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 また一日が始まる……当たり前の一日が訪れる事を裕司は幸せに感じた。

 昼前に受付から警察が来たと裕司に電話があったので一階に下りた。

 以前に事情聴取を受けた痩せた中年の男ともう一人、体格のいい若い男が裕司を待っていた。

 軽く挨拶を交わした後、

「それで何の用ですか?」

 裕司は刑事達に訊いた。

「覚えていますか、あの時の女性ですが」

「いえ、あんまり」

 刑事の穏やかな口調の問いに裕司は淡々と答えた。

「そうですか、それならいいのですが」

「疑っていますか。俺の事」

 刑事の含みがありそうな言い方に祐司は不快になった。

 若い刑事が鋭い目つきで裕司を見た。

「別にそういう訳ではないので。その女性を見かけたら連絡下さい」

 刑事達は軽く会釈してビルを出て行った。

 裕司の脳裏に鈴井が言っていた『警察にあいつと繋がっている奴がいるかも知れない』という言葉を思い出した。

 裕司の心臓の鼓動が早くなった。

 刑事達と話をしている間に三ツ谷達は先に昼食に行ったので、裕司は一人でいつもの定食屋に向かった。

 店の前に人だかりが出来ていた。

 裕司は走って人々の間から覗くとワゴン車が店に突っ込んでいた。

 ハッと三ツ谷達を思い出して、

「三ツ谷、江夏どこだ」

 裕司は叫んで辺りを見渡した。

「木瀬、ここだ!」

 裕司の耳に三ツ谷の声が聞こえた。

 二人が警官の前にいた。裕司は駆け寄った。

「大丈夫か?」

「ああ、店を出た後に車が突っ込んで来てびっくりしたよ。乗っていた奴はすぐ逃げたようだ」

「逃げたって……事故じゃないのか」

 三ツ谷の答えに裕司は愕然とした。

「この店に恨みがあるんじゃないのか」

 江夏は店を見ながら言った。

 裕司は自分の身近で偶然に起きた事件とは思えなかった。

 二人と別れてスーパーでパンと缶コーヒーを買って昼食を済ませ、会社に戻った裕司は暫く考えた。

(美佐に関わったから狙われているのか? でも俺の事がわかっているのならとっくに居場所もわかっているはず。なぜだ……)

 午後の始業のチャイムが鳴って裕司は考えるのをやめて机の引き出しを開けた。

 膝に何か小さな物が当たって床に落ちた。

 裕司は机の下を覗き込んだ。黒い立方体の物が落ちていた。

 それを手にした時、盗聴器だとすぐにわかった。

 動転する気持ちをこらえて祐司は盗聴器を机の下に貼り直した。

 そして何食わぬ顔でゆっくり椅子に座って机に向かった。

(誰かが俺を見ているのか)

 裕司の心臓の鼓動が早くなって痛みがきりきりと差し込んだ。

 平静を装って仕事を進め、業務終了のチャイムと同時に裕司は急ぎ足で会社を出た。

 緊張から解放されて吐き気と動悸に襲われながら駅まで歩いた。

 駅に着いて何気なく伝言板を見ると穴のあいた缶コーヒーが二本置いてあった。

「そのままゆっくり反対側の出口に歩いて下さい」

 裕司の背後から男の声がした。裕司はハッと息を呑んだ。だが振り向けなかった。

 言われた通りに出口を抜けると、見知らぬ痩せた中年の男がゆっくり歩いて来た。

「どうもはじめまして。水野です」

 水野は物腰の柔らかい態度で接してきたが、裕司の警戒心は緩まなかった。

「何の用ですか」

「単刀直入に聞きますが、あなたは中沢美佐さんとお付き合いしているのですか?」

(ほらきた。名字は中沢というのか……)

 予想した質問が来たのと美佐の名字を知って裕司は妙な気分になった。

「いえ、何度か少し話をした事はありますが……それだけです」

 裕司の答えに水野は微笑んだ。

「そうですか。鈴井智宏さんとは?」

「鈴井さんって、確かいとこの……一度話をしただけです」

「二人とはどのような?」

「店で知り合って少し話をしただけです」

(面倒にならないように適当に話を作るか)

