六
翌日、裕司は気分が優れずに会社を休んだ。
テレビのニュースで昨夜の事件が大きく取り上げられていた。
死者はいなかったが負傷者が十数人出た。
警察からは暴力団の抗争だと発表されたが、裕司はそれが嘘だとすぐに思った。
昼前に部屋のチャイムが鳴った。
ドアから覗くと刑事達が立っていた。
裕司はため息をついてドアを開けた。
「どうも、お休み中にすみません」
中年の刑事が愛想良く話しかけた。
「昨夜の事件の事ですか? ここに来たって事はもうわかっていると思うので先に話しますが、あの人の行方は知りませんから。それと昨日はたまたま会っただけです。約束もしていないし俺がそこにいたらあの人がいた。それだけです」
どうせ訊きに来ると思っていたので裕司は用意していた通りに答えた。
微笑んだ刑事は懐を探りながら、
「素直に答えて下さってありがとうございます。ところでこの方はご存知ですか?」
裕司に写真を見せた。
「ああ、昨日の夕方に初めて会いました。確か水野さんでしたか……」
裕司が答えると、
「その時の状況を話してもらえませんか?」
「その人が事件に関係しているのですか」
裕司はやっぱりと思いながら訊いた。
「今朝、死体で見つかりました」
「えっ……」
予想外の答えに裕司は言葉を詰まらせた。
もう一人の若い刑事が鋭い目つきで裕司を睨んだ。
「どうして……」
裕司は呟いて暫く黙った。そして、
「顔は見ていませんが、駅で男から出口に行くように言われたらそこにこの人がいました。中沢さんと鈴井さんの事を訊かれました」
思い出しながら話した。
それから細かい話をして刑事達は帰って行った。
裕司はドアを閉めてその場に座り込んだ。
「あの男が死んだ。まさか鈴井達が……」
昨夜の駅前の惨状を思い出して裕司の手が震え、荒い息と共に腹の底から込み上げる吐き気でトイレに駆け込んだ。
翌朝、裕司は疲れた表情で出社した。
席についてさりげなく机の引き出しの下を軽く探った。
盗聴器はまだ貼ってあった。裕司はため息をついた。
平静を装いながら仕事をして昼休みに三ツ谷達と外に出た。
「この頃何だか物騒だな」
「ああ、そうだな」
三ツ谷の暗い口調に裕司は小声で答えた。
「店に車が突っ込んだ事件の犯人もまだ捕まっていないし、おとといの駅の事件と関係があるのかな」
江夏の暗い口調に裕司は「さあな」と軽く答えた。
「機嫌が悪いのか? 愛想悪いな」
「えっそうか? いや悪い。そういう訳じゃないんだ」
裕司は江夏に微笑んで答えた。
昼食を済ませて会社に戻った裕司はまた机の下を軽く探った。
まだ盗聴器は仕掛けてあった。
始業のチャイムが鳴って暫くして受付から裕司に警察が来たと電話があった。
裕司は机の下の盗聴器をはがして一階に下りた。
受付で二人の刑事が待っていた。
「今日は何の用ですか?」
挨拶もせずに裕司は訊いた。
「事件のあった日の状況をもう少し聞かせて頂けないかと」
「そうですか、あの日は……」
裕司は淡々と状況を話した。
「あの、ご機嫌が悪いようですね」
刑事が上目使いで訊いた。裕司はポケットから盗聴器を差し出した。
「ほう、それはどうしたんですか」
刑事は興味深くそれを眺めた。
「見つけたのは車が店に突っ込んだ日です。こんな物が机の下に仕掛けられて気分がいい訳ないでしょう」
裕司はうんざりした表情で話した。
「そうですね。これは持ち帰って調べます。良かったらご自宅も調べますが」
「別に構いませんが」
「そうですか、今晩でもいいですか?」
刑事の問いに裕司はため息をついて、
「令状があるなら構いません」
と答えた。
「あの……余計な事かも知れませんが、もしかして警察を嫌っていますか?」
刑事の問いに祐司は目を閉じた。
「子供の頃にうちの親父が殺人事件の犯人に疑われて何度か事情聴取を受けたり家宅捜索をされたり……犯人はすぐに捕まったのですが、暫く周りから白い眼で見られましたからね。まあ警察にとっては犯人を捕まえられたら関係のない事でしょうけど」
裕司は皮肉交じりに軽く笑いながら答えた。
「そういう事でしたか、気を悪くされたなら謝ります」
「いえ別に、気にしていませんから。ご用件はそれだけですか」
「ええ、また何かあったら連絡下さい」
刑事達は軽く会釈して出て行った。
「全く……」
裕司は吐き捨てるように呟いてエレベータに乗った。
オフィスに戻ってからも裕司は苛立っていた。
会議室に入ってもどこかに盗聴器が仕掛けられているのではないか、あるいはこの中の人間が自分を監視しているのではないかと疑心暗鬼になっていた。
終業のチャイムが鳴り、裕司は急ぎ足で会社を出た。駅に着いて何気なく伝言板を見た。
上に何も置かれていなかった。
帰宅してから祐司は家宅捜査に立ち会った。盗聴器は見つからなかった。
刑事達が帰った後、裕司はホッとして買ってきた弁当と缶ビールで夕食を済ませた。