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12.時限爆弾

「おはよう」

「……おはようございます」


 昨夜の会話は幻だったのか。

 そう思ってしまうくらい、アリエッタの前に立つエドワードはいつも通り涼しい顔をしている。


「これを君に。この部屋の窓からは見えないが、端のほうはずいぶん春の花が咲いてきたよ」

「……ありがとうございます」


 まだベッドにいたアリエッタは花束を受け取って礼を言ったが、すぐに背中を支える枕を抜きとってエドワードに叩き付けたい気持ちになった。


(これでは一晩中悩みつづけた私が愚か者ではありませんか)


 あの夜エドワードが少しだけ顕わにした過去のことが頭から離れず、アリエッタは何があったのかと悶々として過ごした。

 眠気に負けたのは空が白みがかった明け方近く、おかげで頭が重い。


「エドワード様は今朝もバッチリですわね」


 寝不足でふらふらしているアリエッタとは対照的に、外出用の服をパリッと着こなした完ぺきな姿のエドワードに、アリエッタは思わずイヤミめいたことをいう。

 

「嬉しい褒め言葉をありがとう、今日は大事な仕事があるからバッチリじゃないといけないからな。君は少々顔色が悪い、枕が合わなかったか?ハリーを呼ぶように言っておくから……話をするといい」


 エドワードの言葉にアリエッタはパッと目線を合わせ、自分をジッと見るエドワードの視線を受け止める。


 これについては昨夜すでに結論は出ていた。

 エドワードはあの日のことを知りたいならばハリーに聞けばいいといったが、アリエッタは聞くつもりはなかった。


 『男性』が怖いならばその可能性もあったが、ローランドやヴィクターを怖いとは感じない。

 認めたくはないが、アリエッタが怖いと感じるのはエドワードだけなのだ。

 

(でも……エド様があんな冷たい声を出すなんて、ある?)


 ***


「ハリー様、二重人格者というものは本当にいらっしゃるのかしら?」


 大丈夫と言ったのに、エドワードが何か言ったらしく、朝食が終わった頃にハリーがやってきた。

 観察眼の優れた彼女は「何か悩んでいるのですね」と優しく微笑むから、ついそんなことを訊ねてしまった。


「複数人格者ですね、本当にいますよ。まあ、非常に珍しいですけれど」

「……エド様が二重人格者という可能性は?」


 アリエッタの問いに真っ先に答えたのはハリーの戸惑う、『信じられない』とデカデカと書かれた目だった。


「それは……あのエドワード様のことで宜しいのですよね?ウィンソー公子の、あのエドワード様で」


 アリエッタが首をタテに振ると、ハリーの口の端がフルッと震え、次の瞬間に大きな笑い声が部屋に響き始めた。


「……やっぱりあり得ないわよね」

「そう、ですねっ……っふ、ふふふ」


 体を震わせて笑うハリーに、アリエッタは自分の仮説を恥ずかしく思った。


 しかし、仕方がないのだ。

 本当に、それなら簡単に説明が説明がつくくらい、エドワードのことをアリエッタは掴みかねていた。


「二重人格と思えるほどエドワード様がこの三年で変わったということでしょう……アリエッタ様はその『理由』を知りたいですか?」

「ハリー様は、理由を知る必要はないとおっしゃるの?」


「原因を知りたいという気持ちを否定するつもりはありませんが、例え知ったところで今の事実、エドワード様が変わったことには変わりがないなら、理由に固執せずにいまを受け入れるのも一つの手ではないかと思いまして」


 あくまでも持論ですけれど、とハリーは続ける。


「一般的に記憶を失うということは心や脳にそれだけの負荷がかかったということです。思い出そうとするたびに頭痛がするというケースが多いですが、私はそれが心の警告だと思ってもいるのですよ」


 心の警告。

 心当たりがあるアリエッタはハリーの言葉を受け入れる。


「無理に思い出そうとする必要はなく、今の状況をあるがままに受け入れるのも一つの選択ということですね」

「その通りです。いつ思い出すか分からない時限爆弾を抱えたようなものですが、忘れていることが分からないアリエッタ様にとっては大した問題にはならないかと」


 その言葉は、忘れたものが分かっている者にとっては大した問題だといえる。

 そしてその一人はエドワードであることは確実だ。



「エドワード様は……まあ、おそらくでしかありませんが、それを受け入れる覚悟をしていると思いますよ」


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