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とりあえず落ち着こうか。何事も状況をしっかりと理解しておかないといけないと思うんだ。
ピロンッ
スキル【寒気耐性】を獲得しました
「………」
なんか聞こえてきた気がするが、そんなことよりも先に考えないといけないことがある。
俺の目の前には見知らぬ女の人がいた。まあ、そういうこともあるだろう。問題はその女の人が俺を見上げた状態で何故か泣いていることだ。自慢じゃ無いがはっきり言って背は高い方じゃない。それに俺の記憶によると、やっぱり知らない男にナイフを突きつけられ、そのナイフが迫って来て腹にものすごく熱を感じたんだ。だけどこうして生きて…ん?
自分の両手をにぎにぎと動かして生きていることを確認したら自然とその手が視界に入った。それで気がついたんだがどう考えてもその手は小さい…指も短くてぽてっとしているし、手のひらだってかなり小さいんじゃないんだろうか。それと同時に俺は目の前の女の人が俺を持ち上げていたことに気がついた。つまり体も小さい。
転生ってやつか…?
つまり目の前の女の人がぼんやりとしか見えないのはそう言ったわけだ。まあそれはいい。問題があるとすれば生まれ変わる前の記憶があることだろう。自分であり自分ではなくなった人生の記憶も持って新しい人生を送る。役に立つ知識もあるだろうが、邪魔になるものもあるかもしれない。現に今俺には気がつかなければよかったと思える音が耳に聞こえている。
ザアアアアアアアア…
流れているような水音。しかも音は少し遠い。つまりこの水音がしているのはここよりも少し離れているか、下の方ということだ。そして俺に追い打ちをかけてくる。
「ごめんなさい…育てることが出来なくて」
目の前の女の人の声。持ち上げられている俺の体。聞こえてくる遠い水音…それが意味することは? 想像したら顔が引きつり変な笑いが出てしまう。
「ふへっ」
「ひっ!」
そんな俺の顔を見た女の人が小さな悲鳴を上げ、俺の体が宙を舞う。ぼんやりとしか見えない視界が恐怖を和らげてはくれるがそれでも落ちていく感覚がなくなるわけではない。あのお腹がひゅっとなるやつ。
ピロンッ
スキル【落下耐性】を獲得しました
…何の声か知らないが状況説明ありがとう…じゃねぇ!!
「ふぎゃあああああああああ~」
お腹がひゅっとする感覚は消えたが落ちているのは変らない。このままだと俺は地面に叩きつけられることになる。生まれ変わって即死ぬとか簡便してくれよ!
バシャーーンッ
もちろんそんなことを考えている俺のことをなどおかまなしに体は打ち付けられる。音からするとどうやら水面に落ちたようで痛みはそれほどなかったのがありがたい。
ピロンッ
スキル【衝撃軽減】を獲得しました
スキル【水性耐性】を獲得しました
思ったよりも痛みがなくてほっとしたのもつかの間。俺は流れる水…多分川だと思うものに沈んでいく。まず体の力を抜くんだ! そうすれば自然と体は浮いてくるはずっ そう思い力を抜くが水に流れがあるとついそれを抵抗しようと動いてしまいうまく力が抜けない。やばい…このままだと本当に死んでしまう!
ピロンッ
スキル【水中呼吸】を獲得しました
…本当に何なんだ。これで溺れる心配は無くなったわけだけどもさ、俺人間じゃないのか? 水中呼吸ってなんだよ…しかもスキル。ゲームみたいじゃないか。こりゃー魔法とかもあるんじゃないのか? この川の中から出られるようなスキルとかさ。
ザバアアアッ
俺の体が川の中から持ち上がる。ほらな? 浮遊とか飛行とかそんなところか? …あのピロンッてやつが来ないんだが。水面にゆらゆらと揺れて映る自分の姿が目に入る。どう見ても生まれて間もない大きさの赤ん坊だ。髪の毛の色は黒いな…いや、ちょっとした現実逃避だ。だって俺が宙に浮いている後ろには大きな狼なような形をした生き物がいたんだから。
え…おぼれ死ぬことは無くなったけど今度はがぶりと丸かじりされるんじゃないのかこれ。俺ははっきりとは見えない水面に映る光景を見て意識が遠くなっていくのを感じた。
ピロンッ
スキル【気絶耐性】を獲得しました
*****
やっぱり視界が悪い…ぼんやりと周りが見えるがはっきりと見ることが出来ない。そしてとりあえず生きているらしいことだけはわかった。こうなってくると自然とお腹が空いてくる。赤ん坊の食事と言ったらあれだろう。だが母親だと思われる女の人から離れてしまった俺はどうすればいい?
