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37.神父の蒐集品

更新遅くなりました。

「ウィンソー公子、ここの管理を任せているフィクソン神父です」


 リチャードがときどき世話になった擁護院を管理している教会の裏でリッパーが死んでいた。


 偶然というには気になってエドワードは調査を始め、周辺の住民から聞いた『フィクソン』という名の神父が気になった。


 不正の疑いがあるとか、粗野な行動が目立つとかではない。 

 物腰が丁寧で、大人や子ども関係なく教会を利用する者や近隣住人に慕われている善人。


 エドワードは《理想的な神父》を具現化したようなこの男が妙に気になった。


 だからこの教会の所有者であるタンドール伯爵に会って興味と寄付金をちらつかせ、こうしてフィクソン神父に紹介もしてもらったのだが、


(なんだ、この男は……)


 エドワードが感じるのは、例えることのできない、説明しがたい違和感。

 強いていうなら「気持ちが悪い」。


 

「初めまして、ウィンソー公子。神父のフィクソンと申します」


 噂通り物腰は柔らかで、実に自然体。


 大貴族の跡取りであるエドワードを畏怖するわけでもなく、媚び諂うわけでもないところは好感をもってもいいはずなのに、エドワードは気持ち悪さを拭えなかった。


 エドワードはこの教区の問題ごとを質問しながら、不快な感覚の正体を探る。


 質問の答えは完璧。

 切り口を変えて違う方向から同じ質問を投げかけても答えは変わらないから、その答えが真実……


(こちらの意図に気づいているのか、それとも真の善人なのか……)


 持ち札がどんどん減るのにこちらの欲しいものが得られないことに焦れたエドワードの手元が狂い手に持っていたメモ帳が落ちたが、そのおかげで違和感が分かった。


(この男……)


 エドワードと会話していた周囲の者は、エドワードが手帳を落とす直前に「手帳が」と短くいった言葉に釣られてエドワードの手元を見たのに、神父だけは言葉(それ)に反応せず、エドワードの顔を見たままだった。


 会話はできている、打てば響くような受け答えでストレスもない。

 だからエドワードはフィクソン神父が会話をしているのに、その会話の内容には一切興味を持っていないことに気づくのに遅れた。


(……俺に興味があるのか?)


 侯爵家嫡男、資産家の跡取りとして生まれたエドワードは自分に欲望や秋波を向ける女性にも慣れているし、自分を見て瞳に不埒な熱を灯す男の目線にも慣れていた。


 騎士たちのように鍛え上げた肉体ではないが、農作業で自然と引き締まった体は大きな体躯と合わさってエドワードは同性愛者の男にもモテたからだ。


 しかしフィクソンの目のようなものには慣れていなかった。


(強いていうなら美術品を審美するような目……俺が美術品?そんな美丈夫ではないぞ?俺の体の中で美しいとよく褒められるのは……瞳?)


 《ウィンソーのエメラルド》を称えらえるエドワードの瞳は父譲りで、そして同じ瞳が息子リチャードにも受け継がれている。


 まだ体の小さな幼少期、公爵家の夜会にきた宝石マニアの夫人に「うちに飾っておきたいわ」と、七割ほど本気で誘われたことを思い出す。


(あのご夫人の目とよく似ている……それなら狙いは、アリエッタではなくリチャードだった?)


 リチャードが狙いならば、なぜアリエッタが害されたのか。


 医師であるハリーの見立てでは、アリエッタのキズは脅すというよりも確実に殺そうとしていたという。


 下町ではアリエッタの正体は完全に伏せられていた。


 ウィンソー公爵家の捜査網にも引っかからなかったのだから、一介の神父がアリエッタの正体を知っていたとは考えられない。


(リチャードが継ぐ資産ではないなら……)


 神父の背後にある孤児院を目にしたエドワードはハッとする。


(まさか……)


 自分のたてた滑稽なほど突拍子のない理由にエドワードは慄いたが、自分の勘を信じてもいた。



 適当な理由をつげて馬車に戻ったエドワードは、そのまま警ら隊に行き、追加調査を依頼した。


 リッパーの残したメモに名前に書かれていない被害者たちには共通点があった。

 みんな子どもをもつシングルマザーだった。


 エドワードが調べたのは子どもの行方とその容姿。


(……杞憂ならいいのだが)



 ***


 

