27.露見
あの日のエリザベスたちの奸計は直ぐに露見した。
弟がアリエッタを休憩室から運び出す姿に満足して、万が一のときは「散歩していた」と言い訳するために庭を三十分ほど散歩してから部屋に戻ると直ぐに侍女のノラが来た。
「エリザベス様、起きていらっしゃいますか?」
まだ夜が明けたばかりの時間。
基本的に貴族の朝は遅く、特に前夜に夜会があった日の朝は十時を過ぎても寝ていることがあるのに。
寝たふりをしようか。
エリザベスはそっと扉から離れようとして後ろ向きに進み、ソファにぶつかってしまった。
ガタリという大きな音にエリザベスは咄嗟に口を手で覆い、閉じたままの扉をジッと見るしかできなかった。
「緊急事態なので入らせていただきます」
「ちょっ……」
扉がばっと開き、ノラが数人の侍女を連れて部屋に入ってくる。
「夜会の姿のままということは、お眠りにならなかったのですか?」
「……昨夜はアリエッタの結婚が発表されて興奮してしまって」
「そうですか」とノラは静かにうなずくと、侍女たちに「探しなさい」と命じた。
騒ぎの原因はアリエッタの姿が見えないからか、とエリザベスは察した。
(アリエッタはこの部屋にいないのだから慌てる必要はないわ)
「何の騒ぎなの?」
「アリエッタ様の姿がないので皆で探しております」
予想通りの答えに、エリザベスは準備していた声で「まあ」と驚いてみせようと思ったが、
「エリザベス様、先ほどまで何をしていらっしゃいましたか?」
推理小説にありがちなセリフ。
そしてこのセリフは容疑者候補に向けて言われることが多い。
(大丈夫、これは皆に聞いているはずのことよ。落ち着いて)
「眠れなくて庭を散歩していたの……三十分くらいかしら?」
「そうですか。お一人で?」
「もちろんよ」
「然様ですか」と静かに答えたノラにエリザベスは安堵しかけたが、「少し失礼します」といってノラが扉の傍に控えてきた騎士に耳打ちする姿に不安が膨らむ。
(……なに?)
冷ややかなノラの目にエリザベスの中のイヤな予感がどんどん膨らむ。
「エリザベス様、ウィンソー公爵がお呼びです。いまは別の方とお話し中なので、準備をすませましたらこちらで待機をお願いします」
「……分かったわ」
公爵からの要請に男爵令嬢が否といえるわけがないのだが、この全てが公爵の指示だと察してエリザベスはイヤな予感がした。
アルバートの記憶が吹っ飛ぶというのは嘘かもしれない。
エリザベスの計画はアリエッタが記憶をなくし、アルバートと寝たと勘違いしなければ始まらないのに。
「どうしましたか?」
「何でもないわ、早く着替えを手伝って頂戴」
エリザベスの言葉に応えるように、ノラが一緒に来た二人の侍女に指示を出す。
そしてエリザベスが衝立の向こうにいくと同時に「入ってください」とノラが騎士たちを招き入れた。
「ちょっと!!」
騎士の一人がエリザベスのトランクを勝手に開け、乱雑に中身を取り出す姿にエリザベスは抗議の声をあげる。
しかし抗議の声は、騎士の一人が昨夜使っていたバッグから例の薬の小瓶を取り出したことでピタリと止まる。
「証言通りね」
ミリアムのぞっとするほど冷たい声に、エリザベスの背をイヤな汗が伝う。
「私はこの薬を証拠として公爵様のところに持っていきます。あなたたち、最低限でいいから男爵令嬢の支度の続きを……」
「ちょっと、それを返しなさいよ!」
「返せということは、これがご自分のものとお認めになるのですね」
あれを持っていかれたら終わり。
その焦りから、自分が失敗したことに気づいてエリザベスは顔を青くした。
それからは黙って支度を終えて、
「ご案内します」
そう言って、口調は丁寧だが連行としか思えない態度でエリザベスは二人の騎士にある部屋の前まで連れていかれた。
