召喚相手は選びましょう
けほ、と咳き込む。
つい先程どうにか鍋焼きうどんを食べ終わり、薬を飲んだ。あとは安静にしてればいいだけ。
お医者様にはあと数日は外出するなと言われたので、言われたとおりにする。
いやだって、薬は飲んだけど、これで大丈夫だひゃっほー、って気持ちで外に出て病原菌まき散らしたら……ねぇ? 流石に分別はついている。
学校だって休む羽目になったのだ。平日に病院行く以外で外をふらふらして、それを知り合いに見られたら。ずる休みだと思われるかもしれない。
ともあれ、流行がそろそろ終わりそうな時にうっかりインフルにかかった以上、家の中で大人しくするのが吉だ。
そういうわけで薬も飲んだし一眠りするか、と思って自室へ戻る。
薬で熱は下がってるけど、正直だるい。
ところで自室に戻ったら見知らぬ人がいた件。
すわ強盗か!? どうやって侵入した!? ととても焦ったけれど、そいつは半透明だった。
「……幽霊?」
「違うよ。あぁ、勝手に入ってごめんね。僕はまぁ……なんだろう。魔法使いとでも呼んでくれ」
「……おいたわしや」
「どういう反応かなそれは」
「えっ、いい年して童貞宣言されたから?」
「どうして童貞って話になるんだ!?」
「え、でも三十路になっても童貞だと魔法使いって呼ばれるってネットで見たから」
「んああ異世界ギャップ……!」
半透明のお兄さんは頭を抱えて呻いた。
ついでに違うこれでも僕は結構モテてるんだ、とか言ってたけどどうでもいい。
正直な話、突拍子もない出来事ではあるけれど俺は前にもっととんでもない体験をした事があるので半透明の人物がいきなり部屋にいたくらいでは驚かない。
「それでその童……魔法使いさんは一体どんなご用件で俺の自室に?」
「あぁ、何、大したことじゃない。顛末を伝えにきたんだ」
「顛末?」
一体何の?
心当たりがないわけではないけれど、今更どうでもいい話だ。
「僕はね、いくつかの世界を監視する役割を担っているんだけれども」
「広範域ストーカー?」
「不名誉な称号はやめてくれないかな」
にこり、と微笑んでいるがその笑みがひきつっている。ごめんね俺、思った事割と考えなしに言っちゃうから。よくデリカシーゼロって言われるんだ。
「それで、一つの世界の顛末を君に伝えにきたのさ」
「どうでもいいかな」
「そう言わずに」
「だって何か予想ついたし」
「えっ、そうなの!? もしかして君、先見の明とかそういうのあるタイプ? そうは見えないけど?」
「先見の明はないけど、でもどうせあれでしょ。異世界の話をわざわざしに来たって事は、俺が前に異世界召喚された世界の話でしょ? じゃあ大体想像つくよ」
「えぇ……そうなの? 一応話してくれるかな。違ったら訂正していくから」
面倒くさいな。
そうは思ったけれど、多分この魔法使いのお兄さんはお話が終わるまでは居座りそうな気がする。
一応薬は飲んで熱も今は下がっているし、話をするくらいならいいか……話終わったらさっさと帰ってほしいというのもある。半透明で実体がないっぽいけど、正直いつまでも居座ってもらうのも何かヤだ。
どうせ居座るならせめて美少女かセクシーなお姉さんがいい。
さて、俺は以前……二年前かな。高校一年の冬休み。よりにもよって異世界召喚されたようだ。
ようだ、というのはその時流行り始めたインフルエンザに罹った挙句、ノロまで発症して地獄を体験していたから正直あまり記憶に残っていないのだ。
トイレから出られない。上からも下からも出る。更にインフル。病院行こうにもちょっとでもトイレから離れたら身の危険を感じて中々動けなかった。熱もあるし吐き気もするしそれでなくとも下も大惨事。
神よ一体俺が何をした、と恨みたくなるレベルで大惨事だった。
そんな、期間限定トイレの守護神と化していた俺は、何が何だかわからないうちに異世界に召喚され、どうやら勇者として世界を救ってくれとか言われるところだったらしい。
いや、記憶が朧気なんで。
っていうか向こうもびっくりしたんじゃないかなぁ。
召喚した勇者になりそうな奴が高熱で意識朦朧としつつゲロ吐いてついでに下からも出てるわけだから。
むしろ呼び出した途端阿鼻叫喚。
