7
よほど気を張っていたのかベッドに横になってすぐに眠っていたようだ。目を開けると部屋の中はかなり明るくなっており、窓から差し込む光はほとんどなくなっていた。
「ふぅ…」
今回の依頼内容…実は依頼者も依頼内容もよくわからない部分が多すぎる。だけどうちのリーダーがどうしてもその子供を救い出したいというのでこの仕事を受けることにした。理由を尋ねると感だ! としか言わないのでちょっと困ったが、こういった時のリーダーの感はよく当たる。現に助けた対象はちょっと普通の子供ではなかった。
「あ!」
俺は慌てて飛び起き部屋の中を見まわす。いない! 同室で休むことになったはずの子供が僕が寝ている間にいなくなっていた。部屋を飛び出し、2人の部屋の扉を叩く。
「起きてくれっ」
どんどんどんどんと叩き続けるが部屋の中から反応がない。折角救出したはずの子供がいなくなっただなんてとんでもないこと。疲れていたからって目を話すべきじゃなかった! 今更後悔したところで遅いのだが気持ちだけは焦って何かしなければと僕の足を動かす。
階段を駆け下り宿屋の人に聞こうと急ぐ。すると1階のテーブルにクラックとロザリの姿を見つけた。
「2人ともあの子がいなくなった!」
慌てる僕の言葉に慌てる様子もなく2人は何かを口に運んでいる。
「ちょっと食事をしている場合じゃないだろう?」
「いやだって…なあ?」
「トールも作ってもらうといいわよ」
妙に落ち着いている2人を見た時に気が付くべきだった。どこかおかしなことに…
「何を言って…」
「あ、起きたんですね。えーと同じもの作りましょうか?」
カウンターの方から物音がするとそこから小さな男の子が出てきた。僕が背負ってここまで連れてきた子供だった。
*****
食べられるだけましなのかもしれないのだけどこのひどさが俺には許せなかった。以前は一人暮らしで自炊もしていた身、どうせ食べるのならもっとましなものが食べたいと思うのは仕方がないことだと思う。
「…やっぱり作っていいです?」
「ええっ?」
女の人が驚いていたけど、むしろこっちの方が驚くよ。これがこの世界の基準だとするとこの先もずっと自炊をした方がいい気がする…まさか3歳にして自炊が当たり前の状態になるとは思わなかった。
折角なので女の人に作れるようになってもらおうと厨房にある材料を見せてもらい作るものを決めた。パンもここで焼くそうなので小麦粉はある。卵と…なんかの肉。芋だと思われる野菜と人参っぽい野菜。あとこれは玉ねぎかな? あと塩。砂糖とかコショウはないみたい。
「ねえそれはなにをしているのかな?」
今俺はフォークを4本先が丸を描くように向き合わせ紐で縛り付けている。柄の部分に木の枝を挟み込むことによって安定感ともち手とする。
「ホイッパーの代わりだよ」
「ほい??」
器にたまごの黄身と白身を分けて割り出し、白身の方を女の人に渡した。
「これを今作ったホイッパーもどきでしっかりと混ぜて?」
ジェスチャーを入れて卵の白身を泡立てるようにお願いする。その間にたまごの黄身を潰しておき、小麦粉を目分量で器に出しておく。はかりとかがなかったからこれは仕方がない。そしたら砂糖が無いので代わりとして収納にしまってあった森でとった木苺のような木の実を鍋に入れて弱火にかけた。焦がさないように混ぜながら様子を見る。ちなみに初めて触ったけどコンロは魔道具だった。魔石に魔力を流して使うタイプ。魔石を外すと火が消えた。もちろん背が足りなくて届かないので収納から取り出した丸太に乗っての作業。
「ねえこのくらいでいいの?」
「全然です」
「ええっ!?」
白身はもう少し頑張ってもらうことにして俺は木苺を混ぜ続ける。
材料が準備出来たので小麦粉、卵の黄身、牛乳がないので代わりに水を混ぜ合わせ、頑張って泡立ててもらった白身を木べらでさっくりと混ぜた。横を見ると腕をさすりながら女の人が覗き込んでいた。力いれすぎてたんじゃないのか?
