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15.結婚狂騒曲

「アリエッタ様、ご不便をおかけして大変申し訳ありません」

「気にしないで、ミリアム。ご実家のお兄様の結婚式なのだから」


 皇女の恋人が報道されたが、アルデニア王国は依然として婚活ブームだった。


 公爵家には妙齢の独身男性がいないためアリエッタは他人事のように感じていたが、結婚ブームの余波は公爵邸にもやってきた。

 結婚適齢期の騎士や侍女の結婚が相次ぎ、彼らが実家に帰ったり新居を探したりと、公爵邸の使用人のシフトに影響が出始めた。


「兄の場合は過剰防衛ですよ。実家も男爵だし、どう見たって皇女様が一目惚れするような容姿はしていませんのに結婚式を早めるだなんて」

「『とりあえず』ではなくてずっと婚約なさっていた方なのでしょう?これでお二人が安心できるならいいじゃない、おめでたいことだわ」


 アリエッタの穏やかな言葉にミリアムの荒れていた気持ちも鎮まる。


 ミリアムも別に兄の結婚を祝っていないわけではない、ずっと恋人同士であった女性とめでたく結婚することはとても喜ばしいと思う。

 しかし、言わせてもらうならば時期が悪いのだ。


「アリエッタ様の侍女を新人に任せないといけないなんて……ノラ様もその日は従兄の結婚式で不在で……一応勤務する者の中で信頼できる者を選ばせていただいたのですが」

「それで十分よ。心配しないで、こうして家にいるだけだし。この髪では来客の対応すらできないもの」


 アリエッタは自分の茶色い髪をひと房つまむ。


 目覚めた直後は、暴漢にかけられた薬剤の影響らしいが、アリエッタの髪はパサパサして、櫛で梳けばプチリと切れてしまうほど弱弱しかった。


 その後、公爵家の有能な侍女たちの手でケアされているが、一度ひどく痛んだ髪はなかなか艶やかにならず、毛染めを得意とする美容師もこの髪では髪を傷めてかえってひどい状態になってしまうと白旗をあげてしまったのだ。


「アリエッタ様は全く悪くありませんわ。とにかく、私の代わりにアリエッタ様付きになるラーラは、人柄は悪くありませんが脳内が少々お花畑で平和ボケをしているといいますか、とにかく頼りないので、四日後には戻ってきますので急を要さないことは全てためておいてくださいね」


 それではミリアムの休み明けが大変ではないかとアリエッタは思ったが、使命感に燃えるミリアムの目を見て何も言わないことにした。


 こうしてミリアムは言うだけいい、代理となるラーラに「くれぐれもアリエット様をよろしく」と圧をかけたものの、迎えにきた馬車に乗り込む直前までアリエッタの身を心配していた。



「全く、せっかく実家に帰るのだからもっとゆっくりして来ればいいのに」


 一緒にミリアムを見送ったエドワードの呆れた声にアリエッタは笑う。


「私もそう言ったのですが、やることがない実家ではかえって落ち着かないと……でも、やっぱりミリアムがいないのは寂しいので、早く戻ってきてくれるのは嬉しいです」

「そうか……それなら、これから一緒にマグノリアの下でお茶でもどうだ?母上はいないから、俺と二人きりになってしまうが……マグノリアもちょうど花の盛りだし」


 遠慮がちに差し出されたエドワードの手に、アリエッタは少し躊躇したあとでその手をのせる。


「ラーラ、東の庭園のガゼボにお茶の用意を頼む。あと、二時間ほどしたら客が来るから、応接室に案内したあとで俺を呼びにきてくれ」

「か、畏まりました」


 緊張しきった顔で頭を下げ、ぎくしゃくとした動きであるがひと足先に屋敷のほうに戻るラーラの後ろ姿にエドワードは「ミリアムは脅し過ぎだ」と再び呆れることになった。



「キレイですね、近くで見るとこんなに迫力があるなんて」


「このマグノリアは初代のウィンソー公爵が王子時代から気に入っていた木らしく、臣下降格したときにこの木があるからとこの地に屋敷を構えたそうだ」

「ウィンソー公爵家のマグノリアはこの木が由来なのですね」


 アリエッタは茶器を手に取り、そこに焼き付けられた紋章を指でなぞる。


「どんな方だったのでしょう」

「清楚で淑やかなマグノリアには似合わない、豪胆で女遊びが激しい御仁だったらしい」


「まあ」

「彼の妻だった初代公爵夫人の手記は興味深いぞ。夫への恨み節満載で、ときどきある夫の殺害計画は下手な推理小説よりも面白い……それでもこの二人は仲がよかったのだというのだから、夫婦のことは夫婦にしか分からないという言葉の見本だな」


***


「エド様、屋敷のほうが騒がしくありませんか」

「そうだな、何かあったのか……ちょうどいい、ラーラが来たな」


 何があったのか問いただそうとしたエドワードの足が、遠くから聞こえた女性の声で止まる。

 咄嗟に少し離れて後ろにいたアリエッタを振り返ったエドワードは、駆け寄ってきたラーラにアリエッタを連れていくように指示をする。


「アリエッタを客人に合わせるな。ガゼボの向こうにも道があるから、大回りして屋敷に向かってくれ」

「え!?そ……そん、な……」


 ラーラはまだウィンソー公爵邸に来て日が浅く、エドワードの指示が理解できずに戸惑っている間に女性が庭に現れる。


「早く連れていけ!」

「エドワード様!」


 エドワードの怒ったような声にかぶさるように聞こえた女性の嬉しそうな声にアリエッタは覚えがあり、「ちょっと待ってちょうだい」と自分を連れていこうとするラーラを制する。


 エドワードが苛立ちもあらわに舌を打ったが、アリエッタはその女性しか目に入らなかった。



「……エリザベス?」


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