俺も正直よく考えたら見知らぬ人の前でとんだ痴態を晒したわけだが、不可抗力だ。完全にこっちの都合を無視して召喚した向こうが悪い。
ともあれ、召喚と同時に漂う異臭に向こうの人たちは大騒ぎ。
どう見ても瀕死の状態の俺を看病して治ってから勇者として、とは思わなかったのだろう。
だってもう上からも下からも垂れ流してるもの。勇者になれるかもしれない候補であったとしても、初対面の男の吐瀉物と排泄物の世話をいきなりしろってのはさ。
病院とかならまだわかるけど、多分お城でいきなりそれができる人はいなかったんじゃないかなぁ。
冷静さが残ってたらそりゃどうにかしたとは思うけど。
そこで捨て置くとかされたら見知らぬ異世界で死ぬところだったかもしれないけれど、俺にとって運が良かったのは散々垂れ流したとはいえ、そのままにして次の勇者を呼ぶ、という事にはならなかったという事だ。
一度に呼べる人数が決められてたのかな。
生憎魔法がある世界出身じゃないので漫画やゲームで得たファンタジー知識からの推測だ。
一度に呼べる人数は決まっている。
そいつが道中死んだならともかく、生きているうちは新しい召喚はできない。
また、召喚に関わった者が召喚した相手を殺した場合、次からは召喚ができなくなる。
多分そんなところじゃないかな。
異世界召喚ってくらいだし、ある程度実現するための力ってのは必要だ。別の世界に干渉できるくらい力があるならそもそも自分の世界の困りごとくらい余裕で解決できるだろう。
恐らくは、異世界の神様的なやつの守護とかがあるはず。
で、召喚しておきながらそれを自分たちで殺す、とかしちゃうと神様だって力を貸す意味とは? となるのかもしれない。知らんけど。
そこら辺の説明はされてなかったし、仮にされても聞ける余裕はなかった。
ともあれ、何か一瞬見知らぬ景色だったな、くらいの記憶はあれど割とすぐに元の場所に戻っていたのだ。まぁちょっと座標ずれたのか、召喚された時は便器に座ってたのに戻ったらちょっとずれててトイレの床が汚れたけど。
ちなみにその後は母さんがドラッグストアで介護用紙おむつ買ってきてくれたので垂れ流す事を覚悟で装着し、病院へ行ってどうにか薬を処方されたのでインフルに関してはどうにかなった。ノロはどうしようもなかった。
正直熱が見せた幻覚かなとも思ったんだけど、そうじゃなかったんだろうなぁ。わざわざ魔法使いがこうして来るくらいだし。
そんな世界の顛末、と言われて想像できるのは一つ。
「どうせ感染したんでしょ?」
「そうだね」
「で、こっちには処方できる薬があったけど、向こうにはなかった」
「そうだね」
「インフルはただの風邪と見せかけて急速に熱が上がるし、ノロはもう胃の中のもの全部出しても……って感じだしで、大変だったんだろうね」
「そうだね」
「召喚された場所がお城っぽかったから、権力者がのきなみ感染、とはいえ感染したのはある程度時間が経過してから。気付いた時にはあの場にいた人以外にもウイルスが広まった、ってところかな」
「そうだね」
「向こうの世界に風邪薬があったとしてもインフルを治せるものではなかった。また、ノロはね……あれホント、マジでヤバイから……最悪水飲んでも吐くから。吐くものなくなっても吐くから……」
「そうだね」
「死者多数出たとかかな?」
「あぁ、うん。そうだね」
なんだ。やっぱり想像通りじゃないか。
そう思ったけど、魔法使いから追加説明がきた。
「国中に広まった病はね、人間以外にもかかったんだ」
「鳥かな? それとも豚かな?」
動物から人間に、って感じで変異してかかるようになることもあるし、異世界なら未知の謎ウイルスが突然の環境変化で変異して、ってなってもおかしくない気がする。だって異世界だし。こっちの世界の常識通用するかわからんし。
「病気にかかったと知らぬ間に家畜を食料として流通させて、そこから更に病気が媒介されて……世界人口の九割が滅亡。生き残ったのは世界を脅威に叩き込もうとしていた魔王一軍――魔族たちだけ」
「魔王倒すはずの勇者がとんでもなく魔王アシストしちゃったねぇ」
「そうだよ」
「でも不可抗力だよ」
