エンジン
遅くなりました。
今回は説明回ですね。でもエンジンの構造なんて詳しくないので、間違っていたら教えてください。
好きな飛行機はT-2CCVです。岐阜かかみがはら航空宇宙博物館に見に行きました。
4.エンジン
「なんじゃその古いジョッキは!」
沼の近くで木の切り株に俺が並べたのはギルドの食堂に頼んで貰ったエールを飲むための木製の樽型ジョッキだった。貰ってきたというか、新品を渡して交換してもらったのだが。数は10個くらい。だってこれから壊すのに新品は勿体ないからな。食堂の皆さんも喜んでいたし、新品のジョッキは俺専用にしてくれた。
リンがギルドの倉庫から借りて着た袋に詰めてココまで持ってきたのだけど、さすがに現役空自の……整備員だった俺にもちょっとキツイ仕事だった。リンやジェタイトさんに持たすのもなんだか気が引けたし。なんでも入り、重さも感じないアレな魔法の袋はこの世界にはないらしい。
「まずはジェダイトさんにこのジョッキを魔法で飛ばしてもらいます」
「ジョッキを飛ばす?」
「魔法でこのジョッキを空に飛ばすんですよ」
「まてまて、いかに吾輩でもジョッキを空に飛ばす魔法は無理じゃぞ」
「火の魔法でジョッキの中を爆発させるのは無理ですか?」
「そのままじゃ無理だな。ジョッキに空気の入り口がないと。爆発は空気と火の魔法の合わせ技なので空気の入り口が必要なのじゃ」
俺は適当な石を拾ってきてコンロの五徳のように隙間を作って並べ、その上に水平になるようにジョッキを置いた。
「これで空気が入ると思います。ジョッキを壊さないように中で爆発させて下さい」
そう言うと俺とジェダイトさんとリンはそのジョッキから50m程距離をとった。
「ここからか。よし、こうじゃ」
『ボン!』
ジョッキは空を飛んだ……いや、正確にはジョッキの底だけが上に飛んで、鉄枠2つで固定されていた木は鉄枠と共に弾け飛んだ。
「ちょっと強すぎですね、次は壊れないようにもっと丁寧に」
「丁寧にじゃと、吾輩は音より速く飛ぶ方法が知りたいんじゃ」
「この程度出来ないと音なんてまだまだ。でもジョッキの底は空に飛んだじゃないですか」
「言われてみれば飛ぶと言えば飛んだのう……」
「とりあえずもう一回、半分くらいの力で」
俺はジョッキをセットしなおして、またそこから離れた。
「こうか?」
『ポン!』
やや気の抜けた音で内部が爆発したジョッキは10m程飛んで芝生に落ちた。
「やれば出来るじゃないですか、ジェダイトさん」
俺は手をパチパチとたたいた。リンも俺の横でマネして手を叩く。
「なんか吾輩をバカにしてないか?」
「いえいえ。ではジョッキが浮いた時にさらに中で爆発させるコトは出来ますか?」
「無理じゃな、最初の爆発の勢いが消えてガスが抜けてから風の魔法で空気を充填し直さないと綺麗に爆発させぬとならぬ。その間に落ちるだろう。空気の入り口が必要じゃ」
「ジェダイトさん、案外と頭が良いのですね」
「舐めるな。吾輩は、竜は人間やエルフよりも賢いのじゃ」
腕を組んでドヤ顔するジェダイトさん。この顔も可愛いな。いやそうじゃない……。
「本当は連続で爆発させると一番速く出来るかもなんですが、それは諦めて次の手を使います。ちょっと準備していますから、ジェダイトさんは爆発じゃなく爆炎でジョッキを上に飛ばす練習をして下さい」
「爆発も爆炎も違う…いや、爆発は瞬間で爆炎は時間も、吾輩なら方向も……」
『ポ~ン』
「みろみろ、綺麗に飛んだぞ、吾輩のコントロールの素晴らしさ!」
