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29.恋愛初心者

「エドワード様、明日害虫駆除業者がいらっしゃるそうです。砂漠の姫君は“いらない”と仰いましたので、予定通りの駆除となります」


 抜いた雑草を一ヵ所にまとめて焼いていると、侍女のラーラが報告に来た。


義伯母殿(モードレー前男爵夫人)は到着したのか?」

「お客様がお帰りになったら連れてくることになっております」


 いまは姉弟で話しているところだと言うラーラにエドワードは頷く。


「騎士たちには気を付けるように言ってくれ、手負いの獣はとても危険だからな。二人がこの屋敷を出るまで、アリエッタとリチャードの部屋の警備は決して緩めないように」


 「はい」とやや気負うラーラの様子に、アリエッタが倒れたことに責任を感じているのだとエドワードは分かった。


「あのときはすまなかったな……アリエッタが倒れたのは君のせいでは決してない」

「優しいお言葉ありがとうございます……その、出来ましたらそれを侍女長と先輩、特にミリアム先輩に伝えていただけると……」


 うちの侍女は意外と体育会系らしいとエドワードは苦笑し、ノラとミリアムにはラーラに責はないことを伝えると約束した。

 あとから知った話だが、ラーラに責があった場合は三日間おやつ抜きの刑だったらしい。


「あの……アリエッタ様のところに行かれないのですか?」

「……行っている」

「それは、アリエッタ様が寝ているときですよね」


 『悪いか?』という疑問を込めてラーラをみれば、ラーラは言いにくそうではあるがキッパリと、


「寝込みを襲うような真似をなさるのもどうかと」

「そうキッパリ言うところ、本当に父親似だな」

「執事長に、ですか?母親似だと言われることのほうが多いのですが……」


 疑問を顔に出して首を傾げる様子は、あの鉄壁の笑顔で感情を隠すヴィクターには似ても似つかない。

 でも、こうしてキッパリ言ってくれるところは実に似ている。


 ラーラはアリエッタのためにと急遽侍女として採用した女性だった。


 彼女はまだ十七歳の学生。

 一週間のうち三日間はインターンとして公爵家に勤め、残り四日は王立の侍女養成学校に通っている。


 ノラに言わせればまだ殻のついたヒヨッコだが、アリエッタとリチャードの十年後を見越して採用を早めた。

 アリエッタ付きになったら公爵夫人付きの侍女になるだけでなく、ヴァルソーの経営についてもそれなりに知っておいて欲しいからだ。


 その二つの役割を任せられるほど、生まれた頃から公爵家に忠誠を誓う父親と母親を見ているため、息を吸うように公爵家への忠誠が身についているラーラは信用できる人物だった。


