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21.悪意

「アリエッタは、まだ目を覚まさないのか?」


 エドワードの問いにノラは沈痛な面持ちで頷き、そんな侍女長にエドワードは「そうか」とだけ言うと、再び仕事に戻った。

 手元には領都から毎週届く報告書があり、妹シャルロットの夫であるクロードの繊細な文字をシャルロットの殴り書きが覆い隠そうとする様子に、まるで妹夫婦のようだとエドワードは口許を緩めた。


 領主代理の代理を務めてくれている妹夫婦にエドワードは感謝していた。


 ***


 年齢を理由に領主代行をしていた大叔父に代わり、エドワードがウィンソー公爵領の領主代理に就いたのは二十歳になる少し前だった。


 ウィンソー公爵領は領を流れる三本の河の影響で肥沃な土地が多いため農業が盛んだ。

 何代か前の公爵が河の上流に作った貯水湖の恩恵で水害は少なく、肥料や農薬の開発に力を入れた結果、ウィンソー公爵領は国の食料自給率に多大な貢献をしている。


 ウィンソー公爵領は豊かな土地と言えるが、豊かなため他から狙われることもしばしば。

 さらに天災との戦いもあるため、領主代理の仕事は多岐にわたってとても忙しく、まだ若く経験の浅いエドワードは大叔父に指導されながらも、不慣れな領主代行の仕事に朝から晩まで追われていた。


 領地に来たエドワードと、王都にいるアリエッタの交流は手紙のみ。


 二人とも莫大な資産の継承者、周囲が長距離移動を反対したため二人が会うことはあまりできなかったが、アリエッタが成人するまでの我慢だと二人ともこの時期しかできない遠距離恋愛をそれなりに楽しんでもいた。


 いまとなってはこの二人の遠距離恋愛を楽しむ余裕な態度は貴族の嫉妬を煽ったと分かる。


 政略や経済的な理由で望まぬ結婚を強いられる者が少なくない社交界。

 そんな中で、政略も経済的なことも一切心配なく、恋愛を楽しんでいる婚約者たちがいれば、ズルいと負の感情がわくのも仕方がない。


 この二人、特にアリエッタに一番悪感情を抱いていたのがエリザベスだった。



 エドワードがアリエッタの傍を離れ、再びアリエッタの傍にいるのが自分だけになると、エリザベスは行動を開始した。

 そして彼女は母親に、自分と同じくらいアリエッタをズルいと思っているアデルの耳元で囁いたのだ。


 アリエッタが息子アルバートと結婚し、エリザベスがエドワードと結婚すれば、ヴァルモント伯爵位もヴァルソー商会の資産と権力も手に入れられると。


 しかし、意外なことにアデルはエリザベスの言葉に耳を傾けなかった。

 それどころか「あなたは男爵令嬢だから分からないかもしれないけれど、ウィンソー公爵家は王族の傍系なのよ」と言ったのだ。


 母にまで貶められるようなことを言われてエリザベスはカッとしたが、弟のアルバートはエリザベスの味方だった。

 姉のために一肌脱ごうという義侠心ではなく、女遊びが激しく金遣いが荒いアルバートはアリエッタの持つ資産がとても魅力的に思っていたからだ。



― アリエッタが俺と浮気しているといって、ヴァルソー公爵家側から婚約を破棄させればいいじゃないか ―



 貶めるのはアリエッタだけ。

 伯爵位と資産、アデルが受け取れたかもしれないそれらをアリエッタを貶めるだけで手に入れられる。


 不平不満の塊で、世の中を恨んでいたアデルにとって、その言葉は甘露だった。


 そしてアデルたち三人は社交界に、未成年のアリエッタがまだ夜会に出ないうちに噂をまいていく。

 アリエッタがエドワードを裏切り、アルバートに言い寄っている、と。


 エドワードも美青年だったが、常に無表情である彼はその大きな体躯とあいまって周囲に威圧感を与えていた。

 一方でアルバートは柔和な顔立ちの金髪碧眼で、同じ美青年でも系統が違う上にアルバートのほうが女性に人気もあったから周囲はその噂を信じ、自らもそれを吹聴した。


 瞬く間に、噂は社交界に真実のように広がる。

 この背景には「仲睦まじい二人が仲違いをすればいい」という妬み混じりの意地悪な気持ちもあった。



 アリエッタがデビュタントを迎える頃には噂は蔓延していたが、領の管理で忙しいエドワードは滅多に王都にもこなかったため、この噂を知ったのはアリエッタのデビュタントよりももっと先のことだった。


 亡き母エレナがデビュタントのときに着たドレスを手直ししたという白いドレスはアリエッタによく似合っていて、そんなアリエッタを誇らしい気持ちでエスコートしていたとき周囲の同情するような視線にエドワードは首を傾げた。


 その視線の意味をこの日アリエッタと一緒にデビュタントを迎えた妹に問うた。


 しかし、隣国テクノヴァル公国に留学中で一時帰国しただけのシャルロットも分からず、「お兄様がヒグマみたいだから、美女と野獣だって思われたんじゃない」と茶化して終わった。


 アリエッタが夜会にでるようになり、自分たちの結婚も近くなったことから、エドワードはこの頃から王都にくる回数を増やし、一回の滞在時間も延ばし始めた。

 しかし、そんなエドワードとは対照的にアリエッタはあまり表に出て来なくなった。


 エドワードが友人の家で主催する夜会に誘っても断られたり、アリエッタの暮らす離れでお茶をしていてもどこか落ち着かないようだった。


 アリエッタが自分を怖がっていると知ったのは偶然だった。

 庭のガゼボでお茶を飲んでいるとき、ガゼボの中に入ってきた蜂からアリエッタを守るためにエドワードが彼女の肩を抱き寄せたときだった。


 アリエッタは息を飲んで体を強張らせ、アリエッタの変化に気づいたエドワードはなぜアリエッタがこんな反応、自分を拒絶するような反応をみせたのか分からなかった。


 これがキッカケで二人の間はぎくしゃくし始めた。

 次第に二人で会うのを避けるように、「従姉妹のエリザベスと一緒なら」という状態になり、三人でお茶をするようになった。


 エドワードもアリエッタも、これがエリザベスたちの計画とは思わずに。


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