2-90、朝香家の、妹と弟
ざわざわざわざわざわ ざわざわざわざわざわ
「つ、強い! あの末永が一方的にやられている・・・・・・。それに、技のキレは姉とほぼ変わらないところに、さらにあの裏技があるってのは恐ろしいねぇー」
「小笹ぁーっ! ファイトォーッ! 負けるなーっ! どうしたの、動かなくなって?」
「森畑、末永の様子が変だ。あれは、朝香舞子があちこちに叩き込んだ裏技が効いてるんだと思うねぇー。足先蹴りであんなに痛めつけられたところへ、さらには肘で急所やツボを攻撃してるときたもんだ」
「そ、そんなことって! 小笹も小笹だけど、そこまでえげつない技を使われてるの!?」」
「・・・・・・キレた末永も怖いけど、それ以上に、あの朝香舞子ってやつは、おっかねぇ技や禁じ手を躊躇無く出してきやがるんだよねぇー」
「小笹はさ、午後は形の決勝もあるんだよ? 正直、ここで無理して形の決勝に響くようなら、私は無理して欲しくないけどさ。でも小笹は、やめろと言っても聞かないだろうしなぁ・・・・・・」
「そうだねぇー。困ったもんだ。しかし、姉とは真逆の組手とはねぇー。恐ろしいな・・・・・・」
舞子にやられ、弱る小笹を心配そうに見つめる森畑と田村。
前原や井上は「どうなるんだろう」と、勝負の行方を見守っている。
ザワザワザワザワザワザワザワザワ ザワザワザワザワザワザワザワザワ
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
「小笹っ!? どうしたの? ケガしたの? 大丈夫なの?」
監督席から、末永がとても心配そうに身を乗り出し、手を震わせながら小笹へ声をかける。
それに応じる小笹は少し振り向き、母へ視線を向けると微笑んで手を振り、「大丈夫」と合図した。そして、小笹の表情からは、怒りのような感情がすっと消えていった。
「(・・・・・・あちこち痛いなぁ! こいつぅ、ワタシをどうやら、いろんな技の実験台にしてるみたいだ! ・・・・・・ワタシも、やり返してやりたいけど・・・・・・。お母さんの顔見たら、おばーちゃんやみんなのこと、いろいろ思い出したなぁー・・・・・・)」
「(ふふ。・・・・・・あとひとつ、試したいものがあるんやぁ。さぁ、かかっておいでぇな!)」
「続けて、始め!」
シュルルンシュルルン シュルッ・・・・・・ ドシュンッッ!
柔らかいステップから、いきなり床を蹴った末永さん。
「・・・・・・ツアアアァーーーイッ!」
シュバッ シュバアッ! ズドオンッッ! ズドオンッッ!
「(へぇ? 正攻法? 何の変哲も無いワンツーやなぁ? まぁ、重さは異常なほどやけどねぇ)」
一気に踏み込んで、小笹は舞子へ上段と中段のワンツーを放った。沖縄空手の稽古法で鍛え上げたその突きは、シンプルだが破壊力が異様なほど高い。しかし、その突きですら、舞子は平気で叩き落として、易々と防ぐ。
「小笹・・・・・・。裏技を仕掛けること、捨てたのね? 完全に正攻法のワンツーだ!」
「森畑先輩。末永ちゃんは、さっきお母さんの方を振り向いて、笑ってました。きっと、これ以上は、以前のようなことはしないと思います。眼が、澄んでますもん!」
「そうね。ほんと、よかった!」
阿部が、Dコートを真剣な眼で見つめながら小笹を応援している。
シュルルンシュルルン シュバアァァッ! ドドンッ! ズドドドンッッ!
「ツアアアァーッ! ツアアアァーーーイッ!」
ズドドドンッッ! ドゴオンッッ! ズドンズドオンッッ! ドオンッッ!
