リサーチ
さて、フォーミュラドラゴンの説明をちらちらと。
十八の神龍を書くのは厳しいのでとりあえず上位4名だけになっています。
松本零士先生の訃報が……(涙)
6.リサーチ
次の日、俺たちはギルドの食堂でいつものように待機していた冒険者チーム『ユーエス』のニホさんに会いに行った。
「ええと、ニホさんがエフドラに詳しいとリンから聞きまして、色々とお話を聴かせて頂きたく……」
「ええ、多分セチトの街では私ほどフォーミュラドラゴンに詳しい人間はいないでしょうね。それじゃあちょっと歩こうか」
そう言って食堂の席を立ったニホさんの後ろをついて歩く俺たち。歩くと言っても二百メートル程だった。そこはギルドの運営するセチトの街の図書館。
大きな板張りの木造の箱に赤い大きな三角屋根がついた図書館。ギルドの建物もそうだけど、西部劇っぽさと共に日本の田舎の廃校した学校のような風味も感じる。
この世界ではそれなりに紙は流通しているが(質はなんともだが)、多量に印刷する技術はないらしく、大半の書物はこの図書館で読むか貸出を使う形となっているらしい。横には学校と託児所の建物も併設されている。ニホさんは図書館のドアを開けるとカウンターの犬の獣人の司書に手を振り、静かに読書している人々に構わずホールの中をズカズカと進んで、ひとつのドアの鍵を開けた。
「はい、ここがセチト自慢のフォーミュラドラゴン資料室、兼、私の書斎」
中に入ると20畳くらいの部屋にずらりと書物が並んでいる。奥には使い込まれた木の机。そして……
「ジェダイトさんだ……絵?いや写真か?」
壁には過去のエフドラのものらしい写真が額に飾ってずらりと置かれていた。大勢の観客らしき人々をバックにジェダイトさんが腕を組んで仁王立ちしている。横を見るとジェダイトさん本人もドヤ顔で同じポーズを取っていた。写真のジェダイトさんの横にいるエルフが前のジェダイトさんの相棒というアグレスさんかな?
金髪碧眼で少し顎髭を伸ばした美形になぜか腹が立つ俺である。
「写真っていうのはよくわからないけど、念写魔法紙ね。こういう……」
そう言うとニホさんは奥の使い込まれた机に行き、その上に紙を置いてなにかの液を塗り、両手をかざした。すると紙に塗った液の一部が濃い茶色に変色していき、古いセピア色の写真のように俺とジェダイトさんとリンの姿が浮き出て来た。
「うわっ、凄い魔法ですね」
「サワーミの街の近くの海にいるコウクラーケンっていう魔物の体液に、ある特別な魔法をかけると見たものの絵が浮き出て来るの。ダークエルフでもほんの一部しか出来ない秘術ね。使える魔法使いが多くいれば本も沢山作れるのだけど」
こういう魔法を待っているからギルドの手伝いのために図書館に部屋を持っているのだというニホさん(エフドラの資料は八割方趣味らしいのだけど)。こんな写真家のような能力があれば冒険者なんかしなくてもいいように思える。俺は素直に聞いてみた。
「ニホさんって、こんな凄い魔法が使えてなんで冒険者やってるんですか?」
「私の眼は遠くで倒れた誰かを助ける力もあるからね、シュータ君みたいな。まあ、本当は退屈だったからだけど。昔のダークエルフはエルフと喧嘩して長い時を過ごしたらしいけど、ダークエルフもエルフも同じ街に住むようになってからはそんなコトもないし。長命種はねぇ、退屈なのよ……シュータ君も一日が十倍になったら暇でしょ」
そう言われるとそんな気もする。長命種っていうのも大変なのだな。ニホさんの正確な歳は知らないけれど。こっちの世界では色々と歳は聞かないほうがいいのは良くわかってきた。
「それにしても、なんだか神様のみなさん、変わった服を着てますねぇ……」
正直言うと変わった服ではない。壁に飾られた念写魔法紙に写っている神様らしき、凄まじい美少女の皆さんは皆、俺の世界で見慣れたレーシングスーツを着ているのだ。
「あぁ、フォーミュラドラゴンはレースでもあるけど、十八の街全部のお祭りだからね。神様がドラゴンに成ってない時は、街の名前と共に商店やギルドの名前を体中に沢山つけられるこの服を着てもらっているの。どこの街の神様かすぐわかるように神様の髪の色に近い色の服。あれみたいな」
