第一話 僕と付き合う?
「みーさんはさぁ、恋をした方がいいんじゃない?」
それが、小学生の頃からの親友である竹宮瑠璃の口癖であった。瑠璃は恋多き女という言葉をそのまま形にしたような人で、恋をしていない日はないと言ってもいいほどだった。
それに比べて、私ー円城寺美華は恋というものを知らないまま高校二年生を迎えていた。
小学三年生の頃、瑠璃はあだ名で呼び合いたいと突然言い出し、私のあだ名は「みーさん」になった。瑠璃には「るーさん」と呼んでほしいと言われているが、私はそう呼べずにいた。
「みーさんは恋に無頓着だよねぇ、だから誰とも友達になれないんだよ」
「瑠璃は友達だよね?」
「じゃあ、いい加減私のことは「るーさん」って呼んでよ」
「それは、ちょっと無理かな」
放課後の教室で、雑談するためだけに残っていた私と瑠璃は、購買で買ったジュース片手に1時間ぐらい話していた。少しずつ疲れ始めていたその時ー
「あ・・・春野くんだ・・・」
瑠璃がそう言って頬を赤く染めた。どうやら、今は草食系眼鏡男子である春野さんに恋をしているようだ。
春野さんの方をバレないように見ている瑠璃は、どこからどう見ても恋をしている表情をしていた。栗色のボブへアから覗く頬は赤く染まり、瞳には、見えないハートが見えるようだった。恋をしたことがない私にも分かるその表情は、とても綺麗だった。
彼女を、ここまで綺麗にする恋とはどんなものなのだろう。恋や愛を「恋愛」と世間では一つに括られているけれど、恋と愛の違いはなんなのだろう。一つに括るからには、同じ感情なのだろうか。それとも、違うものなのだろうか。
「恋って、なんなんだろ・・・」
春野さんたちがいなくなってから、私はそう呟いた。それを聞いて瑠璃は勢いよく椅子から立ち上がり、私の両手をガシッと掴んできた。
「みーさん、恋愛に興味あるの!?とうとう恋をする気になった!?」
「いや、そういうわけじゃなくて・・・」
「じゃあ、どういうわけよ?」
「学術的な興味・・・と言えばいいのかな。恋と愛の違いが気になって」
「そんなの、同じじゃないの?」
よく分からないと言わんばかりの表情でジュースを口へ運びながら瑠璃はそう言った。
「瑠璃は、恋と愛の違いについてどう思う?」
私の問いに瑠璃は少し考え込んだ後、ドヤ顔で言った。
「恋は下心、愛は真心」
「それ、世間一般で言われてるやつ・・・」
「でもさ、そう言われると納得しない?」
「しないしない」
「なんでよ」
瑠璃からの返答に迷って、私はとりあえずジュースを飲んだ。
「・・・確かに、恋という漢字には下に心があるから下心。愛は真ん中に心があるから真心って言うけど・・・なんか、違う気がする」
私の言葉に瑠璃は首を傾げた。
「なんか違うってどう違うのよ」
「・・・上手く言えない」
「っていうか、まずは恋をしてから恋と愛の違いを考えてよ」
瑠璃の正論に私は何も言えなくなった。
「恋と愛の違いねぇ・・・。知るには、やっぱり恋をした方がいいと思うな」
ジュースを飲み終わり、ゴミ箱にジュースを捨てた瑠璃はそう言った。
「でも、私が恋をできるわけないじゃん」
「そんなの、やってみないと分からないでしょ?」
「やらなくても分かる。私は、恋ができない。誰かを好きになるってことができないんだよ」
「そんなに言うなら、アレと付き合ってみれば?」
「アレって?」
「生徒会長の白谷涼」
白谷涼と言えば、学校一のイケメンと名高い人であった。彼女がいない日はないと言う噂がある。
「無理よ」
「折角無理なら、無理なりに付き合えばいいのに」
「なんで私が、白谷さんの彼女になれると思ってるの?」
「あんなに彼女を取っ替え引っ替えしている人よ?もしかしたら、なれるかもしれないじゃない」
「そう言われてもねぇ・・・」
「当たって砕けろ、ね?」
「まず、当たろうとしてないし・・・」
そう話していたら、教室に白谷さんが入ってきた。
「あ、白谷くん」
「竹宮さん?どうしたの?」
「あ〜いや、ちょっとみーさんが白谷くんに話があるみたいで・・・」
「ちょっと瑠璃、変なことしなくていいって」
「え〜、誰かが何かをしない限り、みーさんは一生恋をしないでしょ?」
「私に恋はいらないんだって」
私の言葉をガン無視して瑠璃は白谷さんにこう言った。
「じゃあ、私は飲み物買ってくるから、あとはごゆっくり〜〜」
「あ、ちょっと瑠璃!」
廊下に出た瑠璃を呼びかけると、瑠璃はぺろっと舌を出して自販機の方へと歩いて行ってしまった。
仕方なく教室に戻ると、私はとりあえず白谷さんに会釈をした。
「円城寺美華さん・・・だよね?」
「はい」
「僕に話って何?」
「あれは、瑠璃が勝手に言ってるだけなんで」
「でも、恋とか言ってたよね?」
「あ〜いや、恋と愛の違いについて瑠璃と話してたんです。その流れで、瑠璃が白谷さんと付き合ば?って言ってきただけ・・・」
何を言っているんだ私は。こんなこと話しても、白谷さんは困るだけ・・・。
「いいよ」
「え?」
「僕と付き合う?」




