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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第2部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第5章 勝負の世界の「白と黒」
91/106

2-91、ほのぼのお弁当タイムにて

   ~~~これより、昼食休憩に入ります。午後の競技は、一時より開始します~~~


「ぐす・・・・・・。くやしぃ・・・・・・。ワタシ、あんな負け方しちゃってぇ・・・・・・恥ずかしいよぉ・・・・・・。わぁーん」

「泣ーくーなって! まぁ、しゃーないっ! 相手が強かったんだから、もう、それ以上でもそれ以下でもない! そう思うしかないんだよ、試合はさ! アタシも悔しいよ・・・・・・」


 足を引きずりながら、泣きじゃくる小笹を宥めつつ、川田が栃木陣営に戻ってきた。

 みんな、二人のベスト8入賞を喜ぶ前に、傷めたダメージ具合をものすごく心配している。


   すたん  すたん  すたん・・・・・・

   のしのし・・・・・・  のしのし・・・・・・


 続いて、朝香と二斗が戻ってきた。日新学院のメンバーが二斗のベスト8入賞を讃え、拍手している。一緒に、等星の大澤も、大きく拍手をしている。


「朝香先輩。二斗先輩。お疲れ様です! 私も、試合を見て、学ばせて頂きました!」

「美月、ありがとう。・・・・・・声援、よく聞こえたわ」

「・・・・・・美月、すまない。俺はここで終わった。・・・・・・しかし、朝香の名は侮れんな! ・・・・・・とにかく・・・・・・強かった!」

「二斗。あれが私の弟なの。・・・・・・ごめんね。なんか、複雑なんだけど・・・・・・」

「気にするな朝香。・・・・・・さすが、朝香道場だ。・・・・・・朝香家の空手は、やはり根本からの鍛え方が、違うな・・・・・・」

「朝香道場に朝香家・・・・・・か。・・・・・・ふぅー・・・・・・」


 溜め息をつく朝香の様子を、二斗は不思議そうな表情で見つめていた。


   わいわいわいわい  がやがやがやがや  わいわいわいわい  がやがやがやがや


「さぁ! しんみりとしててもダメだ! みんな! 美味しいお昼にしようよっ!」


 川田の元気な声を皮切りに、栃木県メンバーはインターハイ最後のお昼休憩に入った。

 今日は閉会式もあり、午後は全ての種目の決勝戦のみ。競技は午後一時から開始だ。


「さ、アタシのお弁当は、どこだ? ・・・・・・ん? あれ? 数が合わないんだけど!」

「本当だ。どうして? ・・・・・・あれ? 僕たち柏沼高校の数と、そっちの等星女子高の数、入れ違ってない? ・・・・・・って、もう等星メンバー、食べてるし!」

「(もぐもぐ)なんだと? (もぐもぐもぐ)かしぬまと、うちとのかずが(もむもむもむ)ちがうだと? (もぐもぐ)かわしまぁ(むぐむぐ)ちゃんと(ごくん)確認したのか?」

「(ごくん)・・・・・・すいません。間違えたかもしれません・・・・・・」

「えぇ!? てか、崎岡さぁ、何で弁当二つ食べてんのぉっ! アタシの弁当なんじゃないのそれ? 等星と柏沼じゃ、一個しか数、違わないんだけど?」

「・・・・・・え?」


   ・・・・・・ しーん ・・・・・・ ひゅうううぅぅー ・・・・・・


 窓から、海の香りを乗せた風が心地よくそよぐ。

 どうやら、等星の一年生が、お弁当を受け取る際に柏沼高校のものと取り違えてしまったようだ。

 川田は、真っ白に燃え尽きていた。足の痛みを堪え、お弁当タイムを楽しみにしていたようだが、その思いは、崎岡の食欲によって打ち砕かれた。


