20. 4日目 買い物
□■□
「幻影魔法―――道化師の戯れ」
彼女が眠っている今、私自ら彼女について調べていく必要がある。ここまで人間に恨みを抱えるにはそれ相応の理由があるはずだ。そして、それは此処で始まった可能性が高い。
「結局何を生業としていた場所なんだ?」
一日が経ち、黒焦げになった建物に私は再び足を運んだ。裏町の住民達はすでにこの光景に順応したようで尽く素通りしていく。私はその中の一人を捕まえる。
「すまない。ここにあった建物が何だったかを教えてもらえないだろうか?」
「あっ?なんだテメェ……奴隷を買いに来たんだったら遅かったな。すでにあいつ等は別の場所に店を移したみたいだぞ」
「奴隷……」
「オメェ、買い付けを頼まれたんじゃねぇのか?見たところ商人に見えるが―――」
「あ、あぁ実は依頼主の方から一人買ってくるよう言われたのだが……来てみたらこの有り様でね。もしここの元店主がどこに行ったのか知っているなら教えてもらえると助かる」
そうか………此処は奴隷商の店だったのか。―――本当にあるのだな。奴隷の売買が、人身売買が、この国にも。知識としては知ってはいたが、実際には知らなかったな。ここまで身近なモノだったのか。
多くの貴族が奴隷を所有していると聞くが、奴隷の王宮内への立ち入りは禁止されているから見たことがなかった。父や兄上達も所有しているのだろうか…?
「一人って…なぁ、オメェは奴隷を人として認識しているのか?もし、そうなら直ぐにやめることだな。依頼主にでも聞かれたら取引がオジャンだぞ。あいつ等はモノだ。人と同等の立場に居られるヤツらじゃないんだよ」
「…そ、そうだったな。すまない、聞かなかったことにしてくれ。なにぶん奴隷の取引は今回が初めてでね…間違えてしまったよ」
「ふん!それなら良いがな。多分あいつ等は西区の裏町にいるだろうよ。建物の柱に白銀の鎖が巻き付いている所だ。念の為言っておくが、この国で奴隷の売買が合法だと言え好まれているものでもないからな。あまり下手に外で奴隷を買うなんて口外しないことだ」
「あぁ、気を付けるよ。忠告、ありがとう」
彼と別れて、私は西地区へと向かう。裏町にあるならこのまま徒歩で向かった方が早いだろう。
「そうか、彼女は物扱いだった訳か。それは許せないよなぁ……人間を嫌いになるに決まっている」
彼女が寝た後に、失礼ながら身体を隅々まで調べさせてもらったが特に大きな傷は残っていなかった。まだ奴隷となった日が浅かったため……と考えられなくもないが、あの眼は本当の痛みを知っている感じだった。もしかしたら治療魔法を使える者が奴隷商と関わっているのかもしれないな。
「何だったか…鞭打ちにロウソク責め。あぁ………後は身体目当てかとも訊いてきたな。―――ッ。クッ…!!!」
ふざけた事をしてくれたものだな。
「弱き者が苦しむ世界であるというなら、私は強き者として彼らと接しようじゃないか」
□■□
男が教えてくれた通りに白銀の鎖が柱に巻き付けてある建物を見つけた。昨日の建物よりも幾分か大きく、立派な造りをしている。向こうにあったのは支店として使っていたのか。
「すまない、誰かいないか!」
「はいはい、いらっしゃいませ。お客様、何をお求めでしょうか?」
昨日逃げ出した二人組の片割れじゃないか。やはりここに逃げ込んでいたか。
「こちらのオーナーはいらっしゃるだろうか?少し話をさせて頂きたい事があってな…」
「申し訳ございません。オーナーは奥で仕事中のためお会いすることが出来ません。わたくしでよろしければ対応させて頂きますが…どのようなご用件でしょう、商人様?」
「そうだな、先日オークション会場が火事になったことはご存じだろうか?」
商談部屋のような場所に案内された私はさっそく話を始めていく。男は私の言葉に驚くことなく頷く。
「えぇ、もちろん。わたくし共の支店も隣にあったため被害を受けたところです。それがどうされたのでしょうか?」
「あぁ……いや。私もちょうど現場に鉢合わせたものでね。少し離れた所に避難していたんだが、そこで面白い話を耳にしたんだ。そう!―――あれは君ぐらいの男性ではなかったかな。男が『上級のやつらは全員必ず外に出せ!急げ!!!』と叫んでいてね。もう一人の男がこう言ったんだ。『あとはあのじゃじゃ馬だけだ!』とね。そしたら相手は何と言ったと思う?」