飲み口から煙を吐きながら飛んだジョッキを指さすジェダイトさん。俺は軽く拍手しつつ、自分の工具箱から持ってきた片方がバール(くぎ抜き)になっているハンマーでジョッキの底を撃ち抜く作業を続けた。
「じゃあ、次にコレで」
俺は底を抜いたジョッキを例の五徳の上に置いた。木製の樽型ジョッキは丸みが大きく作りが良くて、底を抜いても樽の形をしっかり維持していた。一応、枠は上下に叩いてゆるみがないのを確認したが。
「底が抜けているのは難しいですか?」
「それはそうじゃろ。爆発力が上に抜けてしまうからなぁ」
「爆炎を調節して、内側から樽の丸みに引っかけて飛ばせないでしょうか」
「まあ、やってはみるがな……下に向けて炎の渦を伸ばす感じか」
そう言うとジェダイトさんは難し気な顔をして樽に念を送った。ジョッキは少し浮いたが、下部が燃え、枠から外れて鉄の輪と薪になった。
「これは吾輩でも難しいぞ。空気は上から入るから爆炎は続けられるのじゃがな」
「それが重要なんですよ。ええと、浮かす爆炎の分だけつかう空気を入れつつ空気のフタを作れませんかね」
「さすがの吾輩でも難題すぎるが……少しやってみるか」
そして、リンが作った昼飯(美味しいサンドイッチと肉巻きベーコンだった)を食べた後も俺は底の抜けたジョッキを作り、ジェダイトさんはずっと底の抜けた樽を爆炎で飛ばす特訓を真面目に続けた。まあ、あまりジョッキの動きに変化はなかったが。目標があるとちゃんと仕事する神様だな、ジェダイトさん。
家に戻ってリンの作った晩飯(クリームシチューとおいしい黒パン)を食べ終わると座学を開始した。
「今日はシュータに従ったが、あんな訓練で吾輩が音を越えて飛べるのか?」
「多分。解決しなきゃならないコトは多々ありますが、必要な訓練です。でもまあ、仕組みの一部を体感してもらうのが今日の訓練です」
そう言って俺は、リンに頼んでギルドから分けてもらった紙に、作業箱に入っていたマジックで簡略化したジェットエンジンのカット図を描いた。
「シュータさん、絵がお上手ですね」
「自分、昔はこれで賞もらったんだよ。ああ、もしやこっちなら神絵師に……」
「で、この絵がどうした」
「自分の世界の速さのためのいろいろな装置の大半に必要な仕組みが『吸気』『圧縮』『燃焼』『排気』というサイクルです。これを繰り返して力とします。吸気が燃やす空気の取り入れ、圧縮はその空気を縮めて小さくする、燃焼は圧縮した空気を燃やして多量の燃焼ガスを発生し、排気はその燃焼ガスを捨てて、その勢いの反動で前に進むのです」
そういうと描いたジェットエンジンの絵に『吸気』『圧縮』『燃焼』『排気』とリンに書いてもらう。こっちの言葉は分かっても字はわかんないんだよ俺。
「なるほど、そう言われると確かに吾輩が風と火の魔法で爆炎を作るイメージに似ているかもしれぬ。それでこのいっぱいある尖がりは何だ?」
「これはタービンといって尖がりは横から見た絵……まあ……ええと風車ですね。これを後ろの排気の力で回して、空気を吸って、圧縮するのです」
「ほう、無駄がないな。それにしても風車とは案外古風な機械じゃのう」
これがどれ程の精度で作られているかはわかるまい。まあいいや。
「とにかくこのジェットエンジンという物を機体につけて、多量の空気…その中の酸素を圧縮して、一気に燃焼、それを続けて反力で音の速さを越えているんです、自分の世界では」
そう言うと、俺は次の紙にF-1戦闘機の飛んでいる姿を描いた。
「随分と尖がった竜じゃな。機械の竜か。ショボイ羽じゃ」
