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33.告白

「エドワード様、アリエッタ様はまだ回復途中のケガ人なのですよ……さすがに押し倒すのは完治してからにして頂きたいですねえ」


「押し倒していない!」


 顔を真っ赤にして否定するエドワードと頬を染めて俯くアリエッタ。

 その二人の間に漂う暗い雰囲気がすっかり変わったことに気づいたハリーは「年長者の悪いクセ」と思いながら二人を揶揄う。


 二人の間に漂う桃色の空気に、薄氷の上を歩くような危なっかしい邸内の雰囲気が一掃されるだろうとハリーは嬉しく思う。


「夢中になってくっつきかけた皮膚を引っ張ってしまったようですね。出血もないようですし、薬を処方する必要はないと思いますが」


 ハリーの言葉に反射的にアリエッタは自分の唇を両手で覆い、『なるほど』というハリーの目を避けるようにエドワードは目を合わせないように天井を仰ぎ見る。


「誤解がなくなったてようございました」


 ハリーの言葉にエドワードはアリエッタを見る。

 エドワードと目が合ったアリエッタは優しく微笑み、「本当に」と頷く。


「リチャードはエドワード様のことが大好きですのに、怖がっているなんて誤解していたなんて」


 嬉しそうに続いたアリエッタの言葉にエドワードとハリーは同時に動きを止めて、互いに顔を見合わせたあと顔をアリエッタに向ける。


「どうしたのですか?」

「怖がっていないというのは……リチャードのことなのか?」


「ええ。リチャードはエドワード様のことが大好きですわ」

「大好きって、それもリチャードだったのか?」


 首を傾げるアリエッタにエドワードは詰め寄ると、


「君は?」

「え?」


「俺はてっきり……君が俺のことを好きだと言ったのだと……」


 項垂れたエドワードに、アリエッタは先ほどの口づけの理由に気づく。


(私がエドワード様を怖がっていると?……なぜそんな誤解を?)


 答えを求めてアリエッタがハリーを見ると、ハリーは視線をウロウロと彷徨わせたあとに口を開く。


「エドワード様は、アリエッタ様の同意なく関係をもったことを……ぶっちゃけてしまえば、自分が獣の如く襲いかかってアリエッタ様を傷つけてしまったことをずっと悔いていらっしゃったのですよ」


 ハリーの言葉にエドワードは「ぶっちゃけ過ぎだ」と慌てた。

 一方で、アリエッタはあの夜のことはエドワードの本意ではなかったと知ってショックを受けたが、


(大丈夫、さっきエドワード様は“愛している”って、愛している人は目の前にいるって言ってくれたじゃない)


 アリエッタは過去の自分の意気地のなさを悔やむ。


 こんなことになる前に、アリエッタはエドワードを頼るべきだった。

 アリバートにしつこくされて困っているとエドワードに相談すればよかった。


 エドワードを信じて、あの朝あったことを打ち明ければよかった。


(言えばよかった。あなたが大好きですって、あなたを愛していますって)


 エドワードの言葉に勇気を得よう。

 過去の後悔を二度と繰り返さないように、失敗から学ぼう。



「エドワード様」

「は、はい!」


 アリエッタが姿勢を正して名前を呼ぶから、反射的にエドワードもピシッと姿勢を正す。


「私はエド様のことが好きです」

「え?」


「幼い頃からずっと、ずっとずっと……そしていまも。私はエドワード様を愛しています」


 主語と述語、そして好意の対象が誰かが明確になった、勘違いのしようがない告白。


 これを聞いて胸がジンッと痺れると同時に、自分のどこか言葉尻を濁した告白がエドワードには中途半端に思えてならなかった。


「俺もアリエッタのことが好きだ。ずっと、ずっと、きっと幼いときに初めて会ったその日から。その思いは今も変わらない、俺もアリエッタを愛しているよ」


 まくし立てたようなエドワードの言葉は時間をかけてアリエッタに浸透し、エドワードの視界でアリエッタの琥珀色の目に涙が浮かぶ。

 

 アリエッタは少女のように、くしゃりと顔を歪めて泣き笑いの表情を浮かべる。

 そんなアリエッタに、エドワードは不器用ながらも精一杯、口の端を少しだけ上げた笑みを返す。



 パチパチパチ


 近づき始めていたエドワードとアリエッタの顔がパッと離れ、同時に拍手の音の源を辿る。


「「……」」


「ハリーがいたんだった、忘れていたというお顔ですね」

「い、いや……」


「呼ばれた以上は退室の許可をもらわないと……」

「……そうだな、ご苦労だった」


 気まずそうなエドワードに「いえいえ」とハリーは笑い、


「あのように真っ直ぐな告白を聞くと十歳は若返った気がします、いやあ、恋っていいですねえ」

「そうか、役に立ててよかった」


「情熱のままに突っ走れるのは若者の特権。しかし、アリエッタ様のお腹のキズはくっついたばかりですから押し倒しても、押し倒されてもいけませんよ。まだ無理は禁物、出血したら治療のやり直しですからね」


 「分かった」と言いながらエドワードはハリーの背を戸口のほうに押し、ハリーは「せっかちですねえ」と笑いながら部屋を出ていった。




(ハッピーエンド、めでたし、めでたし)


 ふふふと笑いながらハリーがアリエッタの部屋の扉を閉めようとすると、こちらに向かって歩いてくるミリアムと目が合った。


「久しぶりだね、結婚フィーバーで実家に帰っていたんだったね」

「はい、先ほど戻りました。……それで、あの……アリエッタ様のご記憶が戻ったと聞いたのですが」


 急いできたが、どんな風にアリエッタに接したらいいか分からない。


 頼れる先輩侍女として後輩指導もしているミリアムの、自信なさげな表情は久しぶりだとハリーは内心クスクスと笑う。


「ちょいと荒療治だったが、アリエッタ様の記憶は戻ったよ」


 『それで』とミリアムは期待と不安の入り混じった視線でハリーに先を急かす。


「先ほどお二人の告白が成功して、めでたく両想いになったところさ……さっそく二人でしっぽりしたいそうだから、残念だが当分はこの部屋には近づかないほうがいいね」


 「しっぽりなんてしない」とエドワードの声が部屋の中から聞こえたが、ハリーはそれに応えずに部屋の扉を閉めた。


「邪魔をするとクマさんに張り飛ばされるよ」


 ハリーの言葉にミリアムは扉を見たあと「そうですわね」と頷き、来た道を戻ろうとする。


 アリエッタ第一の侍女が素直に引いたことにハリーは驚いたが、「旦那様と奥様に報告してまいります」というミリアムの言葉にハリーは苦笑した。


「独り占めは許さない、と」

「当然ですわ、嬉しいのは私たちも一緒ですもの」

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