だって俺だって好きでインフルに罹った挙句ノロになったわけじゃないもん。というか、インフルは百歩譲ってまだいいけど、ノロはもう金輪際かかりたくない。あれはお手軽地獄体験キットだ。キットって言葉もどうかと思う。
「ちなみにその魔族たちなんだけど、人間がきれいに滅亡しちゃった後仲間割れ起こしてほぼ自滅」
「なんで」
「人間を奴隷として使役するつもりだったみたい。純粋に力はあっても数が少ない魔族たちにはマンパワーが足りず、農業畜産漁業といった産業はおろか、鉱山から資源を取り出しての加工だとかも数が足りずにできずじまい。優先順位を決めるにしても、圧倒的人口不足で」
「へぇ……魔法でなんでもできるわけじゃないんだ」
「そりゃそうさ。できたらそもそもとっくになんとかしてる」
食料は大事だけど、魔族たちが何を食べるかにもよるよなぁ。
農業はすぐに作物が育つわけじゃないし、狩猟で狩りをするにしても限度はある。漁業もなぁ……適当に海で網で魚獲るにしたってちゃんと魚がいる場所でやらないとなぁ……
向こうで使われてるエネルギーが何か、ってのは知らないけど、木を切る仕事だとか……は魔族からすれば余裕かもしれない。でもそういった生産系が全部どうにかなるわけじゃないだろうし、サービス系の産業は後回しになるしかない。そもそも生き残った魔族の数が一体どれくらいなのかも知らない。
人間の残した町とかをしばらく使うにしても、建物だって壊れたら直すなり新しく建てるなりしないといけない。けれど、家を建てるのってちゃんとしたやつになればなるほど個人では無理では?
無人島生活バラエティでやってる小屋ならまだどうにかなりそうだけど。
何をするにも途端に文明から遠ざかって不便になったせいで、精神的な余裕を失って些細な事で仲間割れ。結果としてお互いがお互いを潰しあい最後には魔族も滅んだ、と。
「驚いたよ。ほんの一瞬召喚されただけの人間一人に世界を滅ぼす力があったんだから」
「たまたま感染力の強い病気にかかってたからであって、俺のせいじゃないよねそれ」
召喚するにしても相手先にお伺い立てろよって思うし。
そう呟けば魔法使いは腹を抱えて笑った。
というかだ。
「向こうの世界の病原菌とか俺もらってきてないよな? 発症までに数年単位とかで無自覚のまま保菌者になってたら困るんだけど」
向こうがこっちの病気に罹ったんだから、無いとは言えない。
「あぁ、大丈夫。あの時点で何かに感染しかけたとしても、君が罹ってた病気の方が強くて多分負けてる」
まるっと信用できないけど、一応信じる事にする。
「最近異世界の観察をしててもどこもかしこも似たような状況で飽き飽きしていたけれど。
まさか人類だけがきれいさっぱり滅んで動植物だけの世界になるなんて予想してすらいなかったよ。あの世界がこれからどうなるかを見守るのがとても楽しみだ」
「へー」
「さて、面白いものを見せてくれたお礼に魔法使いのおにいさんが何か一つ願い事を叶えてあげよう。何がいい?」
「何でも叶いますか?」
「何でもは難しいかな。一時的に運が上がるとか、一時的に身体能力を上げるとかならできるよ」
一時的かよ……そこは永続って言おうぜ。
でも、下手に力を強化されて戻らないまま触れるもの全てを破壊するような男になったら困るな。
今考えます、と言って数秒考える。
あ、うん。一時的強化なのが残念だけど。強化できるならぜひ強化してほしい部分がある。
「それじゃ、腸内フローラのあたりを強化してください」
胃弱なせいでよく風邪ひくし、一時的であっても是非強化したい。
「ちょう、フロ……うん?」
だがしかし魔法使いのお兄さんは悲しい事に腸内フローラをご存じではなかった。おぉ魔法使いよ、何と嘆かわしい!
仕方ないので家庭の医学書引っ張り出して人体のあれこれを説明する事になった。
病み上がりにやる事じゃない。
ちなみに一時間後、どうにか理解した魔法使いのおにいさんによりかけられた強化魔法とやらで本当に腸内フローラが強化されたかは定かではないが、インフル完治した後、俺はなんと毎年季節の変わり目に必ず風邪をひいていたというのに実に十年ほどは風邪知らずであった。
腕力とか強化されなくて良かったんじゃないかな。十年ゴリラはきつい。
とりあえずこれが、俺が異世界に召喚された後の顛末である。