そう言ってニホさんは天井を指さした。そこには緑色ベースにシルバーのラインが入り、セチトの街でみかけた看板のようなワッペンがずらりと張られたレーシングスーツが飾られていた。胸には大きくセチトと……街の名前とシュータって名前の文字だけは覚えたのだ。
俺の世界のドラゴン……じゃなくドリフトで有名な人のレーシングスーツに似ている気がしないでもない。でもドラゴンになったら意味ないのだろうけど。
「これは去年のウチの街の神様の衣装。トラガラ衣料店が仕上げた特別製ね」
トラガラ衣料店とは俺が飛行服を買わされた店だった。そりゃ店員のオバチャンと仲が良いワケだ、ジェダイトさん。
「まあ、街の店の宣伝くらいは手伝わないと。なにせ吾輩の街だから。昔よりも恥ずかしくない衣装になったし」
「恥ずかしい?」
「……」
横で大人しく話を聴いていたリンがカニのように壁に沿って横移動して、一枚の念写魔法紙を指さした。
「リン、やめろ、それはやめて!」
「ほお……」
そこに写っていたのはハイレグ水着のような衣装に、街や店の名前の入った傘を持って恥ずかしそうに立っているジェダイトさんだった。これは俺も口元が緩む。思っていたよりも案外とスレンダーな……
「へ、変態ドラゴンマニアめ!そんな顔をすると思っていたわ!!」
「痛っ!」
ジェダイトさんの強烈な右ローキックが俺の左足のふくらはぎに入った。たまらず床に倒れ、ふくらはぎを押さえて転げまわる俺。昔、自衛隊の教育訓練で、少林寺拳法で鳴らした教官に蹴られた時並みに痛い。超痛い。俺は転がりながらその教官に教わった特殊な呼吸法をして痛みを抑えようとした。
「お前のような輩がいたから今の衣装に変わったのじゃ」
いや、個人的にはレーシングスーツの女の子もかなり好きなのだけど……それにしても痛い。明日は飛行訓練を止めて、ジェダイトさんの特訓のコーチだけしよう。
「それで、ジェダイトさんのライバルや、過去のコースについて知りたいのですが」
小一時間程経って、少し落ち着いた俺はニホさんが座る机の前に置かれた椅子に座らせてもらい、リンに真っ赤に張れた左ふくらはぎを水桶で濡らしたタオルで冷やしてもらっていた。そんな情けない姿だが、ニホさんにさらに質問をする。ジェタイトさんはそっぽを向いて、鳴らない口笛を吹いている。
「ライバルの話は神様のほうが詳しい気もするけれど。まずは去年の2位、ニュバルの街にいるエメラルドの神様ね。同じ緑系の竜だけど、風の魔法が強くてスピードに乗るのが上手いわ。そして喧嘩するほど仲がいい……」
そう言うとニホさんが大きめの念写魔法紙を差し出した。去年の集合写真みたいなものらしい。エメラルドの神様はジェタイトさんに似ている美少女だが、少し知性が上のようにも見える。長い髪とスーツの色はジェタイトさんよりも水色に近い緑色だという。
「吾輩、あやつとは別に仲良くないもん!」
ニホさんの言葉にややキレ気味で返すジェタイトさん。リンが俺に耳打ちする。
「本当は十八の神様で一番仲がいいふたり」
「次は去年のフォーミュラドラゴンで優勝したハナの街にいるルビーの神様ね。炎の魔法が得意で風の魔法はそれほど上手くないのだけど、基本の体力と魔法力がダントツなの。とにかく元気」
念写魔法紙に写っている小柄だが、見た目から元気そうなルビーの神様はショートカットで少し色黒に見えなくもない。髪の色はリンと同じくらいの赤毛だそうだ。
「こっちは去年の3位、マツコの街にいるアパタイトの神様。豪快な性格だけど、実は繊細なコース取りで無駄なく飛ぶわ。数年前まではずっと1位を独占していたの」
ウェーブのかかった青髪の神様だそうだ。念写魔法紙で見るとツリ目でちょっと怒ってそうなので、かなり悔しいようだ。八重歯が目立っている。
「こちらが4位のリハクの街にいるカーネリアンの神様。もの静かな神様だけど、羽のコントロールが上手くて小技が上手いの。毎年、中盤にテクニカルなコースが出て来るので、そこでは凄く速いの」
ツインテールの髪はオレンジ色だという。小柄でちょっと何考えているかわからない表情だ。というか、明らかに視線が他の神様たちと違う方向を見ている。
