第142話「そうですもん!」
「違ってたらごめんなんだけど。なんとなく、優香が食べたそうにしてるような気がしたからさ」
「べ、別にそんな物欲しげな目なんてしてませんもん!」
「そ、そうか? だったらごめん。俺の勘違いだったみたいだ」
「そうですもん!」
「お、おう」
だけど、そういう割には動揺しているような?
妙に早口だし、声のトーンが高いし、『してませんもん』とか『そうですもん』とか変な日本語になっちゃっているし。
これはこれでお茶目で可愛いんだけど。
でもそれをイジるのは、美味しいタルトのおかげですごく良かった雰囲気を悪くしちゃうだけだよな。
そもそも俺、あんまりイジリって好きじゃないし。
あと『物欲しげ』とまでは言ってないからな?
女の子にそんなことを言っちゃうのは非紳士的行為だって
俺は優香の視線はいつもと変わらないということにして、自分のストロベリータルトを食べることを再開する。
タルト生地の一番外側の、山になって少し硬くなった耳のところに、フォークでザクっと切り目を入れる。
この感触、地味に気持ちいいよな。
タルトは真ん中の柔らかい部分だけを食べるのと、外側の硬くなった耳の部分と一緒に食べるのとで2種類の楽しみができる、ギミック搭載型のスイーツだと俺は思っている。
さてと、ここまで大事に残しておいたタルトの耳をいただくとするか。
「……(ジーっ)」
「えっと、ジーっと見つめられると、食べにくいんだけど……」
「じ、ジーっとなんて見てないよ? そ、蒼太くんの気のせいでしょ?」
「そうか……?」
俺は気を取り直して、先ほど切り分けたストロベリータルトにフォークを刺した。
「…………(ジーっ)」
あ、明らかに見ているよな?
口数もめっきり少なくなったし。
なんとも食べにくいな……。
「もし良かったら、こっちのタルトも食べるか? 甘酸っぱくてジューシーな苺がすごく美味しいんだ」
優香の放つ無言のプレッシャーに負けた俺は、再びおずおずと切り出した。
「ううん、私はいいってば」
けれど食べたそうにしているにもかかわらず、優香は俺の提案を固辞してくる。
だけど視線が全てを物語っているんだよなぁ――ストロベリータルトを食べたい、ってさ。
なにせ俺は『察しのいい男』紺野蒼太。
女の子の気持ちには、極めて敏感なのであるからして。
だから俺は少しだけ言い方を変えてみることにした。
「実は、俺が優香に食べて欲しいんだよ」
「えっと、蒼太くんが? どういうこと?」
優香が小首をかしげる。
「このストロベリータルトの美味しさを、優香にも味わってもらたいんだ。そうでなきゃ俺が悔しいんだよ。この美味しさを優香と共有したいから」
普段の優香なら、これくらいの言葉じゃ遠慮をしたままだっただろう。
だけど今日に限っては、食べたい欲望に天秤が傾いたようだった。
「そ、そう? そこまで言ってくれるなら、ちょっとだけ食べちゃおうかな?」
「おうよ、ぜひ食べてくれ。マジ本当に美味しいからさ」
「じゃあお言葉に甘えて、頂きます♪」
タルトの載ったお皿を優香の方に差し出すと、さっき俺が切り分けた部分を優香がフォークでそっと差した。
そのまま口に運んで、美味しそうにタルトを食べる。
「な、美味しいだろ?」
優香がじっくりと味わいながら食べ終えるのを待ってから俺が尋ねると、
「はふぅん、ストロベリーの酸味が、甘みをグッと引き立ててくるよぉ。もうすっごくすっごく美味しい~~」
優香はそれはもういい笑顔をしながら、何度もうんうんと頷いた。
その後もタルトの感想を語りあったり、俺が寝ないように必死に頑張った話をしたりして盛り上がり――。
クラシックコンサートでひたすら睡魔と戦っていた時とは違って、時間は流れるように過ぎていった。
演奏の途中で寝てしまったけど、終わり良ければ全て良し。
俺と優香はとてもいい雰囲気で、クラシックコンサートデートを終えたのだった。
ちなみに2人で出し合って、美月ちゃんのお土産にフルーツタルトを買ってあげた。