「川田センパァイ、そんなにお腹空いてるなら、ワタシの半分あげましょーかぁ?」

「いいよ・・・・・・。小笹は午後、形の決勝戦があるんだから、よーく食べな・・・・・・。はははー・・・・・・」

「悪かった! 悪かったよ川田! えーと・・・・・・じゃあ、私がすぐに何か買ってきてやる!」

「いいよもう。いんない・・・・・・。崎岡をパシリにしたなんて思われたらさ、やだもん。あー、アタシ、今日はなんだかかついてない日だ・・・・・・。おーなーかーへったぁぁぁぁ!」


 川田は、むくれている。

 昨日、東北商大の岡島には自分のお弁当を差し出した中村も、今日は普通にもぐもぐと食べてしまっていた。


「(ほれ見ろ、有華。だからあれほど、おかわりはするなって言ったのに・・・・・・)」

「(し、仕方ないだろ! いいよ。私、何か買ってくる。でも、川田の好みなんか知らないぞ?)」

「(聞いてみりゃいーじゃないか!)」

「(だって、怒ってるし、むくれてるぞ? いいか里央! 食い物の恨みは、怖いんだぞ?)」

「(有華が言うな! だいたい、試合してない有華が弁当二つを食べる意味がわかんない!)」


   ひそひそひそ  ごそごそごそごそ  ひそひそひそひそ


 食べ物の恨みは、恐ろしい。

 むくれる川田の後ろで、ひそひそと作戦会議というか下らん言い争いをしている崎岡と諸岡。それを見て、朝香はちょっと迷ったよう呆れたような、何とも言えない表情。


「あー、もう、わかった! 私がとにかく、行ってくる! 悪かった、川田。待ってて!」


 すくっと立ち上がった崎岡は財布を持ち、外履きを持って階段を降りていった。


「あ! 待って下さい・・・・・・。わたしもいきます!」

「わたしもいく! 川田せんぱいの好みなら、わかりますーっ」


 崎岡を追って、なんと、内山と大南も走っていった。


   ぺち  ぺち  ぺち  ぺち  ぺち・・・・・・   すっ


「・・・・・・ん? え、アタシにくれるの!」


 三人が外へ行ったあと、すぐに栃木陣営のところへ別方向から来た人が。

 そして、その人は無言で川田に弁当を差し出した。


「いんね。はぁ、おら、腹っぺらしじゃねーんだ。・・・・・・なんだか、今日は、はぁ、食えね。いんねから、はぁ、おめ、食うとよがっぺや! 腹っこさ、空いてんだべや?」

「いいのぉーっ? わぁー、ありがとぉ! アタシにとっちゃ、救世主だあんたは!」

「昨日、はぁ、そっちさいるメガネの人に、もらっちまったかんな! おかげさまで、はぁ、いい試合さしてもらったし、栃木さ、恩返しさしねぇと、気がすまねぇっちゃ! 食え?」


 川田に弁当を差し出したのは、なんとあの岡島だった。


「そっか。じゃ、遠慮なく! ありがとね。なかなか、味のある人柄だね、岡島さん!」

「義理ってやつだべ。受けた恩にゃ、はぁ、義理さ返さねば筋が通らねぇべよ! 食いな?」

「あははっ! 東北ムスメからのお弁当、ありがたいじゃん、川田センパイッ!」

「末永小笹! おめ、惜しかったな・・・・・・。大したもんだべ、朝香舞子さ相手に壊れでねぇんだもの。でも、はぁ、栃木のこの雰囲気、何だか、居心地いいっちゃ!」

「(もぐもぐ)あたしは、すきよ。(もぐもぐ)とちぎの(むぐむぐ)なかまがね!」

「よかったなぁ川田。まさか、東北商大から弁当が届くとは思わなかったねぇー」


 弁当を頬張り、すっかり機嫌が戻った川田。

 ふっと笑って、岡島は片手を振って宮城陣営に戻っていった。外に行った三人は、このことはまったく知る由もなかった。


   たたたたたたたたっ   たたたたたたたっ


「崎岡さんー。まってくださぁーい! はぁ、はぁ」

「あ、あるくの、はやいなぁ。さすが、鍛えてる人はちがうなーっ」

