入った。
酔いが回っていたので深く気にする前に眠気に襲われ、裕司は軽くシャワーを浴びて眠った。
翌朝、テレビをつけるとある政治家が早朝に射殺された事件が報じられていた。
犯人は複数いたが、その内の一人の男が射殺されたらしい。
何か胸騒ぎを感じた裕司の予感は的中した。
射殺された男は鈴井だった。
「全く何をやっているんだ!」
裕司は強い怒りが込み上げた。
急いで着替えて裕司は部屋を出た。裕司をつけていた男はいなかった。
改札を出て裕司は伝言板を見た。何も置かれていなかった。
(もしかしたら今晩、あの駅にいるかも知れない)
裕司は確信に近いものを感じた。
会社に着くとビルの前で刑事達が待っていた。
「今日は何の用ですか?」
「ええ、ご存知かも知れませんが今朝の事件で」
「ニュースで見ました」
裕司は淡々と答えた。
「それで何か連絡が来ていないかと」
刑事の申し訳なさそうな口調に裕司は「いえ、何も」とだけ答えた。
若い刑事が手帳を見ていた視線を裕司に向けた。
裕司は気にせずに、
「一体何が起きているのですか?」
冷静な口調で刑事に訊いた。
「すみません。捜査中なので」
「水野という男が殺された事件についてもですか?」
「ええ、それも捜査中で」
「じゃあ、今朝殺された政治家と鈴井との関係も言えないのですね」
「ええ」
刑事の機械的な受け答えに裕司は苛立った。
「自分の身近で色々事件が起きて気が滅入っているのです。あの盗聴器を誰が仕掛けたのかもわかっていないのでしょう?」
「お気持ちはわかりますが、とにかく何かあったら連絡を」
「わかりました」
裕司は苛立ちを抑えてビルに入った。
そして昼休み。
裕司は三ツ谷や江夏と定食屋で食事をしていた。
「なあ、お前の事が噂になっているぞ。警察が何度も会いに来ているって」
三ツ谷が真面目な表情で訊いた。
「ああ、もうどうにかなりそうだ」
裕司はため息をつきながら箸を進めた。
「何で警察が来ているんだ?」
今度は江夏が裕司に訊いた。
「さあね。まあ俺が何かやった訳じゃないから別にいいが」
「そうか。気にするなよ」
江夏が裕司を慰めたが、裕司には江夏や三ツ谷の言葉が目の前より遠い所から聞こえた気がした。
(あの時と同じだ。みんな遠い所から声を掛けている)
裕司は孤独を感じた。
店を出ると冷たい風が吹いた。
「ああ、もう秋も終わりだな」
二人の後を歩きながら裕司は呟いた。
会社に戻り席についた時、
「木瀬君、今すぐ人事部に行ってくれ」
部長の山瀬が緊張した表情で裕司に言った。
裕司が人事部へ行くと人事部長の吉田が手を振っていた。その隣に刑事達が立っていた。
「今度は何だよ」
裕司は呟きながら三人の所へ行くと別室に案内された。
「朝に伺ったばかりなのにすみません」
「いえ、何度でもどうぞ。それで今度は何ですか」
裕司は投げやり気味に言った。
「この方をご存知ですか?」
中年の刑事が写真をテーブルに置いた
「いえ。うん? でも見た事があるような……」
裕司は記憶を辿った。
「木瀬君、清掃会社の小川さんだよ」
吉田が重い口調で言った。
「小川? ああ、名前は知りませんが時々見かけます。この人が何か?」
「それが……小川さんが今朝、飛び降り自殺をされて」
「えっ!」
吉田の返事に裕司は驚いた。そして刑事が、
「遺書に木瀬さんの机に盗聴器を仕掛けた事が書いてありました」
説明口調で話すと裕司は暫く言葉を失った。
「何でこの人が……」
「今調べていますが、多額のお金を受け取っていたようです」
裕司は右手でこめかみを押さえた。
「この人が誰かからお金をもらって盗聴器を仕掛けた。そして自殺した。それも政治家の殺された日に……まさか本当に自殺なんて考えていないですよね」
姿勢を正しながら裕司は刑事に訊いた。
「詳細は今調べています。またご協力お願いします」
刑事の皮肉交じりの口調に裕司は無表情で「わかりました」と答えた。
刑事達が帰った後に裕司は吉田と少し話をして部屋を出た。
すれ違う社員達の表情に恐れを感じた。
(ああ、子供だった俺を見る奴らもこういう顔だったな)
裕司は鼻で笑いながら狭い廊下を歩いた。