 裕司は頭の中で話の辻褄を合わせながら答えた。

「あの、その人達がどうかしたのですか? あなた、警察の方ですか?」

 裕司はとぼけた口調で訊いた。

「いえ、ちょっとした知り合いで連絡がつかなくて心配しているのですよ」

 水野の明らかに棒読み口調の答え方に裕司は挑発しているように思えた。

「そうなんですか。私も最近、誰かに見張られている気がして困っているんですよ」

「それは大変ですね。警察に相談されてはいかがですか?」

「やっぱりそうした方がいいですよね」

 裕司も棒読みで答えた。

「あの、もういいですか。帰りたいので」

「ええ。どうもお引き止めしてすみませんでした」

 水野の丁寧な返事に裕司は軽く会釈して別れた。

(面倒な事にならなければいいが)

 裕司は振り向かずに改札を通った。

(そういえばあの缶コーヒー、どういう意味だったんだ)

 電車の中で裕司はふと思った。

(それは『関わるな』なのか『助けてくれ』なのか……)

 昨夜の鈴井と美佐の寂しげな顔が脳裏によぎった。

 しかしこれ以上関わると自分の身が危ない事もわかっていた。

(もしこのまま二人を見放したら俺は助かるのか……)

 自問自答する間もなく待ち合わせで降りていた駅に電車が止まった。

(もうあの二人に会うのはやめよう)

 裕司は軽く目を閉じた。電車のドアが閉まった。

 その次の駅で裕司は電車を駆け降りた。

 そして階段を下りて向かいの乗り場に走った。

(これで最後にしよう。何も言わないまま終わりたくない)

 裕司はドアが閉まりかけた電車に駆け込んだ。

(でも会って何と言えばいいのだろう……さよならだけでいいのか)

 考えている内に駅に着き電車のドアが開いた。

「さよならだけでいいか」

 裕司は改札を出た。

 駅前の広場は街灯が眩しく照らしていた。

 八時、九時……裕司に声を掛ける者はいなかった。

 十時、十一時……祐司は街灯の下で座り込んで待っていた。

 零時前になり諦めて駅に戻ろうとした時、

「待っていてくれたんだ」

 裕司は声がした方向を見た。

 少し離れた街灯にもたれた薄いコートを着て眼鏡を掛けた女がいた。美佐だった。

「ああ、待っていた。これで最後だから」

 裕司の言葉に美佐の表情は曇った。

「そうね……最後だからね。やっぱり女と話すの下手ね」

 美佐は笑いながら言った。

「相変わらず随分だな。それじゃ元気で」

 裕司も笑って答えると美佐はうなずいて小さく手を振った。

「何だか高校生みたいな別れ方ね。じゃあね」

「ああ」

 美佐の後ろ姿を暫く見送って裕司が駅に入った時、ドンと大きな音が駅の外で響いた。

 裕司は「えっ」と振り向いて出口に向かった。パンパンと何かの音が響いた。

「まさか!」

 裕司は駅を出て広場に入った。

 駅側と反対の広場の入口から黒い車が入り込んで街灯にぶつかって止まっていた。

 背広姿の男達が車に向かって発砲していた。

 車から男が出て発砲した。街灯に照らされた男は鈴井だった。

「それじゃ、あの車に……」

 裕司は街灯の陰から様子を見た。

 車から更に男達が出て発砲して激しい銃撃戦になり、一斉に周りの人々が悲鳴と共に逃げ出した。

 数人が流れ弾に当たってうずくまっていた。

 パトカーのサイレンの音が近づいて来た。

 鈴井達は車に乗り込んで猛スピードでバックして車道を走って行った。

 目の前に広がる惨状に裕司は呆然とした。

「どうして……何が起きているんだ」

 裕司の目になぜか涙が溢れた。

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