「どうしたんだい? 柏沼の一年生コンビじゃないか。・・・・・・そうか、助かるよ。川田の好みのもの、教えに来たんだな? 私のミスだが、何とかしたいから教えてくれないか?」


 崎岡は、入口のロビーで下足に履き替え、外にある物販テントに向かうところだった。

 大南と内山がやっと追いつき、下足に履き替えて崎岡と外へ向かう。県内ではまず見ることのない、何とも珍しい取り合わせだ。


「崎岡さん。えーとぉ、川田せんぱいは、甘辛いのが好きだったと思いますよ?」

「え、違う。うちやま! 酸っぱいのが好きだよ。三本松農園のレモンパンが好物でしょ?」

「あー、もう・・・・・・。なんだお前たち、結局、よくわかんないんじゃないか。・・・・・・。はぁ、参ったな」


 崎岡は、顔に手を当てて困っている。とりあえず三人は物販テントへ行き、そこで大南が崎岡に薦めた「コーレーグースの激辛甘酢あんかけ弁当」を川田に買ってあげた。


「ほら。お前たちも食べな。あげるから。私からお礼だよ。川田たちには内緒な?」

「「 ありがとうございます! 」」


 なんと、崎岡は内緒で二人にサーターアンダギーをおごってくれた。

 大南と内山の二人は、喜んでそれを頬張った。


「あ。さよ! あれじゃない? 大会記念の写真屋さんって!」

「(もぐもぐ)へぇ(ごくん)なんか、それっぽいね! ですよね? 崎岡さん」

「そう。各学校や全選手の記念写真を撮ってくれるんだ。戻りついでに、見てみるか」


 無邪気な笑顔を見せる二人が写真屋のテントに走っていく姿を、崎岡は優しい眼差しで見ている。


「(なんか、あんな雰囲気に、私らも戻れたらいいのにな。・・・・・・なぁ? 朋子、里央・・・・・・)」

「崎岡さんーっ! 昼休み終わっちゃいますよ! はやくはやく!」

「・・・・・・はいはい、急かすな! いま行くから!」


 テント内には、一日目から今日までの試合で、形や組手の格好いいシーンが一人の選手につき数枚飾られ、売られていた。それは、ものすごい数だ。


「うっわぁーっ! 見てよ、うちやま! ・・・・・・あ、小笹さんの形だ!」

「こっちは組手のがあるよ! あ! 川田せんぱいや、男子のせんぱいたちのもある!」

「崎岡さんの蹴りのシーンもありますよ! へぇーっ、こうして記念写真になるんだぁ!」

「お前たちも、学校全体の記念写真、撮ってもらえるはずだよ。閉会式の後かな? 私らはもう、お定まりの撮り方で撮ってしまったからな。柏沼はきっと、表彰状入りで撮影した方が、良い記念になるんじゃないかな?」

「楽しみです! へぇぇー、これはすごいや! わたしたちも、早く単品で写るようになりたいね! 高校卒業までに、こういう大会に代表で出たいね!」


 二人は目を輝かせて語っている。崎岡は微笑み、二人に「頑張りな」とだけ告げた。

 その後、栃木陣営のもとへ戻ってきた三人は、川田にお弁当を渡した。

 実はこれで二個目になるのだが、川田は笑顔で「ありがとう」と言って、すぐにそれを無理して食べた。だが、一気に咽せて噴き出した。恐ろしい程の辛さだったらしい。


「なぁっ、なぁっによこれ!? 辛いし酸っぱいし甘いし熱い! なんでコレを選んだのよぉ、ねぇーっ! こら、崎岡!」


 鼻の頭に飯粒をつけた川田の顔に、みんな大笑い。

 崎岡はちらっと内山と大南を見たあとすぐに、川田へ必死にごめんと謝っている。

 イチゴみるくオーレを飲んでいた二斗と朝香は、噴き出さないように必死に笑いを堪えていた。

 そんなほのぼのタイムだが、沖縄の陽射しは午後の決勝戦に向けて会場内を熱くする。

 そしていよいよ、時計の針はかちりと動き、午後の最終決戦へと移る。

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