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 ある日の昼休み。

「お前、最近朝早いよな」

 定食屋で三ツ谷がカツ丼を頬張りながら言った。

「ああ、健康にいいかと思って」

 裕司は水を飲みながら答えた。

「ずっと一緒に飲みに行かないし、体の具合でも悪いのか」

「いや、大丈夫だから」

 江夏が心配そうな顔で訊くので裕司は笑って答えた。

「ははあん。さては女が出来たな」

「お前はそればっかりだな。見合いの話はどうなったんだよ」

「ああ、見合いか。はあ……とりあえず行く事になった。お袋がうるさくてな」

「うまくいくといいな」

 三ツ谷と話していた裕司に、

「お前がそんな事を言うのって珍しいな」

 江夏が意外そうな顔で言った。

「えっ? そうか」

「いや、その手の話に興味がないと思っていたから」

「別に毛嫌いしている訳じゃないが」

「ははあん、やっぱり……」

「何だよ。二人とも変だぞ」

 二人の怪しいものを見るかの表情に裕司はたじろいだ。

「じゃあ木瀬君の遅い春を祝おうか」

「遅い春って……何だよそれ」

 三ツ谷の冷やかしに裕司は更に引いた。

 それから数日後、会社で新聞を広げていた裕司の目にひとつの記事が入った。

 いつも行っている繁華街で発砲事件が起きた。幸い死傷者は出なかった。

 裕司の脳裏に女を助けた時の光景が浮かんだ。

 女が言っていた『籠の鳥』と合わせると裕司の頭にいい想像が浮かばなかった。

 女は駅前で別れた後どうなったのか裕司は心配になった。

 その晩、裕司は繁華街に行った。

 発砲事件のせいか人通りは少なかった。

 県道はいつもの通り車のライトの列が続いていた。

 不健康に青白く照らされた電話ボックスは空っぽだった。

 いつもそんなに調子良く出会う訳ではないと思いながら裕司は女との再会を期待していた。

 繁華街通りに入り駅へ向かう道を歩いていた時、後ろから軽く肩を叩かれた。

 振り向くと裕司と同じ位の背丈の強面の男が立っていた。

「何の用ですか」

 裕司は平静を装って訊いた。

「あんた、どこかで会わなかったか」

 男はねっとりした口調で訊いた。裕司はあの時追って来た男達の一人だと思った。

「さあ、な、何の事でしょうか」

 裕司はわざとどもり口調で答えた。

「そうか。悪かったな」

 男は小さく手を上げた。裕司はおどおどしながら猫背にして歩いた。

 角を曲がって男の疑いの視線から解放されたのを感じて裕司はホッとして歩き出した。

「ああ、兄ちゃん」

 背後から違う声色の男が近づいてきた。

 裕司はまたかと落ち着いて振り向いた。

「安くしておくから寄って行かねえか」

 男はただの客引きだった。裕司は軽く手を振って歩いた。

(やっぱりここに来たのはまずかったか。いや顔は見られていないはずだ。普段通りまた来て食事すれば怪しまれないで済む)

 そう思った裕司は行きつけの居酒屋に入って軽く食事した。

 店を出るとまだ強面の男がうろついていたが無視して駅へ歩いた。

 そんな生活を送って秋も半ばに入ったある日。

「今年はあんまり寒くならねえな」

「そうか? お前が暑がりなだけだろう」

 昼休みに三ツ谷と江夏が会話している中で裕司は黙って歩いていた。

 三人は定食屋に入った。

「この前の見合いどうだったんだ?」

「ああ断った。元々お袋の勧めで会っただけだからな」

「何だ、つまんねえな」

「つまんねえって……まあいい。木瀬くんの純愛は順調なんですか?」

 話を急にふられて裕司は「えっ」と三ツ谷の顔を見た。

「何だ。色ボケか」

「そうじゃないよ」

 三ツ谷の冷やかしを裕司は愛想笑いでかわした。

「さては、ふられたな」

 今度は江夏が冷やかした。

「だから、そんなんじゃねえって。何もないし」

 裕司が笑って答えていると料理が来た。

 三人は黙って箸を割って食事を始めた。

「そういえばさ」

 江夏が頬張りながら話し始めた。

「ほら、ちょっと前にあの繁華街で事件が起きただろ? そこにいた女がまだ行方不明なんだって」

「何だよそれ。週刊誌にでも載ってたのか」

「ああ。その女、少し前に男から暴力を受けて病院に運ばれたんだって。その時に警察はわからなかったのかな」

 裕司の箸が止まった。

「ひょっとしたら、もう消されているかも知れないな」

「それか逃げているかだな。銃撃戦と謎の女の逃走劇って何かの映画みたいだな」

 裕司の眼球が左右に激しく動いた。

「へえ。面白そうな話だな。それどの週刊誌に載っていたんだ?」

 裕司は動揺を隠して江夏に訊いた。

「何だ。そういう話に興味があるのか?」

「よく晩飯に行っているから知っておかないと危ないだろう」

「そうか? 用心深いな」

 裕司は食事を終えると銀行に行くからと先に店を出た。

 そして書店で週刊誌を買って公園のベンチで座って読んだ。

 記事は江夏の言う通りだった。だがこれだけではあの女かわからなかった。

 裕司の脳裏にあの女の顔が浮かんだ。

 その日の晩、裕司はまた繁華街の居酒屋に寄っていつもの通り一人で食事した。

 店を出て事件のあった場所に向かった。街灯だけが辺りを照らして人通りが少なかった。

 あちこち見回すと怪しまれるので時計を見ながら歩いていると、

「兄ちゃん、また会ったな」

 前に訊いてきた強面の男に会った。

「えっ? そうですか」

 裕司はとぼけた表情で言った。

「覚えていなきゃ別にいいが、この辺は物騒だ。飲みに行くなら通りに行きな」

「はあ、どうも……」

 裕司は軽く会釈して通りに引き返した。

 心臓が鳴る音を自覚できる位に裕司は緊張した。時計を見ると手が震えていた。

 通りに戻ると酔っ払いの中年達が大声で歌っていた。

 ネオンの光で派手に染まった道を歩きながら裕司は女を探したが、結局この日は見つからなかった。

 それから十日程経った朝。改札を出て伝言板を見た裕司は立ち止まった。

 伝言板の上に缶コーヒーが二本並んでいた。

 裕司は自然と笑みが浮かんで駅を出た。

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