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1.婚約者

「アリエッタ」


 名前を呼ばれて目を覚ましたアリエッタは、体を襲った激痛に息を呑み、反射的に歯を食いしばる。

 どうしてこんなに体が痛むのか分からず、アリエッタはパニック状態に陥り、すがるものを探して掛布を強く握った。


「アリエッタ!!」


 豪雨のように全身に降りかかった大きな声に一瞬痛みを忘れ、その隙に本能が声の主を視覚に捕える。

 エドワードの顔は心配そうだったが、わけが分からない異常なこの状態で知っている人が傍にいるということにアリエッタは安堵して、『エド様』と呼ぼうとして、


「うっ!!~~~っ、あーーーー!!」


 痛みに全身が引きつり、喉もギュッと閉まり悲鳴以外の選択肢を奪った。


「アリエッタ!!ハリー、早くしろ!!」


 握っていた掛布が温かいエドワードの手に変わる。

 その温もりに安心し、その手を握ろうとした瞬間に『だめ』と何かが警告をする。


「やっ」


 全身を苛む痛みを押して、アリエッタはエドワードの手を振り払う。

 そして空いた手で再び掛布を掴むと、歯を食いしばって痛みに耐える。


(なに!?)


 痛みの原因は?

 婚約者のエドワードに頼ってはいけないと感じるのはなぜ?


 エドワード・ラ・ウィンソー。

 ウィンソー公爵家の嫡男で、ウィンソー公子と呼ばれるエドワードはアリエッタが生まれたときからの婚約者だった。


 父親同士が親友だからという理由で結ばれた婚約だが、当時ゼロ歳だったアリエッタはもちろん、当時三歳だったエドワードも自然と婚約者であることを受けいれ、お互いそれが当然というように育ってきた。


 その後、二人の婚約はこのアルデニア王国も無視できないものになる。


 エドワードの父ローランドが運営するウィンソー商会と、アリエッタの父セシルが運営するヴァルモント商会がこの国を余裕で揺るがせるほどの二大商会になったからだ。


 いまは仲がよいだけの商会だが、アリエッタとエドワードが結婚すればこの二つの商会は法的にも強いつながりをもつことになる。

 実際に会長の二人は、どちらかが引退を決めたら二つの商会をくっつけて『ヴァルソー商会』とし、アリエッタとエドワードの二人を会長にすると公言していた。


 ある商会が一人で力を持つことは、利益独占の懸念から社会的に歓迎されない。

 このアルデニア王国は王政なので、自らの発言権が弱まると王や王族たちが脅威に感じて排除しにかかる……のが普通だが、そんなことを実行できないスピードでローランドもセシルも自らの商会を大きくした。


 王たちにとって幸いなことに、ローランドもセシルもどちらも王位やそれに付随する権力に一切興味はなく、「王様なんて損しかしないことは性に合わない」といって憚らないほどだった。


 それどころかウィンソー公爵として王位継承権も持つローランドは「面倒を俺のところまで持ってくるなよ」と二歳年下で学院の後輩だった王太子を全面的にバックアップ。


 セシルも、「人を動かすなら権力行使よりも札束で横っ面をひっぱたいたほうが楽だからね」と最低発言を添えてローランドに全面協力し、その結果、王太子は堅牢な後ろ盾をゲットした。


 「先輩たちには頭が上がらない」と学院で後輩だった王太子がぼやいていたという報告もあるが、とにかく未来の王である王太子はアリエッタとエドワードの結婚を言祝ぐ意向を表明。

 王もそれで特に問題はなかったのでそれを支持、アルデニアの貴族の誰も何も言えない状況ができあがった。


 こうしてアリエッタとエドワードの婚約は誰も横やりを入れられない箱庭で順当に育まれ、それはアリエッタが十歳のときにセシルが馬車の事故で亡くなっても変わらなかった。


 ***


「お父様……助けて、痛い……痛いの」


 痛みのせいかアリエッタの瞳が焦点を失い、虚ろな瞳で父親を求めるアリエッタにエドワードは唇を強く噛む。

 その目はアリエッタの顔と手を交互に行き来したが、エドワードは掛布を握るアリエッタの手を取ることができずにいた。


「エド、そこを退け」

「……はい」


 エドワードはローランドの言葉に抗うことなく従い、その場を譲る。

 そして、自分の父親がアリエッタの手を握り、「アリー」と彼女の幼少期の呼び名で呼ぶ姿を昏く翳った瞳で見つめた。


「……ローランド父様?」

「ああ……そうだよ、ローランド父様だ。アリー、もう大丈夫だぞ」


 アリエッタは幼い頃、エドワードの両親を『ローランド父様』『アネット母様』と呼んで慕っていた。

 これについてはエドワードも同様で、彼もアリエッタの両親を『セシル父さん』『エレナ母さん』と呼んでいた。


(痛み止めの麻酔薬のせいで一時的に幼児退行しているのか?)


 エドワードはアリエッタの細く、骨も浮いてみえる腕に刺さった針から、そこから伸びるチューブを辿ってベッド脇に設置された薬の入った容器を見る。


「エドワード様」

「ハリー……彼女はもう大丈夫なんだな」


「出血は治まりましたので峠は越えたといえますが、いまのアリエッタ様では体力を含めていろいろと……その、不足しているようですので、普通の生活に戻るしばらく時間がかかるかと」


 王立の医療院に所属しているものの、ウィンソー家がお抱えとして雇っている女医のハリーの言葉にエドワードは頷く。

 先を考えると回復の道のりは長いが、まずは助からなければ何も始まらない。


「ご苦労だったな。隣の部屋に色々用意したから受け取ってくれ。優秀な君のことだ、用意した品の意味を理解してくれると思っている」


「分かっております」


ずっと昔に書いたものを見つけたので、改修しながら忘れないうちに投稿します。

初回は2話投稿、3話以降は毎日20時に更新する予定です。

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