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24.狐狸

「急に招待してすまなかったな……こうして会うのは三年振りか?」

「は、はい」


 この部屋に入ってきたときから俯いたままで一度も顔をあげないアルバートに、エドワードは用意したイスに座るように進める。


 がっしりとした肘掛けのある重厚なイス。

 あの日、アリエッタとエドワードが結婚予定日を発表した翌日、アリエッタを探すエドワードに証言を求められたときに座ったイスだと瞬時に思い出したアルバートの顔が青くなる。


 アリエッタが見つかったことは新聞で知っていたが、アルバートはそれに対して何もしようとはしなかった。


 しかし、そんなアルバートの保身を嘲笑うように公爵家から人が来た。

 聞けば姉が離れの山小屋を無断で抜け出し、よりにもよってアリエッタを攻撃するなどの騒ぎを起こしたというのだ。


 このタイミングでの呼び出し理由はひとつしかない。

 アルバートはイスに座らず、その場で勢いよく土下座した。


「大変もうしわけありません!しかし、姉がご迷惑おかけした件について私は何も知らないのです!」

「ああ、それについてはユリアナ皇女が勘違いして勝手にやったことなのは分かっているから安心するといい。君も苛烈な恋人をもって大変だな」


 エドワードの言葉にアルバートの顔が青くなる。


 女性にもてるアルバートは同時に複数人の女性と付き合うなど日常茶飯事で、ユリアナ皇女とのうわさが取り沙汰されても変わらず、ユリアナがサハラリアの代表として忙しいのをいいことに数人の恋人たちとの逢瀬を楽しんだ。


 そんな秘密の恋人の一人が失踪したのを聞いたのは、二週間ほど前のことだった。

 肌に馴染んだ相手だっただけにアルバートは残念には思ったものの、人にはそれぞれ事情があるからと彼女のことは忘却の川に流した。


 ユリアナが何かしたに違いない。

 三人目の秘密の恋人が失踪したとき、二人目まで偶然で片づけていたアルバートだったがさすがに理解した。


「確かに我々の感覚では一妻多夫の皇女の行為は“浮気”だが、相手が浮気しているからといって君の浮気が許されると思うのはいささか浅慮ではないか?」

「は、はい。その通りです……あの、そのユリアナは?」


 エドワードの執務室に招かれたのはアルバートひとりだったが、ウィンソー公爵邸にはユリアナと共に招かれた。


 これまではエドワードたちを怖がって社交場での挨拶すら避けてきたアルバートだ。

 公爵家からの呼び出しに逆らえないなら、ユリアナを一緒につれてきて皇女の威光を使おうと考えたのだった。


「二人きりで話したかったのでね、皇女殿下は別室で父自らもてなしている」

「そ、そうですか」


 冷や汗を隠せず、乾いた笑い声をあげるアルバートにエドワードは冷たい目を向けたが、ふうとため息を吐いて瞳を穏やかにする。


「サハラリアにはいつ行く予定なんだ?」

「え? あ……予定では三ヶ月後に。それまでは、ユリアナもここで仕事があるからと」


「ああ、第一夫君に頼まれたわが国との交易の件かな。彼女の夫は相当やり手の男らしいね、父も事前に彼から提示された貿易条件を興味深いと言っていたよ」


 エドワードの言葉にアルバートの米神がピクリと揺れる。


「それとも第二夫君に頼まれた騎士隊の演習の見学かな。彼はサハラリア一の剣の使い手で、戦神の申し子と言われるほどの戦上手らしいからな」


 煽るように第一に続いて第二の夫を褒めてみれば、面白い様にアルバートの瞳に苛立ちが灯る。

 その様子に、やはりアルバートは男娼のような扱いで連れていかれることを不満に思っているのだとエドワードは察する。


「どちらもサハラリアの発展に寄与する立派な夫殿なのだろうな……しかし、俺が知る限り君にはそこまで誇れるものはないようだが」

「……そんなことは……」


「ああ、君はサハラリアの娯楽に詳しかったな。君がエリザベスのために手配したあの薬も確かサハラリアで作られてものだったな。いや、ずいぶんと懐かしい……と言えればいいのだが、いまでもあのときのことを思い出すと腸が煮えくり返る思いだよ」


 エドワードの全身から漏れる威圧感にアルバートはガタガタと震える。


 所詮は虎の威を借る狐。

 強敵の前に一人で立つことはできず、できるのは三年前と変わらず「申しわけありません」と謝罪を繰り返すだけだった。



「リチャードのことは知っているか?」

「もちろんです」


「あの子はあの夜にできた子どもだが……お前の子である可能性はあるか?」

「まさか!!姉が何を言ったのか知りませんが、あの日私は姉に命じられてアリエッタを休憩室から運び出して空き部屋に連れていっただけで……」


「……”だけ”?」

「何もしていません、誓います!いや、確かにアリエッタには勘違いさせようとしていましたが、俺はアリエッタを抱いていません!!本当です!!」


 残念ながら証拠はない。

 こんな脅しのような状態では、仮に何かしていても『していない』と言う可能性も高い。


「ひとまず信じよう。アリエッタを屋敷の外に連れ出したのはお前か?」

「いいえ。部屋に連れ込んで直ぐにアリエッタが目を覚まして、ちょっと話をしたあと用意していただいた部屋に戻りました……あとはご存知の通りです。部屋に戻ったらもうアリエッタはいませんでした」


 アリエッタを呼ぶ声に目を覚まして部屋を出たが、直ぐにミリアムと遭ってエドワードは事情を説明して二人で部屋に戻った。

 エドワードの記憶ではアリエッタから目を離したのは長くても十分ほど。


 直ぐにミリアムと部屋に戻るとアリエッタはいなかった。


 エドワードの妄想ではないかというミリアムの冷たい目線に、「あれ?もしかして妄想だったかも」と思ったので時間的ロスはあるが、ミリアムがシーツについた血痕に気づいて、アリエッタとの一夜が妄想ではないと気づくまでそんなに時間はかからなかった。


 その後、ミリアムが直ちに執事長のもとに行ってアリエッタの行方不明を報告。

 アリエッタの部屋の他に、アリエッタが行きそうなところに使用人が送られ、それはアリエッタのイトコであるモードレー姉弟の部屋も例外ではなかった。


 思い返せば、時間的にアリエッタがアルバートにどうこうされた可能性はとても低い。

 エドワードは心の底から安堵のため息を吐いた。

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