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17.嫉妬

 アリエッタの悲鳴に、その華奢な背を支えていたエドワードの腕が震えたが、気を失ったことを言い訳に抱き抱える。


「あ、あの……」


 青い顔をしたラーラがエドワードに声を掛ける。


 もしラーラがアリエッタを家の中に避難させていれば……。

 エリザベスに会わせないことに成功すれば……。


 ラーラにこの事態の責任をなすりつけたい気持ちをエドワードはグッと抑え、全ては自分の責任であることを深呼吸と共に受け入れる。


「無理を言ってすまなかった。ハリーをアリエッタの部屋に」

「か、畏まりました!」


 しっかりと頷いて駆けだした小柄なラーラ。

 責められずとも己のミスを反省し、挽回するために仕事に励む姿勢を見習うべきだとエドワードは思った。



「若旦那様、この女性はどうしますか?」

「……アリエッタの従姉だ」


 エリザベスの顔をみて戸惑いを隠さない騎士も多いため、エドワードは『不審者』とは言わず、アリエッタと似ている理由を彼らが受け入れられるように説明する。


「しかし、招かれざる客だ。アリエッタへの暴言からも分かっただろう」


「エドワード様!」


 エドワードの言葉にそれまで呆けていたエリザベスはハッとしてエドワードの名前を呼ぶ。

 そんなエリザベスにエドワードは冷たい目を向ける。


「お前に名前を呼ぶ許可を与えていない。この女を“黒ダリヤ”に連れていけ」


 黒ダリヤは一応客間であるが、内実は牢である。

 そこに招かれた客は客ではないため、騎士二人がエリザベスの両脇をに立って連行していった。


「ふう」


 エリザベスに対応する必要はあるが、アリエッタを医者に診せるほうが先だと思ったエドワードはエリザベスたちに背を向けた。



「エドワード様、状況はここまで侍女の方から説明していただきました」


 エドワードがアリエッタの部屋の前につくのと、ラーラがハリーを連れて部屋にやってくるのは同時だった。


 ハリーはアリエッタをベッドに寝かせるようエドワードに指示したあと、エドワードに部屋から出ていくように言った。


「……ハリー」

「許可できません。前回は……命の危険もあったので同席を許しましたが、今回はダメです」


 エドワードの縋るような目を見たハリーは苦いものを食べたような顔になったが、心を鬼にして首を横に振った。


「事情は分かっておりますが、アリエッタ様にとってはエドワード様も加害者なのです」


 『加害者』


 ハリーの言葉がエドワードの心に重く沈み、エドワードは奥歯を強く噛んで荒れ狂う感情を必死に抑えつけると立ち上がり、部屋を出た。


 廊下にはトーリがいた。


「……リチャードは?」

「坊ちゃまはこのことをご存知ありません。幸いお昼寝の時間だったので」


 トーリの回答にエドワードは安堵の息を吐いたが、労わるような目で自分を見るトーリにエドワードの中の幼子が顔を出す。


「アリエッタは……目を覚ましたら、リチャードにどんな反応をするのだろうか」


 髪の色を除けば自分に瓜二つの息子(リチャード)


(襲いかかって体を暴いた男に似た息子など苦痛でしかないのでは?)


 アリエッタが幼子を虐待などするわけないことは分かっている。

 産んだ以上は子どもを、その父親が誰であろうと関係なく愛するであろうことも。


 『でも』や『もしも』。

 全てが意味もない予想であるのだが、考えずにはいられない。


「俺はアリエッタにどう詫びれば……」


坊ちゃま(・・・・)


 トーリの凛とした叱る声にエドワードの背が反射的に伸びる。


「悪いことをしたならまずは謝りましょう。誠心誠意、許してもらいたいならば許されるまで何度でも謝るのです」

「そんなことをしたら……アリエッタは優しいから……」


「いいではありませんか。アリエッタ様を本気で欲しているのならば、同情でもなんでも利用したらいいのです。欲しいのなら聞き分けなんて捨てて、泣いてでも、縋ってでも、みっともなく愛を乞いなさい」


