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20.依存

 アリエッタと“友だち”になったエリザベスは頻繁に離れに出入りするようになった。


 会うといっても三十分くらいしかエリザベスはいられないが、アリエッタはエリザベスとお茶をして話しをするこの時間が好きだった。



―――ねえ、アリエッタ。あの部屋にはどんなドレスがあるの?


 その始まりは些細なことだった。


 エリザベスはアリエッタのドレスや宝石を見せて欲しいといい、アリエッタのほうも最愛の両親が自分のために用意してくれたものを自慢したい思いもあって、アリエッタはエリザベスの「見せて」に応えた。


 ウィンソー公爵家から派遣されていた侍女のノラも手を貸して、少女たちは髪を結っては装飾品をつけておめかしする遊びを楽しんだ。



―――ねえ、アリエッタ。このリボンを貸してくださらない?


 時が経つと『見せて』が『貸して』になった。


 このアルデニア王国では十八歳が成人で、子どもたちは十三歳を過ぎると茶会に参加して社交界慣らしを始める。


 アリエッタよりも二歳上のエリザベスが社交界慣らしを始める時期になったとき、エリザベスはアリエッタのリボン入れから取り出した絹のリボンを「貸して」と言った。


 最初はリボンとかコサージュとかだった。

 しかしアリエッタが「いいわよ」といい続けると、エリザベスは本物の宝石で作られたブローチやブレスレットを「貸して」というようになった。


 こうなるとノラも黙って見ていられなくなった。


 世の中には「分をわきまえる」という言葉がある。

 そしてこれは社交界、とりわけ女性の社交界ではその『分』がとても厳しい。


 貴族は序列を重視するため、伯爵令嬢には伯爵令嬢に相応しい装い、男爵令嬢には男爵令嬢に相応しい装いがある。

 そしてアリエッタが持っているものはほとんど、宝石のついているものに至ってはほとんど『伯爵令嬢』のために作られたものである。


 男爵令嬢であるエリザベスがつけていったら「分をわきまえていない」とトラブルを招く。

 

 だからノラはエリザベスが宝飾品を借りようとするたびに違うもの、エリザベスの好みに合っていて数段劣る価値のものを薦めてトラブルを防いだ。


 最初は上手くいった。

 ノラがエリザベス好みものを薦めたこともあって、エリザベスはノラの意図に気づかなかった。


 気づいたキッカケは、ある茶会でエリザベスと同じ男爵令嬢が子爵令嬢たちに吊るしあげられていたところを見たとき。

 その男爵令嬢はつけていたネックレスを「男爵令嬢が宝石をつけるなんて生意気」と批難されていた。


 聞けば、慣らし期間に宝石をつけた飾りをつけられるのは子爵令嬢以上。

 それも琥珀や瑪瑙といったものだけで、ルビーやサファイヤといった宝石は上位貴族の令嬢しかつけられないというのだ。


 宝石がついたものを「貸して」というたびにノラが邪魔した理由をエリザベスは知った。

 

 怒りながらエリザベスは帰宅すると、本邸に向かわずに離れに行った。

 そして今日は会えないと言っていた従姉妹の登場に喜ぶアリエッタに、あの生意気な侍女をクビにするように迫った。


 アリエッタなら直ぐに自分の言うことをきくに違いない。

 しかし「非がないノラを一時の感情でクビにすることはできない」とアリエッタに毅然と断られ、エリザベスの怒りは頂点に達した。


 家族に死なれて自分の家に間借りしているくせに、自分に意見をするなんて何様なのだ。


 アリエッタを侮っていたことも相まって、エリザベスは内心怒り狂った。

 しかしどんなにエリザベスが怒鳴っても、「生意気なのよ」と言うだけのエリザベスへのアリエッタの答えは「否」のみだった。


 怒りのまま離れを出たエリザベスは、それから離れに行かなかった。


 三日後、アリエッタから手紙が謝罪の手紙が届いた。

 エリザベスは無視した。


 それから毎日アリエッタからの手紙は届いたが、エリザベスは悉く無視した。

 

 一週間経ち、謝罪の内容が変わってきていることに気づいた。

 最初は「ごめんなさい」だけだったが、「どうしたら許してくれる?」とエリザベスの機嫌を取るような内容に変わってきたのだ。


 いけ好かない侍女をクビにできないのは癪だったが、結果としてエリザベスはもっといいものを手に入れていたことに気づいた。




 一方で、毎日窓辺で本邸のほうを見ながら過ごすアリエッタの姿にノラは胸を痛めていた。


 気分が沈んでいるのは一目瞭然で、書いた手紙に返信がない日が続くと落ち込んでいった。

 アリエッタは「お昼を過ぎたら来てくれる」と思いながら午前中を過ごし、「明日になったら来てくれる」と思いながら午後を過ごしていた。


 アリエッタはエリザベスに依存していた。

 ローランドのおかげで安全な生活はできていたが、家族仲がとてもよかったため一人での生活は寂し過ぎた。


 この寂しさが、アリエッタがエリザベスに依存する原因になってしまったのだ。


 窓辺に座って外を見ては、誰もいない庭にため息を吐くアリエッタの姿にノラは自分の代わりの侍女を派遣するように願い出た。

 こうして別の侍女、ミリアムがエリザベスのもとにやってきた。


 そのことを知ったエリザベスは、ミリアムがきた翌日に離れにやってきた。

 エリザベスにとってこの二週間はアリエッタへのお仕置きで、結果としてエリザベスは自分の思い通りの結果になったことに満足していた。


 その様子をみていたミリアムは、アリエッタがエリザベスに依存していると気づいてローランドに報告した。


 アリエッタがエリザベスに依存する原因が“寂しさ”だと知ったローランドは反省した。


 セシルが運営していたヴァルモント商会を吸収したことで巨大になり過ぎたヴァルソー商会の運営に手いっぱいだったとはいえ、アリエッタを放ってしまっていたのは事実だからだ。


 しかし当時はタイミングが悪かった。

 だから、ローランドは身動きできない自分の代わりを息子のエドワードに頼んだ。


 当時のエドワードは学院の中等部に通っており、モードレー男爵家はウィンソー公爵家に帰る道中にあることもあって、大した負担にならないからとエドワードは父の依頼を引き受けた。


 後日、ミリアムを経由してエドワードから「会いに行ってもいいですか」といった内容の手紙がアリエッタに届いた。

 エドワードとは幼少の頃からよく会っていたが、この頃はエドワードも学院の寮で生活をしていたため滅多に顔を合わせることがなく、こうして会うのは久しぶりだった。


 大仰に出迎えられたくないからと忍び込むように男爵家の離れにきたエドワードの姿に、そして自分を出迎えたアリエッタの姿に、二人はしばし時を忘れて互いをガン見することになる。


 それくらい十代の変化スピードは早いのだ。


 よく知る相手なはずなのに、まるで知らない誰かのようで。

 アリエッタは気になるのにエドワードの顔を直視できずに気恥ずかしさでもじもじするし、もじもじするアリエッタにエドワードはかつて自分のペットだったウサギのプーレスを思い出しては可愛いなと思っていた。


 のちにこの状況を一番近くで見ていたミリアムは「お二人の様子にほのぼのと胸キュンしていたら突然背中がゾッとして……あれは絶対にセシル様の霊の仕業ですわ」と同僚のノラに語ったのだった。

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