「閣下はこちらでお待ちです、どうぞ中に」
「お入りください」
騎士たちの開け放った戸口を潜れずにいると、後ろにいたノラが「お入りください」と中に押した。
そんなノラを睨みつけようとしたが、目に飛び込んできた光景にエリザベスは「ひっ」と短い悲鳴を漏らす。
「やあ、エリザベス。待ちくたびれたよ」
椅子に両手で両足を拘束された状態で顔を青白くしたアルバート。
そして、自分に向かって穏やかに声を掛ける父ローランドの横に立ち、昏い目を向けるエドワードの左頬はひどく腫れていた。
「私たちの宝物に随分と好き勝手をやってくれたようだね」
まずはこれの説明を、とローランドは例の小瓶を机の上に置いた。
「うちの主治医は優秀でね、サハラリアに留学経験もある。彼女によるとこの薬はサハラリアで流通している媚薬に類似しているそうだ。入手したのは……弟君のほうかな?」
ローランドが笑顔を向けるとアルバートはヒッと声を上げた。
その様子に満足したのか「アタリだね」とローランドは笑みを深める。
「しょ……証拠は……あ、るのです、か?」
「証拠?君たちを法的にさばくつもりはないのだから証拠は関係ないよ。私の勘は滅多に外れないしね」
アルデニア王国は一応法治国家だが「人を殺してはいけません」といった倫理と人道的に基本的な法律しか定められていないので仔細は個人の判断とされる。
そしてアルデニアには貴族社会があって、序列が全ての貴族社会においては基本的な法律さえ守れば最上位の公爵家がルールであるところが大きい。
つまり公爵家が間違って男爵家に多大な不利益を与えても、「すまなかったね」と軽い謝罪で許されるのがアルデニアの貴族社会なのである。
「そうはいっても、ある程度の根拠は言っておこうか。まずここにいるアルバートくんが黒髪の女性をお姫様抱っこして歩く姿を三人の使用人が確認している」
ローランドが三本指を立ててみせる。
「黒髪の女性ならば君である可能性もあるが、同じ時間に庭師が庭を散歩している君を見ている。まあ、君が誰かまでは分からなかったが“アリエッタ様に似ているけれどアリエッタ様ではない黒髪の女性”、君しかいないだろう?」
「お、同じ時間とは限らないの、では?」
エリザベスの答えに「そうきたか」とローランドは笑う。
そして部屋の壁に掛けられた時計を指さす。
「この邸のあちこちに時計を設置している。時は金なり、という言葉があるだろう?うちは商売をしているからね。時間厳守は絶対的なルールだし、何かあったら時間を確認して報告することが徹底されているんだ」
言い逃れはできない雰囲気にエリザベスは怯えたが、一つだけ気になった。
ローランドの質問を最初は「アリエッタに何をしたのか」と遠回しに問うているのだとエリザベスは思ったが、そうだと仮定するとこのやり方は強引過ぎると感じた。
特に、アルバートの扱いだ。
公爵家が男爵家に配慮する必要がないといっても、人をイスにくくりつけて拘束するのは人権侵害であり、人権侵害は国のルールでも禁止されている。
「さて、君たちにはこれを飲んでもらおう。先に言っておくがこれは自白剤だ」
「自白剤って……それは犯罪……」
「ヴァルモント伯爵令嬢を誘拐した君たちに犯罪者扱いされるのは本意ではないけれど……罪の重さは天秤で計られるところがあることは知っているね?。伯爵令嬢に危害を与えた男爵家の君たちと、男爵家の君たちに危害を与えた私、どちらの罪が重いとされるかな?」
ニッコリ笑ったローランドは「押し問答になるだけだから」とエリザベスたちに無理矢理自白剤を飲ませた。
その結果、エリザベスとアルバートの計画も目的の明白なものになったが、しかし肝心のアリエッタの行方は分からなかった。