フライパンに油を引いてさっき混ぜ合わせたものをそっと流しいれる。まああれだパンケーキもどき。あまり膨らまないけどあの硬いパンに比べたらましだからね。牛乳もなかったからあまりおいしくないかもしれないけど、さっき作ったジャムを乗せれば多少ましだろう。表面がぷつぷつとしてきたので反したいのだが…フライ返しがない。仕方がないので木べらを水球に突っ込み洗ってからそれで反した。
「綺麗な色ね~」
まあ色だけだよね。牛乳も砂糖も入っていないから焼いてもそれほど匂いがしない。少しすると焼きあがったので木皿に取り出し、もう一枚焼けそうなのでそれも焼き上げた。仕上げにジャムをかければ完成だね。
「どうぞ?」
「え、いいの??」
「いいも何も材料ここのだよね。それに俺が2枚とも食べられると思う??」
そう俺の体は3歳だ。流石にフライパンのサイズで作られたパンケーキを2枚も食べられない。卵白の関係でどうしても2枚は作れてしまうんだから食べてもらわないとむしろ困る。
「ん…まあこんなもんか」
テーブルに運び早速パクリ。普通にフォークで切れるし、ジャムがあるから食べられる程度の代物だった。ジャムも砂糖とか使えてないから甘味がすくないしね。ある材料で作ったんだしいい方だろう。
「凄いっ 柔らかい、おいしい!!」
そんな俺の評価と違ってどうやらかなり喜ばれているみたいだが…
食事を終えた後使っていない3部屋もスキルで綺麗にして回り、何が楽しいのかわからないがそんな俺にこの女の人はついて歩いている。
「ねえねえ他には何かおいしい食べ物の作り方無いの?」
…いやいいんだが、絵面としてどうなのよ? 3歳児に料理を教わろうとする大人…
「他に材料が手に入るのなら出来ないこともないよ?」
「そっか…たまにしか客は来ないから食材あまりなかったものね。よし、買出しに行こうか」
買出し…ありがたいけど普通よその子を連れ出すか? まあ暇だからいいけどね。
連れまわされた買出しは店ではなかった。そこらにある民家に顔を出し、収穫されて保管されている野菜や家畜から採れたミルク、卵もまだあるのに買い足していた。どうやらパンケーキが気に入ったらしい。
宿に戻って早速夕食に向け何か作って欲しいと頼まれた。俺が作れば食事代は無しにしてくれるらしい。というか素泊まりの料金を払って食事が必要だったら支払うタイプの宿だったみたいだ。そういえば俺の代金も払ってくれていることを思い出した。これで俺が食事代をタダにしたら差し引きゼロになるかもしれない。どうせなら自分の分はしっかりと自分で払うべきだと思うしね。そうだ後でお金について誰かに教えてもらおうか。ひとまず今は夕食作りだな。
買い足された材料で作れるものを考えよう。一番目を引くのはミルクだろうか。これって生乳だよね? どこに保管されていたものなのかわからないけどぼちぼち冷えている。もうちょっと冷やせばバターを作ることも出来そうだ。収納から寒い時期に振った雪を取り出し別の器に取り分けた生乳を引かしておく。これが冷えるまでの間に野菜を切ってもらおう。水球の中に野菜を放り込み全部一気に洗い皮むきと適度なサイズにカットしてもらう。その野菜を鍋で茹でている間にバターづくり。瓶に移し替え女の人に頑張ってフリフリしてもらった。ちょっと何か言いたそうな顔をしていたけど無視。おいしいものを作るのは道具が足りないと大変なのは仕方がないこと。
バターが完成したら別の鍋でバターと小麦粉を炒める。まあシチューを作るってことだね。後はパンケーキもシチューを煮ている間に作った。冷めてしまうけど、あんな硬いパンよりましだし。