第十話 教えてよ、みーさん
「恋よ、咲け」
そう言って、私は自分の部屋へと戻った。ベッドに横になり頭の中に浮かぶのは、先ほどの自分が話した過去の内容だった。
中学一年生になった時、瑠璃の引っ越しが決まった。小学生の頃から瑠璃に依存していた私は、瑠璃がいない生活に耐えられる自信がなかった。
時間の流れというのは残酷なもので、あっという間に瑠璃はいなくなっていた。私と瑠璃は、同じ高校に入ろうという約束をした。
私は、高校生になったらるーさんと呼べるようになろうと、密かに覚悟を決めていた。今までは、るーさんと呼ぶのが恥ずかしくて、呼べていなかったけど、高校生になったら瑠璃のことをそう呼びたかった。
中学生の初日、隣の席の子に話しかけられた。
その子は、転校してきた子で小学校からの友達がいないらしく、一人でいた私に話しかけてきた。
この子との出会いが、私の運命とこの子の運命を変える出来事だった。時間が戻るのなら、私は今でもこの時に戻りたい。戻って、出会わないように、話しかけられないように、過去を変えたい。
「私、田所雅。よろしくね。円城寺さん」
彼女は田所雅と言った。線の細い子で、儚げな雰囲気があった。まるで、息をフゥッと吹きかければ花びらとなって散ってしまうような儚さで、折れちゃいそうと思った記憶がある。
雅とは、ずっと一緒にいた。一年生の間も、二年生の間も、そして三年生になってからも。
問題は、三年生の修学旅行だった。行動班と部屋班は仲の良い子と一緒にいていいということだったから、私と雅は同じ行動班で、同じ部屋班になった。
一日目の夜。私と雅は、ホテルの共同スペースで雑談していた。どんな流れで喧嘩になったかは、覚えていない。ただ、何気ない会話だったような気はする。
喧嘩の内容は、お互いの悪口だった。確か、私が先生の悪口を言ったら、雅が咎めてきたのだ。
「美華ちゃん、先生の悪口を言っちゃいけないよ。私・・・美華ちゃんの、そういうところダメだと思う」
そう言われて、バツが悪くなったのだ。でも、先生の悪口を言っていないと、やってられないというのもある。
「別にいいじゃん。ちょっとぐらい見逃してよ。全く、雅ちゃんは真面目なんだから」
「自分の悪いところは、素直に認めなきゃだよ?美華ちゃん」
「別に、悪いと思っていないし」
本当は、悪いと思っていた。誰かに依存してしまうのも、誰かの悪口を言ってしまうのも。
「もう、美華ちゃん。ムキにならないで」
「なってないもん!ていうか、雅ちゃんこそ、真面目すぎるのも悪いんじゃない?人のこと言えないじゃん」
この時は、もう止められなかった。口が勝手に動いていたような気がする。・・・というのも、全て言い訳だが。
しばらく続いた口論の末、私は雅に決定的な一言を言ってしまう。
「雅ちゃんなんか、大っ嫌い!!もう顔も見たくない!!」
「私だって・・・私だって、美華ちゃんのことなんか、大っ嫌い!そっちこそ、顔見せないでよ!」
お互い、本心じゃなかったと思う。でも、引けに引けなかった。
雅は、そう言ってホテルの共同スペースから走り去っていった。
どうせ、部屋には戻っているだろう。
でも、走っていた方向は部屋の方向と真逆であった。それに気づいたのは、全てが終わったあとだったけれど・・・。
次の日、雅は部屋に帰ってこなかった。それどころか、集合時間になっても戻ってこなかった。点呼の際にいないことが判明して、教員総出で探していた。
雅は、見つかった。でも、生きている状態ではなかった。
修学旅行の場所は、定番の京都・奈良だ。私たちは、京都のホテルに泊まっていた。
あの夜、雅はホテルを飛び出したのだろう。そして、慣れない土地を彷徨った。たどり着いたのは近くにあった川で・・・雅は、川に落ちてしまった。慣れない土地、しかも夜だ。周りがよく見えないなか、雅は足を踏み外したのだろうと言われている。そして、落ちた時、頭を打った。
何度後悔したか分からない。あの時、ちゃんと謝っていれば、ちゃんと追いかけていれば・・・こうはならなかった。
それ以来、私は学校中の人間に「人殺し」と言われるようになった。誰かが、私と雅の口論を見ていたのだろう。そのせいで私は、友達を持つことに、恐怖を感じるようになってしまった。いつ、どこで、大事な友達を失うのか分からないのに、大事な友達なんて、作れない。
高校で、無事同じ学校に入学できた瑠璃にも、その恐怖は適用された。「るーさん」そう呼ぼうと思っていたのに、恐怖から呼べないでいる。なんで呼ばないのか、と瑠璃に聞かれても曖昧に笑うしかない。だって、こんなこと言ったら、きっと瑠璃は私から離れてしまうだろうから。
「美華は、自分を責める必要はないよ?」
この話をした時、涼さんにはそう言われた。でも、私のせいなんだ。私が雅と喧嘩をしたから、私が雅を止めなかったから、私が早く謝っていなかったから、雅は死んだ。全ては、私のせいだ。
この話を、瑠璃にするつもりはない。したって、良い気持ちにはなれないだろう。なのに、涼さんは話したほうがいいと言う。一人で悶々と抱え込んでいるより、誰かに話す方がずっといい。それに、瑠璃なら受け止めてくれる。そう、涼さんは言った。本当にそうだろうか。試す価値はあるのだろうか。
スマホを取り出し、瑠璃の連絡先を表示させる。通話ボタンを押すか、押さまいか・・・。
私は、何も考えずに通話ボタンを押した。
『あ、みーさん?どうしたの?』
「瑠璃にさ、話したいことが・・・あるんだよね」
通話ボタンを押してから、私は後悔した。瑠璃は、こんな話を聞きたがるだろうか。いや、聞きたがらないだろう。
『どうしたの?みーさん』
なのに、話したいことがあるとか言ってしまった。これでは、後に引けない。・・・もう、話してしまったからには、どうとでもなれ!
「私が、瑠璃のことをるーさんって呼べない理由・・・なんだけど、聞いてくれる?」
『うん、もちろん聞くよ?』
「本当に?本当の、本当に、聞いてくれるの?」
『何言ってんの、聞くに決まってるでしょ?』
『教えてよ、みーさん』