 同情と愛情は紙一重です、と言い切るトーリにエドワードの硬かった表情が少し緩む。

 そんなエドワードにトーリは優しい目を向けたあと、


「坊ちゃま、とお呼びするのは今日で最後です。エドワード様はリチャード様のお父上なのですからね。幼い子どもの甘えはここでスパッとお捨てください」


 『私はもうリチャード様の“婆や”ですからね」と主張するトーリにエドワードは小さく笑い、しっかりと頷く。


 その目に浮かぶ強い決意に、幼かったころに泣きついてきた小さな子どもの成長した姿にトーリの胸がジンッと痺れる。



「もし、万が一にもあり得ないでしょうが、アリエッタ様がリチャード様を拒絶したときにリチャード様のお心を守れるのは若旦那様だけなのですからね」


 ***


「エドワード」


 アリエッタは気を失っただけで呼吸に脈拍にも異常はないという診察結果を聞いたあと、エドワードが黒ダリヤの間に向かうとそこには母アネットがいた。


「まだお茶会の時間では?」

「連絡をもらったから、急用と言って帰ってきたの。あの困った子にお仕置きしないと」


 “仕方がないわね”という口調だが、その表情に浮かぶのは獰猛な笑み。


「母上、ゆるふわ天然系の仮面がはがれていますよ」


 淡い金色の髪を波打たせて、二十代の頃から何一つ変わらない容姿と天真爛漫な性格から『アルデニアの妖精』といわれるアネット。

 しかし、その中身は身長と筋肉がつきにくい体質故に騎士を諦めただけの体育会系でやや脳筋気味な姉御である。


「あらそうね、まだ他人(ひと)の目があるから気をつけないと」

「例の業者は活きのいい害虫の捕獲を楽しみにしているので、その点はご留意を」


「問題ないわ。何年社交界を牛耳って……あら、やだ。社交界の花といわれるには美しさだけではだめなのよ」


 見た目だけ妖精のアネットにエドワードはため息をひとつ吐くと、黒ダリヤの間の扉をノックした。

 扉が開いて中に入ると、そこには先ほど庭にいた騎士三人と別に呼ばれたのか女性騎士が二人、そしてエリザベスがいた。


「エドワード様!」


 懲りずに自分の名を呼ぶエリザベスに苛立ったが、隣の母の『しっかりしなさい』という目にエドワードは苛立ちを抑える。


「モードレー男爵令嬢、お座りください」


「イヤですわ、そんな他人行儀な。いつもの通り「アリエッタ」」


 エドワードの一言でエリザベスの笑顔が固まる。


「アリエッタが貴女の従妹とはいえ、私と貴女は他人ですよ」


 愛想笑いもなく言い放つと、エリザベスの傍にいた女性騎士がエドワードの意図を汲んでエリザベスをソファに座らせた。


「痛いわね!私はアリエッタにとったら姉みたいなものなのよ?」

「アリエッタ様のお姉様と仰るなら、妹の夫に色香を振りまくより先に失神なさったアリエッタ様を心配なさるべきなのでは?」


 正論である。


「……アリエッタは大丈夫なの?」

「公爵令息夫人の体調を許可なくお答えすることはできません」


 渋々と訊ねたエリザベスへの答えは女騎士の冷たいアルカイックな対応で、彼女の後ろで公爵夫人のアネットが楽しそうに笑うのを見て頭に血がのぼったエリザベスは「あんたね!」と声を荒げる。


「ご挨拶が遅れました」

「は?挨拶なんてどうでも……」


「コルディス辺境伯家の次女レナータと申します。普段はアリエッタ様の護衛騎士なのですが、人手不足なため今回こちらに駆り出されました」


 辺境伯といえば実質的な地位の高さは侯爵と同等、場所や場合によっては公爵家にも並ぶといえる家格。


「辺境伯……アリエッタの騎士……護衛……」

「はい。夜会でもアリエッタ様を護衛できるようにと公爵夫人が父に。それで先月からこちらでお世話になっております」


「うちもアリエッタに相応しい友人を探していたから丁度よかったわ。爵位も人柄も申し分なくて」

「ありがとうございます!」


 爵位とあてこすられたエリザベスが悔しさを顔に浮かべる一方で、清々しくて実直なレナータの裏も皮肉も感じ取らない力技にエドワードは内心苦笑する。


(アリエッタはレナータが気に入ったようだし、母上が彼女も鍛えると言っていたから大丈夫なのだろうけど……まあ、面白いからいいか)


「どうしてアリエッタばっかり」


 エリザベスの怒ったような言葉にエドワードは目を細めたが、その質問を投げかけられたレナータは『分からない』という表情で首を傾げた。



「アリエッタ様は確かに恵まれている方ですが、それを嫉んでも決してあなたのものにはなりませんよ?」

2023年9月28日 サブタイトルと文章を改善しました(旧:悪女)。

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