第六話 円城寺美華って、人を殺したことがあるんだよ?
「嘘を、ついたの?」
私は、意を決して白谷さんに聞いた。
「・・・うん」
違うと言って欲しかった。そんなことないよ、と。でも、白谷さんは否定しなかった。
私は、別に嘘自体が嫌いなわけではない。世の中には、良い嘘というものもある。でも、この嘘は好きとか、嫌いとか、良いとか、悪いとかじゃなくて、悲しかった。カップルやデートについて私はよく分からないけれど、でも、カップルっていうのは嘘をついてはいけないような気がする。
・・・いや、違うな。私が白谷さんに嘘をついてほしくなかっただけだ。多分、私は心のどこかで白谷さんのことを信頼していたんだと思う。勝手に信頼して、嘘を一回つかれただけで、裏切られた気分になって勝手に悲しくなっているだけ。なのに、私はこの悲しい気持ちを、自分勝手な気持ちを、白谷さんに押し付けている。
ほら見ろ。白谷さんが困っているじゃないか。眉を八の字にして、悲しそうな顔をしている。私の身勝手な気持ちが、白谷さんを困らせた。
「ねぇ、円城寺ちゃん」
困ったような表情のまま、白谷さんは優しい声色で言った。
「僕のこと、知ってくれない?」
白谷さんは、まだ私にチャンスをくれるのか?こんな私に、まだチャンスをくれるのだろうか。
チャンスをくれたからには、私の答えはただ一つ。
「うん、知りたい」
そう言った瞬間、白谷さんは私の手を取り走り出した。
「え、白谷さん!?」
「僕の好きな場所に行こ?円城寺ちゃん」
「行くから、止まって!?」
「止まらないよ!僕の好きな場所はね、時間制限付きなんだ!!」
白谷さんは、いつも笑顔だ。どんな時も。さっき、私が嘘をついたのか聞いた後ですら、その口は上がっていた。
でも、今走っている時の白谷さんの笑顔は、本当の笑顔という感じがした。
ずっと思っていた。白谷さんの笑顔は、どこか貼り付けているかのような感じがしていた。だから、少し笑顔に恐怖を抱いていたような気もする。だけど、この笑顔は怖くない。
しばらく走った後、小高い丘のような場所へと辿り着いた。開けた場所で、町が一望できた。ちょうど夕焼けの時間で夕日が落ちていくのが、すごく綺麗に見れた。
絵に描いたようなオレンジ色の夕日は、美しくて、私には・・・少し眩しかった。
「ここ、僕が疲れている時によく来るんだ」
「綺麗・・・だね」
私の言葉に、白谷さんは満足そうに頷いた。
「涼さん」
私は、思わず白谷さんのことをそう呼んでいた。
「え!?今、涼さんって呼んだ!?」
「気のせいじゃない?」
「いいや、絶対に呼んだね」
確かに呼んだけれど、そんなにこだわるものだろうか。
白谷さんと・・・涼さんと一緒にいると、すごく楽しい。
「あの、涼さん」
「あ、涼さんって呼んでくれた。それで、どうしたの?」
「涼さんのこと、もっと教えて」
私の、今心の中を占める感情は、これだけだった。だから、多分、涼さんと呼んだのだと思う。私が下の名前で呼んだ時の、表情が気になったのだろう。
「いいよ」
涼さんは、夕日よりも太陽よりも眩しい笑顔でそう言った。
「じゃあ、好きな色は?」
「白かな。何にも染まらない時の姿は綺麗じゃん」
涼さんは私の目をまっすぐに見つめながらそう答えた。
「じゃあ、黒は?好き?」
私の問いを聞いたあと、涼さんはふっと視線を逸らして答えた。
「ん〜あんまり好きじゃないな。黒って・・・なんというか、禍々しい感じがするじゃん」
「禍々しい感じ?」
「うん・・・。あ、円城寺ちゃんは?」
歯切れの悪い答えから一転、涼さんは私に話を向けてきた。
「紫、かな。紫ってー」
「あれ?円城寺美華じゃん」
ヒヤリと背中に冷たい水が走ったような感覚に陥った。今の声は、涼さんが言ったわけじゃない。
「ねぇ、そうだよね?」
後ろから嫌な声が近づいてくる。
「ち、ちが・・・」
違うと言いたいのに、喉が固まって動かない。
「君は?」
涼さんは、私を庇うようにして立った。
「私?円城寺美華の元クラスメイト。ねぇ〜円城寺美華〜」
ベタベタとした声が、私の体に張り付いていく。今すぐ取りたいのに、全然取れない・・・。
「ねぇ、あんた知ってる?」
嫌みったらしい声が、私のことを涼さんに伝えようとしてくる。
やめて、それ以上・・・何も言わないで!まだ、知られたくないの。だって、今知られたら・・・絶対幻滅する。絶対、嫌われる・・・!!
「円城寺美華って、人を殺したことがあるんだよ?」