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18.代役

長めです。

 エリザベスたちのやり取りをもうしばらく見ていたい気分になったが、話しを早く進めて終わらせたかったエドワードは騎士たちに休憩を命じた。


 人払いが終わり、部屋の中にはエドワードとエリザベス、そして公爵家の内政に責任があるからとアネットが残った。



「なぜなのです?」

「モードレー男爵令嬢」


 エドワードの静かな声にエリザベスはパッと顔をあげる。


「なぜ私をそのように冷たく呼ぶのです。なぜ突然このような仕打ちを」


 そう言ってエリザベスは泣き崩れたが、そんなエリザベスにエドワードは戸惑ってもいた。


「エド、分かっていないようだから『なぜ』を教えてあげたら?」


「別にそんなことする義理は……「そのほうがスッキリすると思う」……分かりました」


 エドワードはため息をついてエリザベスに向き直り、


「最初に言っておいたはずだ。失踪したアリエッタの身の安全のために、失踪の原因を作った男爵令嬢にアリエッタの代役を務めてもらうと」


 三年前の冬、エドワードとウィンソー公爵家は失踪したアリエッタを探したが見つからなかった。


 失踪から十日、ローランドはアリエッタが病にかかったと触れまわり、領地で療養するため結婚を早めると発表した。


 アリエッタの了承も取らずに代役を立てて結婚をすることにエドワードは反対したが、アリエッタの身の安全のために折れた。

 国でも有数の資産家であり、産んだ子どもがヴァルモント伯爵になるアリエッタを狙うものは多く、行方知れずだと露見することはとても危険だったからだ。



「ですから、私は代役としてエドワード様の傍に……」

「アリエッタが戻ったのだから代役はもう必要ない……当然、ですよね?」


 あまりにもエリザベスが愕然としているから、質問の最後はアネットに向いていた。


「エドワードの言う通り当然なのだけれど、どうやらこのご令嬢は今ではあなたが自分を愛していると思っているようよ」

「は?あり得ない」


 一瞬も躊躇せずに否定したエドワードにエリザベスは「そんなことあるはずがありません」と首を横に振る。


「……どこからくる、その自信は」

「私はずっとあなたの傍にいました、この三年間ずっと」


 呆れた自分とは対照的なエリザベスの熱量に、エドワードは再び白旗を振る。


「母上、さっぱり分かりません。ずっとって何です?」


「あなた、隠れてこの娘と乳繰り合ってたの?」

「冗談でも止めてください、彼女と二人きりになったことなど一秒だってありません」


「二人きりじゃなくても乳繰り合えるでしょう」

「実の息子を信じていないのですか!?」


 エドワードは礼儀も礼節も忘れて、ビシッとエリザベスを指さす。


「こんな女と、自分の欲のために俺とアリエッタを陥れた女と俺が乳繰り合うわけないでしょうが!欲のはけ口としてだってごめんです!俺はこの女に情もなにもありません、憎らしいだけです!」


 エドワードの全否定に、エリザベスはきっと睨んで答える。


「嘘です!!エドワード様は私を愛していらっしゃいます」


「……寝惚けているのか、この女?」

「思い込みってすごいわね」


 思い込みとはなんだエドワードが呆れていると、


「エドワード様は私に優しく接してくださいましたわ」

「いつだ?お前の夢の中でか?」


「お城での夜会ですわ。私を優しくエスコートして、喉が乾かないように私の手元を気にかけて、ダンスのあとは疲れた私を労ってバルコニーのほうへ……」


「夜会でお前に優しく接したのは“アリエッタ”だからで、飲み物もダンスも休憩もヘタにお前に社交させてボロが出ないようにするためだ。ちなみに母上、バルコニーに連れていったのは俺ではなく給仕係ですからね」


「分かっているわ。でも桃色フィルターって面白いわねえ……まあ、ここまで強力なのはエドワードが女たらしということもあるでしょうけど」


 人聞きの悪いことを言わないでくださいとエドワードはアネットに抗議したが、アネットの言っていることは本当だった。


 不愛想で見た目は凶悪なクマなエドワードだが、その中身は温厚な紳士である。

 アリエッタ一筋なため若い男特有のガツガツ感がなく、大きな体躯と相俟って落ち着いた大人の余裕がある(ように見える)エドワードはモテる。


 『王子様風イケメン』のように分かりやすいモテ男ではないが、エドワードに惚れる女性の本気度合いは高く長い期間熟成されるため、女の恋情は複雑に捻じれてこじれて、


「その結果、エリザベス(こういう女)の出来上がり」

「どういう結果か全く分かりませんが……勝手に俺に夢を見ていることが分かりました」


 エドワードはため息をひとつ吐いて、


「モードレー男爵令嬢。あなたが私たちの傍にいることは非常に困るので、あなたは隣国に嫁いでもらう」


「イヤです!私はあなたを愛して……」

「それなら、なおさら遠くに行ってもらう」


 エドワードはエリザベスに最後まで言わせなかった。

 これ以上の会話は疲れるというネガティブな理由だが、振るしかない女にかける優しさともとられる行為であり、


「……エドワード様」


(泣けばいいと思うのよ、女は……まあ、今回はエドワードも本気で怒っているようだから大丈夫だと思うけれど)