舞子がひとつひとつ小笹の突きを完璧に受け捌くが、その突きから放たれる打撃音はまるで火薬が炸裂したかのような音。小笹が放つ突きは、その精度がものすごく高い。
「(品のない女かと思ったけど、この突きはなかなかええやないのぉ。・・・・・・はぁー、でも、ウチ、そろそろ飽きたわぁー・・・・・・)」
トトォンッ・・・・・・ トォーンッ・・・・・・
「(あ! バックステップ! くすっ。ワタシの突きを怖がって間合いを切ったか。朝香舞子ッ! ならばぁ、覚悟ぉーッ!)」
・・・・・・グウッ ダシュッ!
大きく数歩分も後退して小笹から距離を取った舞子。それを見て、小笹は目を輝かせてさらにスピードを上げて突進。
「ツアアアァーーーイッ!」
ドシュンッッ! ドバババババババッ!
「(・・・・・・いややわぁ。そんな、我武者羅に突っ込んでぇ。ちょいと、止まりなはれやぁ)」
・・・・・・スウッ グギュウッ
思いっきり突っ込む小笹。それに向かって、舞子は腰を落として右拳を握り込んだ。
・・・・・・キイイイィィィィーーンッ!
全身のバネを解放し放たれる、超高速の突き。肩、肘、手首、拳先といった流れで一気に螺旋を描いて空気を切り裂いた舞子の突きが、小笹をめがけて飛んでゆく。
「(カウンターっ!? 軌道は・・・・・・みぞおちじゃない! 上段の顎先ねッ! そんなの簡単にワタシは防ぐよぉッ!)」
舞子の突きを察知し、小笹は突っ込みながら片腕で上段をブロック。そして、お互いの突きが交錯するが、リーチに勝る舞子の突きが先に届いた。しかし届いた場所は、小笹の顎先でもみぞおちでもなかった。
・・・・・・ドォンッッ! パアァーーーーーーーンッ!
「(う! な、なに、コレ・・・・・・。・・・・・・む、胸?)」
「(ふふっ。・・・・・・あなたの時間はこれで、止まったも同然よぉ? さよーならやわぁ、末永小笹っ)」
・・・・・・キュウンッ! シュバアッ!
「(まずい! 上段回し蹴り! ・・・・・・って、おいッ! どうしたのワタシ? 動かない! え? 見えてるんだってばぁッ! 動け! 動いてよぉッ! 今、動かなきゃ・・・・・・)」
舞子が放った突きは、上段をカバーしていた小笹の腕の下へ直撃。真っ正面から左にかけての胸元へ突き込み、軽く引き手を取った舞子は、ちょうど小笹の心臓部分を打ち抜いていた。
「ちょっと、小笹! 蹴りが来るよ! どうしたのーーーっ!」
「末永ちゃん! 前! 前ーっ! 蹴りもらったら終わりだよーっ!」
「どうしたの末永さん! そんな近場で無防備状態なんて・・・・・・」
「田村! さっき末永ちゃんが打たれた場所は心臓だ。もしや、あの朝香舞子、そこまで知ってて放った突きか! あの部分に強い衝撃を受けると、ほんの一瞬だが、全身の動きが止まって麻痺してしまう! 刹那の瞬間だけ心臓を止める、ものすごく危ない突きだろ?」
「たぶん中村の言うとおりだねぇ。まじぃな、あれ! 末永、動けーっ! 動けーっ!!」
中村の分析を聞いた田村も真剣に小笹へ声を飛ばす。
心臓を打たれた小笹は、一秒にも満たないが、麻痺して完全に時間が停止していた。
・・・・・・パパァンッ パッカァァンッ!
「止め! 青、上段蹴り、一本! 青の、勝ち!」
「「「「「 舞子ぉーっ! ナイス一本やぁーーーーっ! 」」」」」
パチパチパチパチパチパチパチパチ!
