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────どうしてこうなった!!
荒い息を短く吐き出しながら俺は必死に走り思い出していた。本当にちょっとした出来心…魔がさしたというか、あれだ。すぐに元に戻しておくつもりだったんだ。だが戻すとかいう以前にそれは見つかり俺は今走っている。
学校が終わりその帰りに寄ったコンビニ。店内を物色しなんとなく手に取った1本のペン。それはほのかに思いを寄せているクラスメイトがよく髪飾りに使っているとても澄んだ青い色。手が滑りそのペンが袖口へとするりと姿を消した。何も気にせずすぐに取り出し棚へ戻せば問題なかった。
(おいおい…こんなんじゃ盗み放題じゃないか?)
だけどそこでふと変なことを考え動きが止まる。まあもちろん本当にそのまま盗もうだなんて思っていなかったし、その後すぐに取り出して棚に戻そうと思っていた。だけど…
「おい! お前今そこに隠したものをすぐにだせっ」
「え、あっ! う、うん…」
あろうことかそれを見ていた人がいたんだ。しかも大きな声でそれを指摘したもんだから周りからいろんな声が聞こえてくる。
「盗んだの…?」
「あの制服って…」
「これだから若い子は…」
それらの声に思考が止まり取り出したペンを持ってゆっくりと視線を動かす。俺に突き刺さる視線はどれもが俺が盗みを働いたと言っているかのように見えた。
「ほら、とりあえずこの店の人に謝りに行かないと!」
大きな声で俺を注意した人が手を伸ばし俺を捕まえようとしてくる。
「ちがっ これは…」
「だからそれも含めて謝るんだろうが」
一方的に俺を悪者にしようと伸びてきた手を振り払い、店を飛び出した。そして今に至る。人がいない場所を求め路地裏を走り限界まで走るつもりだった。俺が向かってきたほうからは今は見えないが誰かが追いかけてきているかもしれない。だからこの路地をそのまま反対側に抜けたいのだが、その出口には人が立っていて通路を半分ほど塞いでこちらに背中を向けて立っていた。
俺は混乱もしていたんだろう。普通に声をかけてどいてもらえばよかっただけなのに、何を思ったのかポケットに入れていたペーパーナイフを取り出しそれをしっかりと持ちさらに走る。
「そこを、どいてくれえええええ~~っ」
叫ぶ俺の声が聞こえていないのかその男は少しもこちらを見ず今だにどいてくれない。そのままぶつかるかのようにでも行けば何とかなると考えた俺はペーパーナイフを持ったまま走り抜けた。運が悪かったのだろう転がっていた空き瓶を踏みつけた俺はその勢いのまま倒れこむ。その男の方へと向かって…
「「え?」」
声が被り俺の前にいた男と目があった。一緒に倒れこみ俺たちは路地裏に転がる。転んで痛いし心臓はバクバクといっている。そして手にはぬるりとしたものが…
ゆっくりとその手を持ち上げ視界に入れると赤かった。ほんのりと温かいそれは指の先からぽたりと落ちる。
「あ…うぁ…ああああああああああ!?」
俺はまた走り出しそこから一度記憶が途切れた。おそらく動揺して自分の行動が思い出せなくなったんだろうと推測する。
(…ここは?)
気がつくと俺は知らない天井を見上げていた。体は動かない…もしかしたら縛り付けられているんだろうか? と思ったが手は動く。
(誰の手だ? 妙に小さいが…)
不思議に思い眺めていると扉を叩くような音がして誰かが今俺のいる部屋へと入ってきた。パタパタと小さな足音を鳴らしながらそれは徐々にこちらへと近づいてくる。
「ん…しよっと。あ、起きてる。お姉ちゃんですよ~」
まるでお人形かのような幼女が俺を覗き込んでいる。サラサラの金髪に青い目をした幼女…お姉ちゃん?
「うふふ。ちっちゃくてかぁーいいね」
微妙に舌足らずな言葉で俺の手をムニムニと触ってくる。俺の手…目の前に見えている小さな手。なるほどと俺は納得してしまった。あの後俺は死んで(何があったのか知らないし知りたくもないが)転生したってことを。
そう俺は悪くない。何も悪くないんだと言い聞かせながらこの世界でこれから生きていくんだ。人生をやり直すチャンスを貰えたと思えばいい。ただそれだけの事。
*****
「おはようございますお父様。お母様」
「ああおはよう」
「おはようクルーガ」
朝起きて身支度を整えた後食堂へと顔を出した俺は父と母に挨拶をする。そのまま流れるように自分の席へと腰を掛ける。もちろん俺はまだ背が低いので自分で椅子に綺麗に座ることが出来ないので専属メイドが座らせてくれる。そうそれが当たり前なのだ。思ったよりも俺は運がよかったらしい。生まれ変わった先は侯爵家の次男。これは中々いい生活が送れるからね。ちょっとだけマナーなどで窮屈だがそれは仕方がない。
少しすると廊下の方から足音が聞こえてきて扉が開いた。
「ああ~…また負けましたわ」
「アンネ…そうじゃないでしょう?」
「あ! お父様お母様おはようございます」
アンネというのは俺の姉でこの世界にやって来て初めて会った人だ。吸い込まれそうなほど澄んだ青い瞳は前世で惹かれていたクラスメイトの好きだった色と同じで、ついついじっと見つめてしまう。まあそんな俺の目の色も同じ色をしているが若干くすんでいるようにも見えるのであまり好きではない。
「怒られてしまいましたわ」
俺の隣へやって来て座ったアンネはぺろりと舌をだし肩をすくめる。アンネは俺より2つ上で5歳つまり俺は今3歳だ。姉だとわかっているけどその瞳の色とあどけない行動にどぎまぎしてしまう。結ばれることはないけれど絶対に幸せになってもらいたいと俺は思った。
食事を終えると毎日の行動が始まる。午前は勉強で、午後からは剣術や魔法の実技を習う。一応10歳から学校とかに行くらしいが、貴族というのは面倒なもので優秀な成績を残すためにこうやって小さなころから基本的なことを叩きこむものらしい。まあ最初魔法があるのに驚いたけれど、その魔法やスキルというやつは自分で学んでいかないと使えるようにならないという話なので、やっておいてそんはないってことだ。魔法は必ず覚えられるわけではなく、適正がないと覚えられないみたいだけどね。
それにしても国の名前とか覚えないといけないのは中々面倒だと思うよ。以前はどうやって覚えたっけ…と考えて見るけど、よく考えたらただの暗記なので繰り返していれば覚えると言うことに思い至る。ただ新しくいくつも覚えないといけないのがちょっとつらいところだ。勉強のやり直しはきついものがあるが、新たな生活を平穏に過ごしていくためには仕方がないだろうと思うことにした。
午後になりまずは体力作りの走り込みからだ。それが終わると木剣で素振りをする。姿勢や振り方が悪いと指摘されそれを直しながら繰り返す。やはり始めたのが早いアンネには敵わず、先に俺はダウンする。
「だらしがないですわね。もう…っ 少し休みましたら型の復習に入りましょう」
「姉さん、すみません…」
ああ~ やっぱりアンネの笑顔はいいな。体を横にしたまま青い空を眺めた。アンネの瞳より薄い青だと思う。なんでもアンネの瞳の色と比べてしまうのはよくないとわかってはいるが、それでもこんなことを思えるのはとてもしあわせなこと。俺は何も悪くないんだから…
「はーい休憩は終わりっ クルーガ?」
「…なんでもない」
「そう? じゃあ型の復習を始めましょう」
伸ばされた手を掴み立ち上がった俺は、このしあわせが続きますようにと願いながら剣を構えるのだった。