 ちなみにラーラの母親は副厨房長。

 エドワードと妹シャルロットの離乳食も作ってきた彼女は、いまはリチャードのための栄養満点お子様ランチの研究に余念がないらしい。



「アリエッタ様に会いに行ったほうがいいです」

「分かってるよ」


「ノラ様はもちろん、ミリアム先輩が戻ってきてこの醜態を知ったらアリエッタ様に会わせてもらえなくなりますよ」

「……やっぱりそうだよな」



 意気消沈するエドワードをみながらラーラは頭の中で流れる『ウィンソーのクマさん』をとめることができなかった。


 ラーラがエドワードに初めて会ったのは十二歳のとき。

 成長期を迎えていたとはいえど母親に似て小柄なラーラにとって、エドワードは山のように大きな人だった。


 領都にいる友だちが『ヒグマ』と言っているのを思い出したラーラが震えあがると、「あー、ごめんごめん」と気が抜けるような声が降ってきて、しゃがんでくれた。


 体躯は変わらないので山が丘になっただけだったが、翠色の目に灯る優しい光をみたラーラの頭に浮かんだ言葉は『森のクマさん』だった。

 ラーラの評に父も母も大笑いで、両親の笑顔が嬉しくなったラーラは歌を作った。



 ウィンソーの森に大きなクマが住む

 でも彼は優しい、怖くないよ


 深い森のような毛はふわふわ、葉の色をした瞳は優しい

 野菜作りが好きなクマ


 森の中でクマは歩く

 草花の匂い、風を感じて


 子供たちが近づいても、クマは笑顔で出迎える


 彼は森の守護神、大地の友

 優しいクマ、みんなの友


 ウィンソーの森に大きなクマが住む

 優しさと平和の象徴だよ



「そう言えば、お前くらいの年齢の子どもたちが『ウィンソーのクマさん』をうたい始めたんだったな」


 自分が作った歌を思い出していたとき、エドワードがそんなことを呟くからラーラはギクリと体を強張らせた。

 父によればこの歌を知ったときに現公爵は大笑いしたそうだが、エドワードは苦虫を噛んだような顔をしていたらしい。


「『ウィンソーのヒグマ』は知っているか?」

「……民謡っていつの間にか増えますものね」


 ラーラが言い淀んだのには理由がある。

 この歌ができたのはウィンソー領の辺境の村で、その村はヒグマの被害に苦しんでいた。


 だから、自分たちの苦しみを分かって欲しいという気持ちで作ったという。

 彼らのために領地内から猟師を募り、自ら猟師たちを率いてヒグマ退治に乗り出した尊敬する公子が社交界で「ヒグマ」と呼ばれていることを知らずに。



 ウィンソーの森にヒグマが住む

 美しい少女を浚って閉じ込めた深い森


 ふるえる少女は深い眠りにだけ救いを見い出す

 黄金の若者よ、君の出番だ


 さあ、森のヒグマを倒しに行こう

 少女を助け、村に平和を取り戻そう


 若者よ、勇敢に進め

 悪いヒグマを倒し、少女を救え


 ウィンソーの森で物語は始まる

 それはヒグマを倒した若者と救われた少女の恋物語



(聞きようによってはエドワード様がアリエッタ様を閉じ込めているようにも聞こえるわよね……貴族の婚約って囲い込む意味もあるし)


「俺は、アリエッタがアルバートに恋をしていると思っていた時期があったんだ」

「……マジですか」


 心の底から呆れと疑問が出てしまったせいで、思わず素の言葉が出てしまった。

 咄嗟に「叱られる」と思い、教育係のノラとミリアム、それと父がいないかと周囲を確認するラーラにエドワードは苦笑する。


「大丈夫だ、誰もいない」

「そうですか……あの、なぜそのように思ったのですか?いまでは”それはない”事はご存知なのですよね」


 緊急で臨時ではあったが、ミリアム付きの侍女になると決まったときにラーラは父からある程度の説明を受けていた。

 まあ、エリザベスが公爵家にいることはあとで説明すればいいと端折ったことであの騒ぎが起きたのだが、八割は理解できていた。


「当然だ……ただ、あのときアリエッタは俺と二人になることを避けていたから……アルバートを見ている姿を何度も見かけたし」

「アルバート様がことあるごとにちょっかい出してきて、肩を抱いたりと行き過ぎた行為をしていたんですよね」


 これはあの夜、自白剤でアルバートが吐いたことだった。

 あの頃アリエッタが自分を避けていた理由が男性に対する恐怖心で、一度だけだが暗がりに誘い込んだと聞いたときにはアルバートを殴りつけていた。


「そんな情けない誤解をしていたんだぞ、俺は」

「確かに情けないですし、情報操作に弱いなとも思いますが……」


 「本当によく似て容赦がないな」というエドワードの言葉にラーラは一度言葉を切ったが、弱音を吐きたいのだと認識して好きに言わせてもらうことにした。


「アリエッタ様はそんなエドワード様の誤解を知らないのですから、一生知らないままにすればよいのではありませんか?」


 「でも」というエドワードに、森のクマさんは本当に不器用だとラーラは苦笑する。


「全てを知らせることが優しさではありませんし、ご自分で全てを飲み込んで消化するのも強さではありませんか」


「……そういうものか?」

「そういうものだと思いますし、アリエッタ様もそうするつもりだったと思いますよ」


 アリエッタがなぜ?という顔をするエドワードに、森のクマさんは不器用で恋愛は初心者なんだなと思った。

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