「で、5位がウチの街の神様。知っていると思うけど全体的な魔法の技術は一番。ただし、最近のフォーミュラドラゴンは特に後半、高速なコース設定になっているコトが多いので、トップスピードが弱いからそこで風の魔法力が強いエメラルドの神様や体力番長のルビーの神様に抜かれちゃうのよね……」
「ぐぬぬ。だからドロップして来たシュータの力が必要なのじゃ」
それでも5位だから凄いと思うけどな。ちなみにもう一枚集合写真みたいな念写魔法紙があって、そちらはドラゴンの姿でのものだった。比較になる観客たちと比べると超ド迫力。アパタイトの神様はドラゴンになると八重歯が長く伸びていてなんだか可愛い。目は怒っているけど。
「で、こっちが過去五年くらいのコース図ね。スタートの位置が変わっているけど、だいたいの作りの意図は変わらないわ。細かい部分はもちろん違うけど」
同じ大きさの地図が5枚。街の位置に丸い印がついていて、それを繋げて回る……だけでなく、色々な直線・曲線が描かれていた。各街の距離は人が歩いて二週間程というので元の世界の感覚だと300~400km前後ぐらいだと思うのだが、最高時速600km/h以上で飛ぶドラゴンは一往復半とか、各街近くの観光名所を巡ったりとかで、一日三時間は飛ぶレースをするという。一日1,500kmとしても十八の街を周ると27,000km。神様たちも大変なのである。
地図の曲線を見るとだいたいのコースの意図がわかる。特に中盤はテクニカルな小回りが多く、後半は直線の最高速争いになりそうだ。中盤で振り落されそうでちょっと怖くなる。
「神様は案外と本能で速く飛ぼうとしちゃうから、ドラゴンドライバーはコースと神様の体調と体力をちゃんと考えて基本は抑える役になるの。あとは神様毎の特性をうまく使って行くコト。あと、体力温存と風の魔法を上手く使いこなすために他の神様を上手く風除けに使ったりね。レースになると本当に神様たちは前へ前へと言っちゃうから。特に……」
そういうとニホさんはジェダイトさんのほうを向く。どうやら色々とやらかしているようだ。
「吾輩は悪くないもん。近年、最後にタレたのは全てアグレスのせいじゃから!」
ジェダイトさんはそう言うが、ニホさんだけじゃなくリンまでジト目でジェダイトさんを見ているので、やはり色々とあったのだろう。ちょっと美形に嫉妬したが、前のドライバーであるアグレスさんも苦労したに違いない。ジェダイトさんは街のためを思う気持ちのある立派な神様ではあるのだろうが、なんとなく素直じゃないし、ややワガママなお調子者だと思うのだ。いや、絶世の美少女ではあるのだが。
でも、何かにつけて変態ドラゴンマニア扱いするのはやめて欲しい。
「こんな感じかな。まあ、何か疑問があればまた聞きにくるといいよ。ただしコース図が発表になった後はフォーミュラドラゴン規定で関係者扱いとなるので、私は何も話せなくなるからそれまでにね」
そう言って笑いながらニホさんはさっき撮った(?) 俺たち三人が写った念写魔法紙をくれた。そして頑張ってと、手を握りつつじっと俺を見た。ええと、ダークエルフだからニホさんもやたらと美人で、赤いフレームの眼鏡のレンズ越しに見える金色の大きな瞳も美しく、そしていつもの青い作業服越しにも良くわかる素晴らしいボ……。
視線を少しだけ下にした瞬間、今度は俺の右足のふくらはぎに強烈な痛みが襲った。痛みで悶絶し、両足とも動かせなくなった俺は、ニホさんが呼んできた『ユーエス』男性陣に家まで担架で運ばれた。リーダーのメイワさんがヒーリング魔法を使おうとしたが、なぜかジェダイトさんとリンがそれを制止した……後でリンがまたタオルで冷やしてくれはしたが。
晩飯は鶏の足を塩と胡椒と謎のスパイス数種で焼いたものとサラダだった。鶏の足を食べたら俺の足の治りも早くなるのだろうか?あの大手チェーンとか基地の街にあった鳥のマークのコンビニで作っている鶏くらい美味しかったけど。リンさん凄い。
とにかく俺は三日程ベッドで過ごすコトになった。いや、ベッドじゃなく硬めのソファーだった。早くソファーベッドを自作しないと……
ドラゴンの速度を速くした分、街と街の距離が難しくなりました。
一日30分のレースでは楽しめないので、色々と寄り道するレースとなります。
ドラゴンラリー選手権にしたほうが良かったかなぁ……