「音より速く飛ぶと衝撃波と言って、もの凄い力が発生するのです。多分、ジェダイトさんの頑丈な体でもバラバラになるくらいの。それで尖がって衝撃波を受け流す形になっているんです。あと、ジェットエンジンの力が強いのでこんな羽でも飛ぶんです」
「吾輩がバラバラ?そんなに柔じゃないぞ。まあ、でもずっと音より速く飛び続けるには工夫がいるのは理解した」
「実際に耐えられるかは試せないので、音や風や力のようなものから体を守る方法を考えておいた方が良いと思います」
「うむ、結界と風の魔法を組み合わせればなんとかなるかもしれぬ。同時に使う魔法の数が多くて、これは色々と修行せねばならぬのう」
「ジェットエンジンの仕組みを魔法で作るとしても、全てそれを使うのは難しいかもしれませんね。普通の飛び方である程度の順位を保ちつつ、どこかで使う作戦も考えましょう」
「そうじゃな。リン、今年のコース図も公開はやはりまだまだ後か?」
「多分、来週のギルドの集まりがレース半年前なのでそれで決定すると思いますが、それまでは神様にも教えられないでしょう」
「え、エフドラって一年後じゃないの?」
「毎年十の月って……私、話していませんでしたっけ?」
「聞いたっけ?とりあえずギルドに昔のコース図とかエフドラの資料ってあるかな?」
「それはもちろん。過去の資料はいくらでも閲覧可能ですし……いや、うーん、まあいいですか……『ユーエス』のニホさんがエフドラマニアなので相談してはどうでしょうか?」
なぜかリンがそう言いつつも納得いかないような顔で言う。ジェダイトさんもそんな顔だ。
「ニホさんが?」
「『ユーエス』の皆さんは今年のエフドラも手伝っていただきますが、ニホさん、最近はずっとエフドラのリポーターなんです。神様たちのレースを一番良く観られるのはニホさんの目ですから」
なるほど、抑えなきゃならない程の特別な視力を持つニホさんには、エフドラのリポーターは最適の仕事かもしれない。そんな仕事やっていれば知識も間違いないだろう。
「それじゃ明日にでもニホさんに頼みに行くか」
「いや、明日はシュータにやってもらうコトがあるのじゃ」
ジェダイトさんがニヤニヤしながら言う。
「なんですか、自分がやるコトって」
「まず、吾輩の今の速さを体験してもらいたい」
「今の速さ?」
「これまでの話から考えるに、基本は普通の飛び方になるのじゃろう?そのためには吾輩の飛び方を知る必要があるのではないか?」
「それは確かに……でも、体験ってのは?」
「吾輩の背に乗ってちょっとそこらを回るだけじゃ」
「背に乗って?それって危なくないのですか?」
「お前、落ちて来た時に『いいもの』で体を縛っていたろう」
「縛っていたって、あっ、フルハーネス安全帯……」
「吾輩の背につけられそうな金具がふたつも付いていたからな。あれなら最悪、落ちるコトはないじゃろうて」
まあ、それ付けても墜落して落ちて来たんですけどね、この世界に。
「リン、明日は昼も夜も暖かい御馳走を頼むぞ、なにせ冷えるからな。スープじゃ」
「はい!」
「冷えるってどういう……」
「落ちないように結界は張ってやるが、空は冷えるから吾輩の身体も冷たくなるのじゃ。だから飛べるように防寒の飛行服を買わせたのじゃろが」
そりゃ上空は寒いだろうけど、あの服、俺の飛行服だったの?いや、パイロットも昔の夢だったけど……
どうやら明日は俺の修行がメインの日になるらしい。俺はその夜、毛布のきれっぱしをハサミで切って、安全半長靴の中敷きを作った。
当方札幌は雪まつり開催中、まだまだ寒いです。
寒い時に寒い話は書きたくないですが、次回は寒い話を書かねばならないのです(笑)