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第13話 求愛

「まるで花畑ですね」


 呆れた口調のミリアムにアリエッタは苦笑した。


 アリエッタの部屋に溢れかえる花たちは毎日朝と夕方にエドワードがもってくるもので、屋敷にある小柄な花瓶のほとんどがアリエッタの部屋にあった。


 一日のほとんどをまだベッドで過ごすアリエッタのために贈られたものは花以外も。


 市井で流行の本。

 リチャードがこの部屋で過ごすときに遊んでいる木のオモチャもエドワードが自ら店に足を運んで吟味したものだった。



「エド様は過保護だと思うわ」


 運動機能を回復させるために少しずつ歩くことを始めたアリエッタのため、床には柔らかな色合いの毛足の長いラグが敷かれて、座り心地のよいイスが部屋のあちこちに休憩用として置かれている。

 

「そんなことを言いながら嬉しそうですよ」

「恥ずかしいけれど」


 照れ臭かったが、エドワードの気遣いや優しさがアリエッタにはとても嬉しかった。



「若旦那様のことですから、花ではなく野菜苗を贈るのではないかと思いましたわ」

「それならばドレスの代わりに栄養たっぷりの土、香水の代わりに農薬かしら。野菜を育てるのは楽しそうだわ」


「私もウィンソー領の者なので、私も見るだけの花より食べられる野菜のほうがお得だと思いますけれどね」


 一般的に公爵家というと煌びやかなイメージを持たれるが、ウィンソー公爵家は研究肌の農家気質で商売人だ。


 そんな領主一家が率いる領地民も勤勉な農家が多く、土壌改良や品種改良に余念がないためウィンソー領は年々収穫量を増やしている。


 同じだけ土を使うなら食べられる野菜のほうがお得だと感がる人が多いため粗野な食いしん坊が多いと思われがちだが、胃が膨らめば精神にも余裕ができるため文化面も発展している。


 まあ、根っから農家と骨の芯まで芸術肌の人間同士の反りは合わない。

 脳筋、もやしと互いをバカにしている。



「いつか一つの苗で二つの野菜、例えば地上部と地中で違う野菜ができたらお得ね」


「エドワード様も同じことを仰っていましたよ。エドワード様は得難き方を奥様にできたことを神に感謝すべきですわ」



「毎朝起きたら、そして毎晩寝る前に拝礼して感謝しているよ」


 エドワードの声にアリエッタとミリアムは入口のほうを見る。

 さっきまで歩く練習をしていたので扉は開けっ放しで、戸口にもたれかかるようにエドワードが立っていた。



「ただいま」

「まあ、今日は遅くなるご予定では?」


 朝部屋に来たエドワードはそんなことを言っていたような、とアリエッタは首を傾げる。


 今朝アリエッタの部屋にきたとき、今日は遅くなると聞いていたのに窓の外はまだ明るい。


「先方の都合で夜の約束がなくなったから神殿からそのまま帰ってきた」

「だから白い礼服を。エド様はいつも黒や茶色をお召しなので、白い服は新鮮です」


 アリエッタの言葉にエドワードは照れ臭そうにする。


「白は体が大きく見えて周囲を威圧してしまうからな。まあ、黒や茶色を着てもヒグマに見えるのだから大して変わらないが」


「ヒグマ、ですか」


 ヒグマが出ると家畜や人が襲われ、小さな村などは壊滅的な被害が出るため、ヒグマは天災と同じくらい恐れられている。



(ウィンソー領の森にはヒグマが時折出ると本に……だから“ヒグマ”なのかしら)


 アリエッタから見れば、エドワードはヒグマからは程遠い。


 一騎当千の武人を思わせる逞しい大きな体躯、あまり動かない表情筋。

 さらに国王ですら敵わないウィンソー公爵家嫡男となれば周囲がエドワードを『怖い』と思っても仕方がない。


 しかしアリエッタのように内側からエドワードを見ている者からすると少々もどかしい。


 エドワードの気質は決して威圧的ではない。


 その証拠に彼は誰にでも常に自然体で、基本的に丁寧に接する。

 母親から「性格は日頃の生活に出る」と言い聞かされ、商人の基本は人との縁を大事にすることだと叩きこまれてきたアリエッタが一番「好きだな」と感じるところだ。


 アリエッタにとってエドワードは『善良』であり、自分の立場に課せられた責務を誠実にこなしているためウィンソー公子が板についているが、たとえ商家や農家に生まれても彼は誠実に仕事をこなして高い評価を得ただろうと思っていた。


 

「母上のような明るい髪色ならば威圧感も少なくすんだだろうに」


 深い森の大樹ような濃茶色の髪をつまみ悩むエドワードの姿が、「おばあちゃんみたいにキラキラな髪がよかった」と真っ黒の髪をつまむリチャードの姿に重なる。


「私も金色の髪に憧れたことがありますわ」


 

 エドワードに問われてアリエッタは昔を思い出す。

 まだ父と母が生きている頃、絵本の中の魔女はいつも黒髪だったから「黒髪なんていや」と言って、同じ黒髪をしていた父親を悲しませたことを思い出した。


「黒髪ってどうしても悪役が多くて、絵本の中の王子様やお姫様のような金色の髪に憧れましたわ」

「ないものねだりは皆同じか」


「くすんだ茶色い髪に平凡な茶色の瞳をした自分からすれば、お二人の色はとても羨ましいですわ。特長的な色があると贈り物にも困りませんし」


 ミリアムの言葉に「忘れていた」とリチャードはジャケットの内ポケットから袋を取り出す。

 そしてアリエッタの近くにあるテーブルの上に置く。


 今までと変わらない態度に口調だが、こうやって近づかないように距離をとられてアリエッタはエドワードを責めた夜を意識させられる。


 この距離はいつなくなるのか。

 時限爆弾が爆発したらなくなるのか。


 いま考えても答えが出ないので、アリエッタは一抹の不安と寂しさをそっと横において「ありがとうございます」と贈り物を受け取る。


「これは、オニキスですか?」

「黒真珠を道すがら買う勇気はまだなくてな」

「そんな勇気は一生持たないでください」


 黒真珠は滅多に市場に出回らない貴重なもので、真珠の産地である南の国に行ってもなかなか手に入らない。

 黒真珠を使った宝飾品をもつことは貴族たちの憧れである。


「オニキスは成功に導く石といわれている。正しい選択をする意志を与えるという意味だそうだ」

「……正しい選択」


 いまはただ、エドワードやローランドたちに与えられるものに囲まれて幸せであるが、これは時限爆弾の上にある幸せだとアリエッタにも分かっていた。

 時限爆弾が爆発したとき、アリエッタは自分が必ず選択しなければいけないのだと感じていた。


「私に、できるでしょうか」

「……さあ、どうだろう」


 『できるか』と聞けば、エドワードだったら「できるよ」と優しくいってくれると考えていた自分の傲慢さに気づかされてアリエッタは恥ずかしくなった。


 そして同時にエドワードの表情から、アリエッタが過去に間違った選択をしたことが分かった。


 それは記憶のない三年間か。

 それとも前からアリエッタに気に入らないことがあったのか。



「アリエッタ。そのときが来たら、どうか君が幸せになれる選択をしてくれ」

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