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9.理想的

 その日、エドワードがアリエッタのもとに来たのは、アリエッタが目覚めてから数刻後、朝の柔らかな日差しが夕日の温かな橙色の光に変わった頃だった。


「アリエッタ、体調はどうだ?ベッドから落ちたようだと聞いたが、どうしたんだ?」


 ベッド脇のイスに座ったエドワードが首を傾げると、その動きで髪が揺れて服がこすれ、外のニオイがアリエッタの鼻に届く。


(心配……疎んでいた”妻”を?)


 その瞳に映る心配を嘘だと思うのは難しくて、アリエッタは疑う気持ちと信じたい気持ちの拮抗に苛立った。


「窓越しにみる風景は春めいてきたと思っていましたが、外はまだ冬の色が濃いようですね」

「そうだな、まだ風は冷た……アリエッタッ?」


 突然体を起こそうとしたアリエッタに驚き、思わずエドワードは手を伸ばす。

 次の瞬間にエドワードは『しまった』という顔をしたが、手を離すことはできずに戸惑いを露にする。


 そんなエドワードを見て、今までの違和感の正体に気づく。



「エド様、私は本当にエド様の”妻”なのでしょうか?」

「……え?」


 戸惑い混じりの声と、びくりと震えた手の平。

 アリエッタがエドワードの瞳をみれば動揺と、そして紛れもなく罪悪感があった。


 それが答えか、とアリエッタは目をつぶる。


「私は……“誰”なのです?私は本当に、アリエッタ・ラ・ヴァルモントなのですか?」


 本当は目覚めたときから疑っていた。


 茶色のパサパサの髪は薬剤のせいだとしても、たった数日寝込んだだけで骨が浮くほどやせ細るだろうか。


 いまでこそマッサージやクリームのおかげで柔らかいが、目覚めた頃の手の平は貴族の女性とは思えないくらい硬くて、あちこちの皮がむけていた。


「本当はそこらで拾った、下町で暮らす庶民の女なのでは?」

「ち、違う!!」


 エドワードに肩を掴まれ、大きな声を出されたことにアリエッタはビクリと震える。

 そんなアリエッタにエドワードはハッとし、「すまない」と手を離す。


「信じて欲しい、君は本物のアリエッタ・ラ・ヴァルモントだ。セシル小父さんの黒髪、エレナ小母さんの琥珀色の瞳……三年より前の記憶はあるのだろう?俺のことを疑うのは分かるが、頼むから君の中に残っている思い出まで疑わないでくれ」


 小父さんたちが浮かばれないというエドワードの言葉にアリエッタはハッとする。

 アリエッタの中には確かに父セシルと母エレナに愛された記憶があるから、


「私がアリエッタならば……やっぱり私はあなたの妻なのですか?」


「俺、エドワード・ラ・ウィンソーは三年前にアリエッタ・ラ・ヴァルモントと結婚している。これは役所で確認できる。そうだ、いますぐに婚姻証明書を取り寄せよう」


 今すぐにでも部屋を出ていきそうなエドワードを、アリエッタは首をヨコに振って止める。


(何を私は不安に思っていたのかしら……落ち着いて考えれば分かることじゃない)


 自分がなぜそんなに動揺したのか考えてみて、その原因に気づく。

 その原因はいま目の前にいるエドワードだ。


「申し訳ありません……不安になって変なことを言ってしまいました」

「いや……構わない。ただなぜ突然そんな……君がアリエッタではないなどと突拍子もないことを考えたのかは気になる」


 ここで理由を言えば、エドワードはその侍女たちを探し出して罰を与えるだろうとアリエッタは思った。

 だからこそアリエッタは首を横に振る。


(他人の権力を代わりにふるうのはイヤだもの)



「不安になったのはエド様が理想的な夫過ぎるからですわ」


 返事を誤魔化すために口にしたことだったが、これはアリエッタの本音でもある。

 

 エドワードは毎朝必ず、その朝に庭で咲いていた花をもってアリエッタの部屋に来る。

 起きていたらアリエッタに、寝ていたらミリアムに花を預け、今日の簡単な予定と帰宅時間を告げてから出かけていくのだ。


 そして夕刻または夜、街で買った何かを手土産にしてアリエッタの部屋に来て、その日あったことを簡単に報告する。


「父さんがそうしているから真似ただけなのだが……変だったのか」


 心なしか落ち込んで見えたエドワードに、アリエッタは慌てて取り繕う。

 慌てていて思わず要らないこと、ハリーの別れた夫が自分の浮気がばれないようにそんなことをしていたと言ってしまった。


「……申し訳ありません」

「いや……理想的な夫であろうとしたのは本当だから」


(……理想的な夫であろうとした?)


 エドワードの言葉がアリエッタの脳裏にこびりつく。

 そして、その言葉のおかしさに笑ってしまう。



「エド様には、私の夫でいなければいけない理由があるようですね」



 アリエッタの言葉にエドワードは息を飲み、そんなエドワードにアリエッタは苦笑する。


「エド様はお優しいですが、その態度からはいつも私に……申し訳ないと思っているようです」

「……違う、そんなことはない」


 エドワードの弱弱しい否定の声にアリエッタは「それが本当ならいいのに」と小さく呟く。


「エド様の私に向ける優しさを信じたいですし、愛してくれているのだと思いたいです。でも、それが後悔や罪悪感からくる嘘だったら……そんな嘘を信じて喜ぶ私は道化ではありませんか」


 信じたい。

 でもアリエッタに巣食う何かが、信じてはいけないと警鐘を鳴らす。


「エド様、教えてください。この三年間、私はエド様とどのように過ごしていたのですか?」


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