第四話 恋っていう花
「恋って・・・難しいな」
私がそう呟いた後、襖の先から声がした。
「美華、晩御飯にするよ」
声の主は、おばあちゃんだった。
私の父親は、私が生まれてすぐに母親と離婚したため私は父親を知らない。母親は、父と離婚した後、「自由な恋を探す」と言って家から出て行った。自由な恋を見つけたら帰ってくるとかなんとか、言っていたらしい。つまり、私は母親の顔も知らない。祖父はすでに他界していて、私を育ててくれたのは祖母だった。
居間へ向かうと、ちゃぶ台の上に料理が並んでいた。料理の匂いに混じって、かすかな花の匂いがする。我が円城寺家は、華道で有名な流派らしい。本当は祖母の娘である母が後継なのだが、自由な恋を探している最中なため祖母が円城寺流を継いでいる。私が高校を卒業するまでに母が戻って来なければ、私が円城寺流を継ぐらしい。
花は好きだ。もちろん、華道も好きだ。ただ自分の世界に浸って華の世界を創り上げているのは、何者にも変え難い良さがあった。
「いただきます」
声を揃えて、私と祖母は料理を食べ始める。すると、美味しそうな煮物を取りながら祖母はこう言った。
「美華・・・彼氏でもできたかい?」
「え?」
「違うのかい?」
「いや、あってるけど」
「そうかいそうかい、美華にも彼氏か・・・。今日は、赤飯にすれば良かったねぇ」
祖母は、私が恋をしないことを憂いている。だから、彼氏ができたことが嬉しいのだろう。
「赤飯なんていらないよ。それに、好きで付き合ってるわけじゃない」
「そうなのかい?」
絵に描いたように優しい祖母は、吊り目の見た目にそぐわず私のことを心配してくれている。
「友達に、恋を知るために付き合ってみれば?って言われて・・・それで」
「それで?」
「クラスメイトの子と付き合ってみただけ・・・」
「どうだった?」
「どうって?」
「そりゃあ、相手の子との相性だよ」
「分かんない」
私の素直な言葉に祖母は優しく笑うばかりだ。
「分からないのかい。でもねぇ、おばあちゃんもおじいちゃんと恋した時は分からなかったねぇ」
「そうなの?」
「そうさ。おじいちゃんが何を好きなのか、おばあちゃんはどうするのが正解なのか・・・何も分からなかったよ。今でも分からないね。あの時のおばあちゃんの選択肢は正しかったのか、どうか」
「おばあちゃんでも、そうなんだね」
私がそう言うと、おばあちゃんは当たり前というように頷いてみせた。そして、出汁の染み込んだじゃがいもを口へ運び、満足そうに笑うとこう言った。
「相手の子はどんな子なんだい?」
そう聞かれて、私は白谷さんのことを話し出した。
話し終えた時は、温かいお茶がまだ温かいままで、きっとおばあちゃんも退屈しなかっただろう。
「そうかい。お互いが恋を知らないから、恋を知っていこうとする・・・。なかなかいいじゃないか。案外お似合いだとおばあちゃんは思うよ」
「そうかな。今日のデートだって・・・ダメだったと思う」
自分なりには、楽しかったつもりだった。温かい気持ちになれた。・・・でも、白谷さんはどう思っていたのだろう。私は、自分のことしか考えていなくて、白谷さんの気持ちを考えていなかった・・・。
「気にしなくていいと思うよ。人間なんてね、相手の気持ちは言われなきゃ分からないもんなんだよ。いいや、言われても分からないね。本当はどう思っていたかなんて、お互い手探りでしかないんだよ」
「じゃあ、おばあちゃんも分からないの?」
「分からないねぇ。おじいちゃんとの時だって、ず〜っと分からなかったよ」
おばあちゃんは悩むことなく言った。
「ねぇ、おばあちゃん」
「なんだい?」
「・・・私、どうしたらいいのかな?」
私の問いに、おばあちゃんは優しく言った。
「そんなの、おばあちゃんには分からないよ。さっきもいただろう?お互い手探りだって」
「うん・・・」
下を向いた私に、おばあちゃんは優しく声をかけた。
「美華と、白谷くんは恋っていう花を咲かせていないんだろうだろうね」
「恋っていう花?」
「そうさ。まだ、蕾なんだよ。丁寧に丁寧に水をあげ続けたら、いつか咲くさ」
「そうなのかな・・・」
私は、まだおばあちゃんの言葉を理解できなかった。それが、すごく悔しいような、悲しいような・・・よく分からない気持ちがした。
どんな花なのだろう。恋という花は。
恋という花が何かは分からないけれど、きっと瑠璃は、咲かせている。あの表情は、そう物語っていた。誰がどう見ても恋をしている表情をしていた瑠璃の恋の花は、咲いているだろう。すごく綺麗で、誰彼構わず魅せられてしまいそうな。
「恋っていう花・・・」