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19.従姉妹

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「嘘を吐いているんだわ」


 エドワードとアネットが出ていった扉をぼんやり見ていたエリザベスは、しばらく一人でこの状況について考えたあと、「エドワードの言っていることは嘘だった」と結論づけた。


 そうとなればとエリザベスはテーブルの端に置かれたベルを鳴らした。

 直ぐに侍女がやってくる。


「街に出掛けるわ」

「お帰り、ですね。それなら馬車の準備を、お荷物は?」


 そういう侍女にエリザベスが慌てる。


「違うわ、出かけてくるの。また戻ってくるわよ」

「まあ、それは困りますわ」


 侍女は慌ててエリザベスに待つように言うと部屋を出て、執事長のヴィクターを連れて戻ってくる。

 そして今度はヴィクターが質問をした。


「お帰り、ということですか?」

「違うわよ。街に出掛けてくるの」


「お帰りになるのはご自由ですが、お戻りになられるには煩雑な手続きが必要でございます。今回は結婚が不安になったエリザベス様が従妹であるアリエッタ様を訪ねて来られたということで旦那様たちは特例としてお許しになりましたが、本来ならこの公爵邸は公爵家の皆様とその使用人以外が自由に出入りできる屋敷ではございません」


「出るのは自由なの?」


「もちろんでございます。エリザベス様は捕らわれ人ではないのですから、いつでもご自宅にお帰りください」


 言葉は丁寧だが、「勝手に入ってきたのをアリエッタの親戚だから許してやったんだ。帰るなら勝手に帰れ」とヴィクターが言っていることをエリザベスは理解した。


「結婚は?私が結婚しないと困るのでしょう?」


「若奥様の従姉だからと若旦那様直々に整えたお話ですが、所詮公爵家はただの仲介人。結婚の話はご実家のモードレー男爵家とお相手のオークシャー伯爵家の間での決め事になります」


 言葉は丁寧だが、「公爵家は無関係だから好きにすればいい」と言われたことも理解できた。



「わ、私はアリエッタの従姉なのよ?姉のような存在なのよ」

「“の、ような”では困ります。古典文学を読むと『血縁』ほど厄介なものはございません。公爵家の親戚一同はその点厳しく躾けておりますので身の程をきちんと弁えていらっしゃいますが」


 エリザベスが黙り込むとヴィクターは満足気に微笑み、内ポケットから出した懐中時計で時間を確認する。


「これで終わりでしたら失礼いたします。まだ仕事が残っておりますので」


「……アリエッタは?」


「本来なら最初に聞くべきことだと思いますが、家族でもない、しかもヴァルモント伯の爵位と財産を狙っているかたに教えることはできません。前ヴァルモント伯、アリエッタ様のお父上は国王陛下も信頼なさった忠義の臣、その爵位と財産を彼の愛する娘から略奪しようと企んだなど陛下が知ったらどうなるとお思いですか?」


「……脅すの?」


「まさか。今回のことについては公爵家も少々危ない橋を渡っておりますので、公爵様から藪を突くことはないでしょう。まあ、誰かに突かれでもしたら藪ごと切るか、面倒だと一帯を焼き払う恐れもありますな」




「……なんなの」


 執事も侍女も出ていった一人きりの部屋でエリザベスはポツリと呟いた。

 そして自分の長い黒髪を指で梳く。


 『ヴァルモントの黒』と呼ばれる黒髪。

 この黒髪は自分と、ヴァルモント伯爵令嬢だったエリザベスの母アデルの自慢だった。



―――伯爵令嬢。



 これがアデルの口ぐせで、この言葉はアデル自身と、彼女の子どものエリザベスと弟のアルバートを狂わせた。


 『伯爵令嬢』がアデルの口ぐせになったのは結婚して三年目。


 父ヘンリーに一目惚れして、授かり婚で押し掛け女房のようにモードレー男爵家に嫁いできたアデルだったが、二人目に待望の長男を産んだ頃から男爵家の地位や財産に不満を持つようになった。


 子爵家に気を使わなければいけない。

 買いたいものが買えない。


 「伯爵令嬢だったときは」と毎日小さな文句を言い続ける妻に嫌気がさしたヘンリーは、気立てのいい庶民の娘を愛人にし、家に帰らず彼女と暮らすようになった。


 エリザベスが物心ついたときには父はおらず、アデルは男爵家の使用人に遠巻きにされていたため、エリザベスとアルバートの傍にはアデルしかいなかった。


―――エリー、あなたは伯爵令嬢のように大事にされるべきなのよ。


 母の言葉は甘い蜜のようにエリザベスに浸透し、伯爵令嬢だった母の教えを忠実に質の良い高価なドレスや宝石を欲しいと強請るようになった。


 妻はともかく子どもを放っている現状にヘンリーも罪悪感があったのだろう。

 よほどのものでなければエリザベスの強請るまま何でも買い与えた。


 誰にも否定されずに育ったエリザベスは高慢で、初めて招かれた茶会でもホスト家である子爵家の令嬢に「来てあげた」という態度を崩さなかった。


 そんなエリザベスを子爵令嬢は「男爵令嬢のくせに生意気よ」とひっぱたいた。


 今まで誰もできない教育的指導だったし、エリザベスの態度もひどかったのでちょっといき過ぎだけど許容できる仕打ちだったが、周囲は大騒ぎになった。


 ヴァルモント前伯爵がエリザベスの母アデルを勘当したことは有名だったが、エリザベスがヴァルモント伯爵の姪であることは変わりなく、さらにエリザベスは『ヴァルモントの黒髪』を持っていた。


