第39話 隠しきれない宝石
「な、なんだったんだ?」
青い顔をしたエドワードは動揺のため荒れた息が整わず、すそがグシャグシャになったジャケットを脱いで壁に寄りかかった。
ホコリや煤のついた壁に真っ白なシャツが汚れてしまうと思ったが、護衛騎士は何も言わずに同情の目をエドワードに向けた。
「君がホーソー街の調査は我々に任せろと言ったのは……想像がついていたからだな」
ようやく息を整えたエドワードの質問に護衛騎士はうなずく。
「ホーソーに住む芸術家たちは日夜パトロンを求めております。私の知人にそこそこ儲かっている商会の主がいますが、彼が所用でここに来たときたった数分で愛人希望が男女問わず十人以上群がったそうです」
彼の友人は見た目は庶民、中肉中背の茶色の髪と目をした平凡な男だった。
それに比べて目の前のエドワードは、そこらで見かける地味な灰色の帽子でその銀髪は隠しているものの、エメラルドと讃えられるその翠はめちゃくちゃ目立つ。
「公子様のクマと例えられる容姿も『金』の前には何の抑止力にならないです。まあ、貴族のご令嬢に比べれば計略や謀略がなく『金がめあて』と隠さないため清々しいとは思えますが」
貴族令嬢よりも死霊のようにまとわりつく自称芸術家のほうがマシ。
彼は『貴族令嬢』によほどイヤな思い出があるのだろう、おそらくそれに自分も少しは関係しているはずと感じ取ったエドワードはそれ以上何も言わなかった。
「ホーソー街の調査は我々にお任せください」
「頼む。フィクソンの隠れ家が見つかったら、捜索には俺も参加する」
「畏まりました」
少しだけ安堵した彼の表情にエドワードはピンッときた。
領の四つの村を荒らした凶暴なクマの狩りも一緒に行った彼がエドワードの身を案じていたとは少々考えにくい。
「母上の命か?」
「……若奥様主催の茶会が近いのに公子様の服が決まらない、と。『あの子ったらいつもみたいに適当な格好をしてアリエッタの隣に立つ気なのかしら~。初めて社交の場で妻としてアリエッタを紹介する大事な場なのに、まさかね~。あなたはどう思う?』と今朝言われました」
「母にとても似ているな」
恐縮ですと礼をした騎士の手が小刻みに震えているのを見て、エドワードは彼らのために屋敷に帰ることを決めた。
***
「お帰りなさいませ、旦那様」
「パパ、ただいま」
前触れで帰宅を報せていたため、屋敷に戻ると妻と息子が笑顔で出迎えてくれた。
「リッチー、家にいた人は“おかえり”というのよ」
「おかえり~」
トテトテと自分に向かって歩きながら、母の言葉を素直に聞いて訂正する息子の可愛さにエドワードの顔が緩む。
「おいで」と声をかけて抱き上げて、その体の重さに少しだけ驚く。
ここ最近は通常の仕事と神父の調査で忙しくて、『しばらく見ぬ間』がエドワードの思っていたより長かったことに気づかされた。
「今日の仕事は終わりだから、パパと一緒に遊んでくれるか?」
エドワードの言葉にリチャードはきゃあっと歓声をあげた。
その嬉しそうな姿にエドワードの反省は深くなり、今日はリチャードの遊びに何でも付き合おうと決めた。
「なにをして遊ぶ?」
「かくりんぼ」
かくれんぼは最近リチャードがはまっている遊びで、手の空いている使用人を集めて『隠れる役』を楽しんでいる。
「パパ、いないいないして。ぼく、みんなといっしょ」
「ん?」
戸惑うエドワードに、パパ業に力を入れようと頑張る姿に感動していたカーラが手を貸す。
「若旦那様がお隠れください。坊ちゃまは特別な『隠れる役』を若旦那様にお譲りするそうです」
「俺が隠れ役……イヤな予感しかしないのだが」
