2-94、姉と妹
キュンッ キイイイィィィィーーンッ ドパアァーーーンッッ!
「しっかし、すっげぇ打撃音だなぁ。受けてる朝香朋子が、爆発したような音がするぞ」
「井上が受けたら、バラバラになっちゃうかもね? アタシ、朝香のスピードを相手にするのはものすごく集中力が要るんだけど、あの妹も同等な迅さだね。それを難なく避けたり受けたりしてるんだから、やっぱり朝香のレベルはとんでもないんだね」
「真波は、よくあんなやつ相手に、予選大会の時に1ポイント差なんかになったな? これ、俺が見る限り、ナショナルチームでもトップクラスのレベルだぜ?」
「まぁ、アタシはあの頃、授業中も四六時中イメージトレーニングしてたかんね・・・・・・」
「川ちゃん。だがもう、試合時間もあと四十秒ほど。両者まったくポイントが入ってないし、これ、先にポイントを取った方がかなり優勝に近くなると思わないか?」
「うーん、そうだね。・・・・・・朝香も、さすがに妹が相手で、手の内を知られてるから慎重なのかな? だいぶ、手数が減ってるんだけど・・・・・・」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
~~~ 三十秒前です! ~~~
「あと、しばらく!」
朝香姉妹の頂上決戦も、クライマックスが近づいている。
まったくスタミナを落とさずに攻めたてる妹に、それを全て冷静に受け捌く姉。見ている柏沼メンバーたちも、この0対0の試合、どちらが先制点を取るのか、ドキドキしながら観戦していた。
小笹も、「へぇ」と言い、真剣な眼差しで試合を見つめる。
ドパアァーーーンッッ! キイィンッ! パパパパァンパパパパァン!
ズパパパパパァァンッッ! キイィンッ! バチイイィッ!
「(手数が減ってるなぁ、お姉? どないしたんやろかぁ? ウチの攻めの回転力がありすぎて、防戦一方なんかぁ? まだまだ、ギアは、あがるけどなぁーっ!)」
・・・・・・グウッ キイイイィィィィーーンッ ズシャアァァァァッ!
ドシュンッッ! ドパァンドドンドパァン! パパパパァンパパパパァン!
キイィンッ! ダシュッ! ドパアァーーーンッッ!
「(・・・・・・。)」
「(お姉・・・・・・。いい加減、かかってきなやぁ! ずっとウチの技を受けながら退がったり、回り込んだり、何なんやもうー・・・・・・。つまらんよぉ!)」
さらにスピードを上げた舞子。それでもなお、朝香は精密性の高い受け技を駆使して、その猛攻を防ぎきっている。どちらも、とんでもなくすごいレベルの技術だ。
「ワタシが捻った足の小指、そのダメージすら、あの朝香妹はないっていうの? いったい、どーいう神経してんのよぉッ? くすっ。でも、姉相手にはさすがに、裏技を入れる余裕はないみたいねぇッ。てか、触れさせてもらえないんじゃ、ねぇ・・・・・・」
「小笹、いま何て言った? ・・・・・・そうか! 触れさせてすらもらえない距離に、朝香はずっといる。・・・・・・ってことは・・・・・・」
「くすっ。森畑センパイ、さっすがぁ! おそらく十秒前くらいでぇ、試合は動きますよ」
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「「「「「 舞子ぉーーーーーーっ! ファイトーーーーーっ! まず1ポイントや! 」」」」」
「「「「「 朝香先輩ーーーーっ! 花蝶魂ーっ! ファイトーーーーーっ! 」」」」」
「「「「「 ファイトーっ! 必勝ーーーっ! 朝香舞子ーーーーっ! 」」」」」
ワアアアアアアアアアアアアアアアー ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「あの朝香さんが、ずっと攻められっぱなしなんて・・・・・・」
「いや、前原、よーく見てみ。朝香は退いてるように見えて、受け技でうまく自分の姿勢は崩さずに、間合いを保ってるぞ。・・・・・・残り、十四秒か。そろそろだねぇ、きっと」
「おれなら、ここまで待つことはできなかったな・・・・・・」
「そ、そういう作戦? まさかこんなレベルで! 田村君も中村君も、だいぶ冷静に見てると思ったら、それに気づいてたのか!」
花蝶薫風女子を中心とした京都陣営からの声援が飛ぶ中、逆に等星女子のメンバーは、じっと朝香の組手を見つめていた。そして、朝香さんと団体を組んでいる四人が、一斉に呟いた。
「ふっ。朋子らしいや・・・・・・。とても私にはこんな真似はできんよ」
「朝香先輩しかできませんよね、これ・・・・・・。さすがです、本当に・・・・・・」
「大澤先輩。私は、こんな朝香先輩初めて見ました・・・・・・」
「私もです。崎岡主将、大澤先輩。朝香先輩は、ここまで優しい組手もできたんですね」
そして、最後に、諸岡が一言。
「矢萩。川島。よく見て覚えておきな。これが、朝香朋子という選手の、慈悲というものだ」
ワアアアアアアアアアアアアアアアー ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ! ワアアアアアアアアアアアアアアアー
「(お姉! この1ポイントを制して、今年はウチが・・・・・・)」
・・・・・・フオォンッ! カッ!