「泣こうが喚こうがお好きにどうぞ。この部屋は防音でトイレも風呂場もあるし、あの小さな扉から食事の配膳できるから餓死することはない」


「そんな……私がどうなってもいいと言うのね」


「俺はずっとそう言っている、俺にとってあなたはどうでもいい存在だ。視界にさえはいらなければどうぞお好きに、仮にこの部屋で自殺しても俺は眉一つ動かすことなく処理するだろう」


 冷たく突き放す言葉にエリザベスは最初は驚いたようだったが、すぐにニヤリと笑う。


「そんなことはできませんわ、エドワード様は優しいですもの」

「なぜ優しいと?」


「あなたはアリエッタを探し続けたからです。使用人たちが言っていました、エドワード様は時間さえあれば街に行っている、と。街にいる愛人に会うためだ、と」


 使用人たちがそんなことを、と呟くエドワードにエリザベスは微笑みを向ける。


「彼女たちを怒らないでくださいね。彼女たちは私と違って大事な事情を知らなかったのですから」

「アリエッタが誤解しなければ別に何を言われようと構わない」


 アリエッタの名前に嫌悪をみせたエリザベスにエドワードはため息を吐く。

 こうしてみると実に分かりやすいのに、なぜエリザベスのアリエッタへの嫉妬に気づかなかったのか。


「一応言っておく。三年間、時間を作って行方を探し続けたのはアリエッタだったからだ。失踪したのがあなたなら、俺は探すことなくさっさと忘れただろう」


「私が男爵令嬢だから価値がないというのね」

「アリエッタじゃければ俺にとって何の価値もない」


 エドワードが無表情のまま言い放つと、エリザベスはエドワードをジッと見つめたあと、だらりと姿勢を崩して天を仰ぐ。


「私が……何のために山奥の掘っ立て小屋で三年間も惨めな暮らしを……」

「なんだ?アリエッタの代わりをするために隠れて住む生活を了承しただろう」


 療養のため結婚後は領地でアリエッタは過ごしていると周囲には言っていたが、実際は王都を出て直ぐの丘にある山小屋でエリザベスは住み込みの使用人夫婦と暮らしていた。


「それは、いつかあなたが私を見てくれると思ったから」

「それはまた図々しい」


「エドワード、もう少し口にハンカチを被せたら?」

「……どこまで強く言えばノックアウトできるかが気になってきて」


 ***


「結婚相手についての説明をしていないけれどいいのかしら」

「聞く耳もたないので実際に体験してもらったほうがいいでしょう」


 会話にならないと判断したエドワードとアネットは部屋を出て、些か虚しい気持ちで廊下を歩いていた。


「はるばるテクノヴァルから来るのに、使者の方には苦労させてしまうわね」

「強力な耳栓を贈りましょう」


 それでもう問題なしと言い切る息子に、「これのどこに優しさが?」とアネットは苦笑した。


 エドワードがエリザベスしたオークシャー伯爵は人柄も領主としての評判もよい人物だが、彼について訊ねると「ああ、オークシャー家ね(笑)」となる。


 その理由は、まず伯爵が『若い女性が好き』であること。

 五年から十年に一回「若い妻が欲しい」といってそれまでの奥方と離縁して、二十代の妻をもらっている。


 自分はどんどん年を取るのに妻はずっと二十代、これがオークシャー伯爵だが、これについては彼個人の問題であり、常に後継者が問題になる貴族なら大きすぎる欠点にはならない。


 それに、欠点によって問題視されている家ではない。

 なんといっても『オークシャー家(笑)』なのだから。



「異国に一人で嫁ぐのではなく、母君と二人で嫁ぐのですから、道中もそんなに悪いものではないでしょう」

「娘がオークシャー伯爵、母がその息子に嫁ぐパターンは滅多にないですけれど」


 テクノヴァル公国は科学が発達しており、医療も底上げされて大陸一の長寿国になっている。

 エリザベスの夫となるオークシャー伯爵は六十代半ばだが、末の子がまだ二歳なのでエリザベスが子を持つ可能性も十分にある。


 エリザベスの母アデルが嫁ぐのは、オークシャー伯爵の息子の一人で三十代半ばの青年。

 

 彼は若い女性が好きな父の背を反面教師にして育ったため、年齢が上の女性を好み、先月離縁した二番目の妻も自分の母親といってもおかしくない年齢の女性だった。



「砂漠の姫に『勘違い』で殺されるよりはよいと思いますよ」

「そうね」


 エリザベスをアルバートが囲っている恋人と勘違いしたユリアナ皇女は、モードレー男爵家の馬車をエリザベスのいる山小屋に行かせた。

 恋人の迎えと勘違いして男爵邸に来た女を秘密裏に排除しようと思ったのだが、ユリアナの思惑を外れて馬車はウィンソー公爵邸に行ってしまったのだった。


「家族との手紙のやりとりくらいはと許したことが裏目に出ましたね」


「あの丘が公爵家所有と知っている人は王都でも少ないし、エリザベスは外国に嫁いだということになっているから皇女が勘違いするのは仕方がないでしょうね」

2023年9月28日 『ざまあ』が欲しいということで一部修正しました(話の流れは変わりません)。

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