第117話 ねむねむ優香
場の空気をキンキンに冷えきらせてしまった俺の氷河期ギャグはさておき。
その後も修学旅行の話は実に盛り上がって、
「それでね、その時に菜々花ちゃんってば――」
「古賀さんってそんな感じの子なんだ。ちょっと意外かも」
「でしょでしょ? もうすっごく乙女なんだから」
などとあれこれ楽しく話している内に話は弾みに弾んで、さらに話題は今日終わった中間テストの話へと変わっていった。
テストの話というか、いわゆる答え合わせをしたんだけど。
「よし、これも合ってるっぽい」
「蒼太くん、いい感じだね」
「数学の基礎問題は、ほぼほぼできてる感じだな」
優香の答えと俺の答えは、いくつかの応用問題を除いて、おおむねほとんど同じだった。
「あああと、最後の応用問題なんだけどさ。問4の4、あの図形問題って優花は解けたか?」
言いながら、俺は数学の問題用紙の最後の問題を指し示した。
解法のとっかかりすら見つからなくて、諦めて解答放棄した問題だ。
(できる問題に時間を使って、できない問題はある程度諦めるのは、テストという点取りゲームの基本テクニックだ)
「これはね、1年生で習ったところの復習も兼ねた応用問題なの。補助線をここに引いたら、この大きな三角形の垂心を出せるでしょ?」
「あ、そっか。ってことは重心がここだから――」
「そうそう。後は基本通りの定理を使った解き方に当てはめればいいだけなの」
「そういうことか~。教えてもらうと『なんだそんな事か』って思うんだけどなぁ」
しかし実際に解くとなると、これがなかなか難しい。
三角形と円の問題だったから、多分どこかに補助線を引くんだろうなとは思ったものの。
それが簡単に分かったら、テストはみんな満点なわけで。
「でも他のところはほとんど合ってるから、結構いい点いくんじゃないかな?」
「実は俺もそう思ってるんだよな。今回は結構手応えがあったからさ」
そして優香と答え合わせをしたことで、それはあいまいな手応えから、強い確信へと変わっていた。
これは過去一でいい点が期待できそうだぞ?
テストの話がひと段落したところで、
「はふ……」
優香が小さくあくびをした。
ちゃんと手を口元に当てて見えないようにしているのが、女の子らしくて可愛いな。
でもその目は少し赤くなっていて、かなり眠たそうに見える。
「そろそろ寝るにはいい時間だな」
部屋の壁掛け時計に視線を向けると、既に日付けが変わろうかという時間だった。
「結構長いことお話しちゃったね」
「修学旅行みたいで楽しくて、つい話し込んじゃったな」
「私もすっごく楽しかったよ♪」
「じゃあ、そろそろ寝るか」
「うん」
優香が布団に入るのを待ってから、俺は部屋の明かりを消した。
真っ暗になったことで主感覚が視覚から聴覚に移ったからか、今まで意識の外にあった雨の音が、急に耳に入ってくる。
天気予報だと明日の明け方には上がるって話で、一時と比べれば雨の勢いはかなり弱まっている。
それでもまだまだかなりの雨量で降り続いているみたいだった。
ま、それも寝ている間の話だ。
文字通り、果報は寝て待とう。
「何かあったら遠慮なく起こしてくれていいからな」
「何かあったら遠慮なくそうさせてもらうね」
「おやすみ、優香」
「おやすみなさい、蒼太くん。いい夢を」
こうして、テスト最終日に緊急避難からの突発お泊まりイベントをするという怒涛の一日を終えた俺達は、ようやっと安らかな眠りについた――はずだったのだが。