キャンキャンッ
…ん? そういえば妙に柔らかい場所に俺は寝ているな。それとこの鳴き声は犬っぽいがまさかさっき俺を食べようとしていた狼みたいなやつなんじゃ…
『どうやら目を覚ましたようだね』
すぐ傍で声がして俺の上に大きな影が出来上がる。それは犬っぽい形をした大きな頭。やっぱり俺は食べられてしまうのか?
ピロンッ
スキル【意思疎通】を獲得しました
『人なんて食べる気はないよ』
…なんて?
『だから食べないって』
この狼俺の言葉がわかるのか。ということはスキルというのはやっぱりそういうやつってことか。
『へえ~ 人の幼子のわりに賢いんだね。だけど私は狼ではないよ』
なるほど意思疎通というので俺の気持ちを相手に伝えているのかな。この狼が喋っている理由は知らんが。
『だから狼じゃなくてフェンリル。言葉くらい話すさ』
キャンキャンッ
『おっとそうだね。それでこっちは私の息子だ』
そういえばさっきから子犬の鳴き声みたいなのが聞こえていた。ゆっくりと顔を横に向けようとしたんだけど思うように動かない。赤ん坊って言うのは中々不便だな。
『なるほど、身体能力は人間の赤子と変わらぬのか。ほれ』
フェンリルが俺の服を咥えて持ち上げるとすぐ傍に小さな白い犬みたいなのがいた。子フェンリルってやつか。えーと…よろしく?
キャンッ
うん、わからん。
『さて、人の子よ。こちらは何かが川に落ちたのを見たので拾ったのだが、これからどうするつもりだい?』
どうするか…そうだよな~ 刺されて死んで生まれ変わったとたん捨てられて…今はフェンリルのもとにいる。自分で動きまわることすらできない赤ん坊の姿…これ詰んでるんじゃないか? 気がついたら俺はフェンリルの腹の上に置かれていた。なるほど柔らかかったのは腹の上に置かれていたからなのか。
『ほお…その賢さの理由が理解できた。別の世界の知識を持っておるとは中々面白い』
いや、俺は面白くもないんだが。お腹もすいているしさ…
『腹が空いておるのか…人の幼子は何を食べるのだ?』
何ってそりゃ母親の母乳だ。まあ最悪母親じゃなくても母乳を貰えるなら何でもいいんだが。
『それは中々難解だ。母乳を分けてくれる生き物はここにはいないな。ひとまずわれらと同じようにしてみるか』
そういえばフェンリルの食事ってなんだ?
『私達は主に魔素を取り込んでおるよ。後は適度に水分だね。まあ気まぐれで木の実を食べたり肉を口にすることもあるが基本必要ない』
魔素か~ えーと魔法とかを使うためのものかな?
『大体そんな感じだね。後体を維持するのにも必要なんだ』
それは人も同じなのか?
『さあねえ…とりあえず魔素を体に取り込んでおけば死ぬことはないと思うが?』
仕方がない自力で食べ物を口に運べるようになるまでそれで我慢するしかないだろう。ところで魔素ってどうやって取り込むんだろうか。
『それくらいなら私がやってやろうじゃないか。息子にもあげているしついでだ』
これはありがたい。ある程度自力で動けるようになるまでフェンリルの世話になろう。
『まるで息子が2人になったみたいだね~』
おやじゃあフェンリル母さんと呼ぼうか。
こうして俺はしばらくフェンリル母さんの世話になることになった。