『アイツは放っておけ!どうせ今後も使い道はねぇだろ!!!』
「ひどいと思わないかい?その『アイツ』とやらも彼らの所有物の一つだというのに…」
「……何が…お望みでしょうか?お客様…?」
フフ、随分と引き攣った笑みを浮かべるじゃないか。だが、まだまだ。
「何とも運が良い事に、私はその子の救助に成功してね。いや、かなり苦労したよ。本当に評判通りの暴れようだ。おかげで怪我もしてしまった。けど―――どうだろうか?君らのオーナーにこの件を秘密にする代わりに私にあの奴隷を売ってはくれないか?安心してくれ、きちんと正規の値段で買ってやろう。何も『上級奴隷』だけは逃がして『中級奴隷』…いや『下級奴隷』をオーナーの許可なく勝手に処分しようとしたことなど口外しやしないさ。君がきちんと私に売ってくれるのならね?」
「し、しかし…奴隷の売却はオーナーが認めた相手にしかでき―――」
「―――出来ない、とは言わないだろう?言わないし、言えないし、言わせない。話を聞いていたか?これは商談ではない。ただの買い物だ。客が欲しいと言ったモノを売るのが商人ではないのかね?」
男の顔色が蒼白になっていき、身体も小刻みに震えだす。それだけオーナーにはこの件を知られたくないということか。なら、何故拒む。悪い条件ではないはずだ。
「……一つ訊きたいことがある」
「は、はい!なんでしょう!!!」
「奴隷の売却に何かオーナーだけにしか執り行えない手続きがあるのか?」
「その通りでございます…」
やはりそういう事か。それなら男がここまで怯えている理由が解る。本音としてはすぐにでも私に彼女を売りつけたい所だが、その手続きを行なえるのがオーナーだけ。そうなると、彼女を売るにはどうしても昨日の事をそのオーナーに話さなければならない。行動の選択肢がないか…。
「なら私をオーナーの部屋に連れていけ」
「それは!…お願い致します!!!どうか、昨日の事は!オーナーの耳には…!!!」
「黙れ。どうするかは私が決める。お前はただ主の所に案内すればいい」
「………」
これ以上私を苛立たせない内に案内した方が賢明だぞ、との意味を込めて睨むと、男はただただ頷いて私を二階へと連れていく。
奥へと進むなかで、多くの奴隷達と目が合う。どの子達もやつれた顔色で生気の籠っていない眼をさせていた。
(すまない…君らを助けるほどの余裕は私には無いのだ)
彼らがその身に堕ちた憐れみを決して表に出すことはなく、一人一人の顔を眺めていく。
「こちらでございます」
―――コンコンコンコン。
「…オ、オーナー。お客様です」
「……俺は忙しいと伝えたはずだぞ」
「す…すみません!しかしお客様がどうしても―――」
「―――失礼する。急な訪問に関しては謝罪させていただきたい。しかし、こちらも火急の用件でね。話だけでも聞いて頂けないだろうか?」
男にしゃべらせ続けても、このオーナーは扉を開けなかっただろう。それならば強硬突破するまでだ。
「これはこれは…何の御用でしょう、お客様?」
「あるお貴族様が奴隷を一匹ご所望でな。ここの奴隷達の品質が高いとの評判は既に聞いている。どうか売ってはくれないだろうか?」
「なるほど…どちらのお貴族様かお伺いしても?」
「申し訳ないが、それは出来ない相談だ。依頼主からは内密にするよう厳命されている。もしお伝えしたのがバレでもしたら明日には首と胴体が切り離されてしまうよ。なので察してもらえると助かるのだが……」
噓八百を並べ立てて、どうにか交渉していくしかない。後ろの男がいつ昨日の事をバラしやしないかハラハラしているようだが、このオーナーにその話をしたところで売ってもらえるかは微妙だ。なんなら商品を返せとでも言われてしまいそうで、下手にその事を伝えない方が得策な気がする。
「……ふぅ、仕方がありませんね。おい!お客様に商品をお見せしろ。決まり次第私のところにソイツを連れてくるんだ」
「はっ、はい!!!そ、それではお客様、ご案内させて頂きます。どうぞこちらへ」
まだ疑念を抱いている目をしていたが、それでも貴族が内密にしたいという言葉を聞いて取り敢えずは許可を出したという所かな。その場しのぎにしては上手くいった。私はオーナーに会釈をして、男に言われるがままに部屋を出た。