「奇遇ですね、私もです」
「パパ、みっけ。パパ、いないいないがヘタね」
キャッキャッと笑う息子は可愛いが、七回も短時間で見つかってしまう不甲斐ない隠れる役の自分にエドワードはため息を吐いた。
しかし、エドワードが簡単に見つかるのは仕方がない。
かくれんぼ大会はリチャードの安全のため、広いが低木が中心の見通しのよい庭で開催されている。
二歳のリチャードなら隠れ放題であるが、世の成人男性よりも背が高く体格がいいエドワードの隠れる場所など数えるほどしかないのだ。
「それじゃあリチャードが隠れて、パパがみんなと探すのはどうだ?」
不貞腐れて頬を膨らませてしまったリチャードにエドワードがそう提案すると、「ちがうとこがいい」と会場変更を願い出た。
「中庭以外でかくれんぼか」
公爵邸は高い塀や柵でぐるりと囲まれていて、出入り口は南の正門と東にある使用人が使う通用門のふたつしかない。
「西の庭なら安全か?」
「西の庭は塀ではなく柵なので樹木で目隠しをしていますが、かくれんぼですから坊ちゃまが木の向こうにいってしまって記者たちの目にとまる可能性があります」
「我々から隠れてリチャードが視界に入ったら本末転倒だな。父さんたちに頼んで正門でエサをまいてもらう必要があるな」
「リチャード様のかくれんぼのために……坊ちゃまも大人になられて」
「すごーい」
ランダムに生け垣があり、花も木も背が高く、四阿が両端にある西の庭は、リチャードの目にはかくれんぼの聖地に見えた。
ここなら体の大きな父親も隠れられる場所があるのだが、リチャードは絶対に自分が隠れると、この聖地で最初に隠れる名誉は愛する父親にも渡せないと主張した。
その嬉しそうな顔にかくれんぼ大会参加の大人たちは顔を緩め、いまこの瞬間にも新聞記者に対して『公爵家の茶会に関する情報の一部を公開』というエサを盛大にまいている公爵夫妻に感謝した。
公爵家が茶会を開くのは三年振りで、社交界を筆頭に世間の目は集まっている。
茶会で使用する茶器を公開しただけでも新聞は飛ぶように売れ、そこかしこに潜んでいた各貴族家の諜報員は嬉々として主人の元に帰るだろう。
「パパ、かくりるね」
いつもより凛々しく宣言したリチャードは一番最初の生け垣のカゲに隠れた。
ら行の危うい発音のせいで本人の意に反して凛々しさなどなく、ただ可愛いだけのリチャードの後ろ姿を大人たちは笑顔で見送った。
(どうしよう)
かくれんぼの下手な父親のために近くて簡単なここに隠れていようかとも思ったが、奥にはもっといろいろ隠れる場所がある。
リチャードは誘惑に勝てずにどんどん奥に向かう。
屋敷の西にあるこの庭に来たのは初めてではないが、いつもは誰かと手を繋いでいる。
父と同じく背の高い祖父に抱きあげられて高い位置から庭を見渡すのも悪くないが、一人で歩きまわるという初めてのことはリチャードの胸を弾ませた。
かくれんぼの達人を自負するリチャードは厳しい目で四阿をチェックする。
(おとなはみつけるのがうまい)
ここはやめようと四阿から離れながら、リチャードは「大人は隠れるのが上手い」と言っていた子を思い出した。
二歳のリチャードからみれば『大きな子ども』だった男の子。
母が働く食堂が忙しくなると預けられる擁護院で会った子で、リチャードのことを何かと気にかけてくれた子だった。
思い出したらその子と遊びたくなったリチャードは、また祖父に頼んで、今度は擁護院に連れていってもらおうと思ったとき、
「君は、リチャードじゃないか」
聞き覚えのある声に振り返ったとき、陽があたって煌めく柵の向こうに知っている人がいた。
「神父しゃま」