「(・・・・・・え!)」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「止め! 赤、上段突き、有効!」
「「「「「 朝香先輩ナイス上段でーーーーーすっ! 等星ーーっ! 必勝ーーっ! 」」」」」
まさに、晴天の霹靂のごとき閃光。
舞子が超高速の攻め込みをする中、その連打の刹那を見切って、朝香は目にも留まらぬ迅さの上段突きカウンターを冷静に取っていた。
「な、なんだいまのカウンターは! おれには見えなかったぞ!」
「ものすごいスピードの、引き込み上段突きだねぇ。妹が突っ込んでくるのと同じ速さで退いて、相手の右手が引き戻る瞬間に合わせて、電光石火の上段突きを入れてたねぇ」
「な、なに! 上段突き!?」
「水城龍馬がよく使う間合いのコントロールだ。朝香朋子、苦戦してるように見えて、妹を手玉に取ってたってわけかー」
「な、なんてことだ。・・・・・・てか、田村、おれには見えなかったあの動きが、お前には見えて
たのか? す、すごいな!」
「どーもー」
ザワザワザワザワザワザワザワザワ ザワザワザワザワザワザワザワザワ
「(な、何をした、お姉! 上段突き? なぜ、今になって・・・・・・?)」
「(・・・・・・。)」
「続けて、始め!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「(ウチはお姉に負けるわけにはいかんのや。お姉を連れ戻し、朝香家をまた三姉弟で輝かせなあかんのや! お姉、なんで? なんでウチと、袂を分かつ仲になってもうたんや!)」
・・・・・・キイイイィィィィーーンッ ・・・・・・バシィィィィィッ・・・・・・
~~~ ピー ピピーッ ~~~
最後に放たれた舞子の突きは、朝香が構えもせずに片手で弾き飛ばしていた。そして、試合終了のブザーと同時に、超ハイレベルの姉妹決戦は、幕を閉じた。
「止め! 1対0。 赤の、勝ち!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「「「「「 朝香先輩、おめでとうございまーーーすっ! 」」」」」
パチパチパチパチパチパチパチパチ! パチパチパチパチパチパチパチパチ!
パチパチパチパチパチパチパチパチ! パチパチパチパチパチパチパチパチ!
お互いにメンホーをはずし、一礼。
凜とした雰囲気をまったく崩さない朝香と対照的に、舞子は大きく息を乱し、ぽろりと涙を零した。
すたり すたり すたり すたり・・・・・・
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。・・・・・・っく・・・・・・。お、お姉?」
「舞子・・・・・・。・・・・・・強くなったねっ。・・・・・・私は、今は朝香家には戻らない。・・・・・・でも、風向きが変われば、それもまた、わからないから・・・・・・。それまで・・・・・・またね・・・・・・」
ぽんっ ぽふぽふ ぽふっ
くるっ すたり すたり すたり・・・・・・
そう言って、朝香は舞子に一声かけ、赤の拳サポーターで妹の頭を軽くぽんと叩き、うっすら笑って、コートから出て行った。
「・・・・・・お姉。・・・・・・お姉っ・・・・・・。結局ウチは・・・・・・お姉に追いついてなかったんか」
その姉の背中を見つめ、妹は、目を潤ませながら、深く一礼。
そして、雨上がりの晴れ間のような顔を上げて、コートから立ち去った。
パチパチパチパチパチパチパチパチ パチパチパチパチパチパチパチパチ!
パチパチパチパチパチパチパチパチ パチパチパチパチパチパチパチパチ!
「「「「「 (ものすごい姉妹決戦だったな! 妹も、姉と同レベルですげぇや!) 」」」」」
「「「「「 (朝香朋子とここまで互角にできんのは、朝香舞子だけだ! すげぇ!) 」」」」」
「「「「「 (来年、こりゃ朝香舞子の優勝で決まりやろ! とんでもない二年や!) 」」」」」
がやがやがやがやがやがやがやがや がやがやがやがやがやがやがやがや
注がれる賞讃の声と数多の拍手。
舞子にも、朝香とはまた違った形での賞讃があちこちから聞こえてくる。この拍手とこれらの声が、朝香姉妹にはどう届いているのだろう。
「ウチはもう、朝香舞子としての空手を、追求しよう。お姉はお姉、ウチはウチ、やね」
「(・・・・・・舞子・・・・・・。空手は、朝香家だけじゃない。それに気づけば、舞子はもっと、違う道も見つかるはずよ。・・・・・・視野は、広く持たないとね・・・・・・)」
超高校級の姉妹対決となった女子個人組手の決勝戦も終わり、そして、いよいよスケジュールは男子個人組手の決勝戦へと場は移る。
男子個人組手も、朝香の血をひく光太郎が水城龍馬に挑む。