 国でも有数の商会を運営し、筆頭貴族ウィンソー公爵とも親交深く、国王すら一目置くヴァルモント伯爵の威光はすごい威力だった。


 モードレー男爵家の所属している派閥や地域はヴァルモント伯爵家と縁がなかったため、ヴァルモント伯爵との縁が欲しい人々は己の子どもにエリザベスと親交を深めるように厳命した。


 その結果、エリザベスはお茶会に招かれるたびに姫のように扱われた。


 自分を突き飛ばした子爵令嬢はエリザベスが「気に入らない」といった瞬間にイジメの対象となり、三ヶ月も経たずに他の地域に住む祖父母のもとに去っていった。



 エリザベスの世界は何度も変化し、それは十二歳のときだった。


 エリザベスの叔父であるヴァルモント伯爵とその妻が隣国で馬車の事故に遭い、一人遺されたアリエッタがモードレー男爵家で引き取ることになったのだ。


 アデルには、ヴァルモントの爵位の継承権と膨大な資産をもつアリエッタを自分の息子アルバートと結婚させようという思惑があった。

 

 しかしアデルの思惑は直ぐにとん挫する。

 アリエッタには生まれたときからウィンソー公爵家の嫡男と婚約しており、その婚約は王も認めたものだったため一介の男爵夫人が反故できるものではなかった。


 ヴァルモントとウィンソーの婚約は有名だったが、夫の愛人問題で酒に溺れて男爵邸に引きこもっていたアデルは知らなかった。


 しかしアリエッタを引き取ると言ったのはアデルで、それに対してウィンソー公爵家からも謝礼を受け取っていたため、今さら無しにはできなかった。



 男爵家にアリエッタを連れてくる前、下見と言ってモードレー男爵家を訪れたウィンソー公爵ローランドは直ぐにアデルの内心を見抜いた。


 こんなところに親友セシルの忘れ形見をおくことに抵抗はあったが、王国の法律で未成年の監護者は血縁関係のある者もしくは公的機関である擁護院のみと限られている。


 擁護院よりはマシだろうとローランドは思った。

 しかしセシルの姉がヴァルモントに並々ならぬ執着を持っていることは有名だったため、アリエッタの身の安全を図るためにアリエッタを離れに住まわせることを願い出た。


 この離れには少々複雑な由来があった。


 数年前、この離れでは愛人を流行り病で亡くしたヘンリーが彼女が産んだ息子オリバーと暮らしていた。

 ヘンリーは妻とその子どもたちからオリバーを守るため、離れをぐるりと高い壁で囲み、たった一つの入口には騎士の詰め所まであった。


 ヘンリーはアデルの狂気を警戒しており、その警戒は正しかった。


 ヘンリーはアリエッタが引き取られる二年ほど前に事故で亡くなったのだが、アデルはすぐさまオリバーを父との思い出深い離れから追い出して本邸で使用人としてこき使い始めたのだから。



 ローランドは『願い』という形をとったが、伯爵令嬢として育ったアデルにとって爵位は絶対的なものだったので二つ返事でウィンソー公爵の提案を受け入れた。


 次の日から離れの工事が始まり、ヴァルモントの遺産とウィンソーの資金を投入された離れは瞬く間に豪華になった。

 そしてアリエッタの引っ越し当日、モードレー男爵家の前には荷物を積んだ馬車が十台以上並び、華やかな家具や数多くのトランクが運び込まれた。


 その様子をエリザベスは憎々しい気持ちで見ていた。


 彼女は離れに運ばれていく荷物の質や量が羨ましかった。

 あの数多くあるトランクの中には素敵なドレスがたくさん詰まっているのだろうと夢想した。


 エリザベスは顔も知らない従妹のアリエッタに興味をもち、離れにはあまり近づかないようにと言われていたが出入りする使用人たちに紛れて離れに忍び込み、自分とよく似た相手にエリザベスもアリエッタも驚くことになった。


 よく似ていたことが二人にとって不幸だった。


 エリザベスは自分よりもキレイなドレスを着て、立派なベッドで眠って、本邸の使用人と一目で質が違うとわかる侍女や護衛に囲まれて暮らすアリエッタを嫉んだ。


 ここで暴言を吐いたり、暴力をふるったりすれば今後が変わったかもしれないが、エリザベスはもっと巧妙だった。


―――従姉妹なのだから仲良くしましょう。


 両親を亡くしたばかりのアリエッタは心細さもあったため、エリザベスが差し出されたその手を取った。


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