「(な、何だったのよぉ・・・・・・今のは・・・・・・ッ! ワタシの心臓を打って、動きを止めるなんて・・・・・・)」
「(三途の川までは、見ちゃいややわぁ? 心配あらへん。ちゃんと、生かしてあげたから)」
ワアアアアアアアアアアアアアアアー ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
心臓に衝撃を与え、小笹の動きを止めたところへ、舞子のしなやかな上段回し蹴りが決まった。
結果、9対0の完勝で、舞子は小笹を撃破。
メンホーを取り、お互いに一礼をするも、舞子は小笹には目もくれずに他のコートへさっさと視線を移している。敗れた小笹は、大粒の悔し涙をマットに落とし、母のもとへとゆっくり戻ってゆく。
「こ、小笹が完封で負けちゃうなんて・・・・・・。しかも、頑張ったのに、1ポイントも取れないなんて、予選で朝香朋子にやられた時以来だ!」
「も、森畑先輩。男子の試合を見てください! 末永ちゃんだけじゃないみたいですよ!?」
「え!?」
ワアアアアアアアアアアアアアアア ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
・・・・・・キイイイィィィィーーンッ! ドバァンドババァンンッッ!
驚いた顔をした阿部に促され、森畑はBコートへと目を向けた。そこには、にわかに信じがたい光景が。
「止め! 赤、上段突き、技有り! 赤の、勝ち!」
「「「「「 ええでーーーーーーっ! ナイスファイトや、朝香ーーーーっ! 」」」」」
「(・・・・・・ぬぬ! ・・・・・・な、なんてやつだ・・・・・・。これでも、一年だと?)」
Dコートではたった今、小笹が舞子に完敗したが、Bコートでも二斗がなにわ樫原高校の朝香光太郎に10対2の大差をつけられ、敗退となった。
二斗も果敢に攻めて打ち合ったが、光太郎の超高速攻撃には太刀打ちできず、どんどん点差を離されていった。最後は、二斗がフェイントで誘い出され、そのガラ空きになった上段へ凄まじい速さの二連打を浴び、技有りを取られてしまったのだ。
試合中、栃木陣営では大澤が異様なほどに二斗を応援していた。試合後、敗れた二斗の背中を、なぜか大澤は目を潤ませて静かに見つめていた。
「ふふ。光太郎も、だぁいぶ目立っとるなぁ? 朝香家の強さが、よぉ響き渡るわぁー」
敗れて悔し涙を流す小笹には目もくれず、舞子はずっと弟の試合を眺め、笑って拍手をしていた。
「二斗までが・・・・・・朝香の弟に負けたとは・・・・・・。どうなってんだ、この大会は!」
「朝香姉弟にだけ驚いてはいられないぞ田村。とんでもないことがあちこちで起きている」
「なに?」
「四回戦で田村君と戦った福岡の須藤君だけどさ、水城君にいい勝負をするかと思っていたけど、なんと、9対1の大差で敗れ去っていたんだ」
「おれも目を疑ったが・・・・・・。前原の言ったとおり、水城龍馬が須藤光則を難なく破っていた」
「なっ! まったくねぇー。どうなってんだ、本当に。・・・・・・俺は全国でどの程度のレベルなのかねぇー?」
その後、試合はどんどん進み、準決勝戦へと進む。
Aコート、前年度王者 水城龍馬 対 なにわ樫原 猪渕悟は、猪渕を水城が8対3で下す。
Bコート、瀬田谷学堂 恩田昂士 対 なにわ樫原 朝香光太郎は、朝香弟としての存在感を大いに見せつけ、9対4で光太郎が制した。
Cコート、前年度女王 朝香朋子 対 松坂第四 吉岡理沙は、まったく相手を寄せ付けずに朝香が9対0の完勝。
Dコート、首里琉球学院 金城陽 対 花蝶薫風女子 朝香舞子は、舞子が力を抜いて余裕を見せすぎるほどの内容で、9対1の圧勝。
残る栃木勢は、朝香朋子ただ一人。
しかし、準々決勝戦までの激戦を続けてきた田村、川田、小笹、二斗も素晴らしい組手を展開した。
前原や森畑は「みんな、本当にお疲れ様」と言って、その場で拍手を贈っていた。