 四日後、父公爵の執務室に呼ばれたエドワードは父親の表情から自分のイヤな予感があたったことを察した。


「俺の想像ならよかったのですが」


 リッパーの遺した手帳に名前がなかった(・・・・・・・)被害者のうち、子どもがいた女性は五名。


 母親を失った子どもに関する資料はほんの数枚。


 そのことにエドワードは苛立ちを感じたが、日々忙しい彼らが『被害者の子ども』にまで手を回せなかった事情は理解もできるので深呼吸で気持ちを鎮めた。


「目や髪の色など詳細はありませんね」

「それはそうだ、犯行理由がおかしいんだ」


 警ら隊の資料に書かれていたのは子どもの名前と年齢、あとは簡単な外見とその後の公的な扱いである。


「彼らの周辺にうちの者を送った、その報告書がこれだ」


 警ら隊のもつ情報では不足だと分かっていたローランドは、息子から仮定の話を聞いた直後に『被害者の子ども』を調査した。


 子どもの身体的特徴について仔細を訊ねると、茶色が多い庶民の中で異彩を放つほど瞳の色がキレイだったらしい。


「被害者の子どもはリチャードを除いて五名いました」

「二名は孤児院、三名の行方が分かっていない……か。あの神父がリッパーを真似たサイコパス野郎なら、絶望的だな」


 教会の資料では行方不明の三人は養子縁組が決まっており、三人とも当日は夫婦の代理人が迎えにきたとある。


 ローランドは記録に残っている住所地に人を送ったが、二つは空き家、一つには夫婦がいたが記録に残っている夫婦ではなかった。



「俺たちが考えていることをしたならフィクソン神父は狂っている」


「神父が母親と暮らしていた辺りで当時のタンドール伯爵、先代伯爵がよく目撃されている……近所の者は神父が伯爵の庶子だと思っていたそうだが、これが動機か?」


 神父が先代タンドール伯の庶子ならば、先日エドワードを案内したタンドール伯と異母兄弟となる。


「伯爵と神父は似ているのか?」


「似ていなくもない……というところですね。年も離れていますし……ただ、俺の印象では伯爵は彼が異母弟とは思っていないでしょう」


「神父のほうはそう思っているのだろう。タンドール伯爵家は王都に大きな店を持つ老舗の宝石商だ。先代も当代も大した目利きで、セシルも何度か競り負けたと嘆いていた」


「セシル小父さんが……」


 エドワードは素直に驚いた。

 落ち目だったヴァルモント伯爵家がセシルの代で莫大な資産を築けたのは貴婦人相手の装飾品で何山も当てたからというのは有名な話だ。


「セシルは先代タンドール伯爵に招待されて家宝の宝石も見ている……芸術品といえるが趣味は合わないと言っていたな」


「家宝の宝石……今回と関係ありますね」


「おそらく行方不明の子どもたちが神父にとって『家宝の宝石』と同等、もしくはそれ以上の価値あるものなのだろう」


 そんな宝物が手に入ったらどうするか?


「俺なら土に埋めたりしない……いつでも鑑賞できるように、自分の家に飾っておきますね」


「教会にそんな事ができる場所はない、隠れ家か」


 エドワードはここ数日のフィクソン神父の行動を記録した紙を手に取る。


 フィクソン神父の日々の行動では、朝食から夕食までは人前にいるため隠れ家に行く間はない。


 しかし夕食後は書斎にこもるため人の目につかなくかる。


 孤児院や擁護院を併設している教会の管理なので仕事は膨大だが、誰にも手伝わせずに一人で仕事をしているというその部屋は夜遅くまで灯りがついていると報告書に書かれていた。


「抜け道があるのでしょうね」


 教会には治外法権のようなものがあり、どんな理由であっても助けを求めて逃げ込んだ者を保護し、場合によっては秘密裏に逃がしてきた。



「教会ができた当時の地図を探してこよう」


 先代と先々代ウィンソー公爵は不動産を得意としており、実益と趣味を兼ねて王都を散歩しては地図をよく書いていた。


 その影響でウィンソー公爵家には古い王都の地図が何枚もあった。


「これと、これの間に教会が作られたのか。周りに何もない河川敷、タンドール伯爵家から遠くないここは地代が安かっただろうからな」


「リッパーの死体があった場所、いまは壁の残骸が残るだけの空き地ですが元は倉庫だったようですね」


「有事の際につかう備蓄の保管庫だろう、十中八九、抜け穴の出口はここだな」


「隠れ家はこの周辺、下町……ではないでしょう。どんなまのであっても奴にとっては自慢の芸術品……王都の文化の発祥地、隠れ家はここにある」


 エドワードは今の地図の一角、貴族と庶民そして商人が入り乱れるホーソー街を指さした。

今後は毎週土曜日の更新で頑張っていきます。

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