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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第2部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第5章 勝負の世界の「白と黒」
88/106

2-88、川田真波の意地。朝香舞子の意地。

「(・・・・・・。残念ね。万全の川田さんと戦いたかった・・・・・・)」


   キイイイィィィィーーンッ!  スッパアァァァァァァァンッ!


「(くぅ・・・・・・っ!)」

「止め! 赤、上段突き、有効!」


   ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ


「「「「「 朝香先輩ナイス上段でーーーーーすっ! 」」」」」


 手抜きは一切無い朝香。

 確実に、弱った川田へ正確な技を放ち、決めていく。


「ふふーん。さて、阿部さんだっけ? 朝香先輩が、どうなるって?」

「むーっ・・・・・・。川田先輩、足さえ傷めてなければ・・・・・・」

「だいたい、朝香先輩は三年生だけど、全空連ナショナルチームの中でもトップクラスの実力にまでレベルが上がってるのよ? 私たちとたった一年しか違わないのにそのレベル。もともとの素質が違うのよ。言わなくても、わかるでしょ?」

「そんなこと、認めたくないけど・・・・・・。川田先輩だって、朝香さんと何ら変わらない三年生なんだよ! でも、どうしてここまで・・・・・・」

「柏沼高校でむしろ、朝香先輩とあれだけやり合えて、他の強豪すら下してるんだから、あなたの先輩もかなりのものだと私は思うけどね。現に、私も認めたくはないけど、私や一年の矢萩、川島じゃ、あの川田真波って人には勝てない。ここまで戦ってるのが、すごいと思うんだから、それでいいじゃないか?」

「嫌よ! わたしは、川田先輩が朝香朋子超えをするところを、一度でいいから見たいの」


 大澤もやれやれと言った感じで引き下がるほどに、阿部は強い意志を持って川田の勝利を信じている。両手を握り、頬に涙を流しながら、試合の流れが変わるのを祈っている。

 阿部は空手道部に入ったとき、たった一人の一年生女子部員だった。当時の三年生も女子は二名。そして二年生にいたのが川田と森畑だった。

 完全に初心者からスタートした阿部には、川田が基本の握り方から立ち方まで、ほとんどつきっきりで教えていたのだ。きっと阿部の中では、森畑以上に川田が親しい先輩であるのだろう。そして、その川田がもしここで敗れてしまうと、高校最後の試合となり部活動引退になってしまう。

 その現実を、受け止めたくないのかもしれない。

 現在、得点は5対0。まだ、試合が始まってから三十秒しか経っていない。


「続けて、始め!」

「(もう、強すぎてワケわかんないね朝香・・・・・・。すごいなぁ、あんたは。やっぱり、日の丸を背負ってる人は、違うなーっ・・・・・・。・・・・・・って、アタシだって、柏沼高校の三つ柏を校章に背負ってるんだ! 後輩達の思いも、同期の思いも、背負ってるんだ!)」

「(・・・・・・諦めてない眼。・・・・・・さすがだね、川田さん・・・・・・。そういうところが、私はあなたの良いところだと認めてるよ。・・・・・・あとは、任せて・・・・・・)」


   ・・・・・・キイイイィィィィーーンッ!  シュゥバアアアァァァァァァッ・・・・・・


 迫る超高速の上段回し蹴り。川田は右足ががくがくと震え、力が入らずに膝がすとんと落ちてしまった。


「(ごめん、みんな・・・・・・。アタシ、ここまでだ・・・・・・)」

「川田先輩ーーーーーーーーっ! 避けてーーーーーーっ!」


 思いっきり叫ぶ阿部に並び、内山と大南も、一緒に叫んだ。

 森畑と田村は、無言でその最後の一瞬を、見届けていた。


   ・・・・・・パシャアアアァァァァァ・・・・・・ンッ・・・・・・


「・・・・・・真波ぃ・・・・・・。真波・・・・・・」

「気持ちは、負けてなかったねぇ・・・・・・。川田、最後に良い姿、見せられたか?」


 ふうっと俯いた森畑の横で、田村が真顔でぽそっと呟いた。


   ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ  ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!


「止め! 赤、上段蹴り、一本! 赤の、勝ち!」


   ザワザワザワザワザワザワザワザワ  ザワザワザワザワザワザワザワザワ


「「「「「 (なんや、あっけない試合やったわ。ミランダとのがおもろかったわ!) 」」」」」

「「「「「 (朝香朋子、強すぎやなぁ! あの子、立てへんちゃう? なんやぁ?) 」」」」」

「「「「「 (無理だべ、朝香超えなんて! もーちっと戦えるやついないんけ?) 」」」」」


   ザワザワザワザワザワザワザワザワ  ザワザワザワザワザワザワザワザワ


 あっという間に終わってしまった試合に、観衆もあちこちから心ない一言を漏らす者もいる。

 川田は開始線の所でしゃがんでしまい、立てないようだ。松島が監督席から慌てて駆け寄ろうとした、その時・・・・・・。


「・・・・・・痛っ・・・・・・。ど、どうしよう・・・・・・立てないや・・・・・・」


   ・・・・・・すくっ   がしいっ   ぐういっ


「あ、朝香・・・・・・」

「ごめん。傷めてるの知ってたけど、足払いかけちゃって・・・・・・。私となら、立てる?」

「ありがとね・・・・・・。そして、情けをかけないで全力でやってくれたのも、ありがとう」


 朝香は川田の腕を引っ張り、支えながら松島の所まで一緒に歩いて、送った。


「い、いやぁ、すまない。お世話かけて。これも勝負の結果だから仕方ないけどな・・・・・・」

「川田さんを・・・・・・お願いします。・・・・・・足、すぐにケアが必要かと・・・・・・」


 そう言って、朝香は松島に一礼し、振り向き際に川田の肩をぽんと軽く叩いた。


「朝香ありがとう。アタシ、これが精一杯だった。ごめん。いつか、また・・・・・・」

「ふふっ・・・・・・。また、できるよ・・・・・・。空手は一生続くんだから・・・・・・さ?」


   すた  すた  すた  すた・・・・・・  ぴたり


「朝香? どしたの?」


 その場から去り、赤側へ戻ろうとした朝香が、Dコートを睨むように見つめていた。


「Dコート・・・・・・。末永小笹は、舞子となのね・・・・・・。舞子の組手は、あの子と相性が悪すぎる! すごく心配・・・・・・。末永小笹は、舞子を本気にさせちゃいけない・・・・・・」

「な、なにそれ! どういうこと? 朝香! あんたの妹の組手って、いったい・・・・・・」


 朝香が気にかける妹の組手。小笹と相性が悪いとは、どういうことなのだろうか。


「・・・・・・舞子・・・・・・っ」


 妹の方をじっと見つめたまま、朝香は佇んでいる。その視線に気付いた舞子は、目だけで軽く笑った。


――――。

(え! お姉、花蝶行かんの? なんで? 関東の等星なんかに、なんで決めたんや!)

(ごめん・・・・・・。舞子、もう、嫌なんや。ここで空手やるのは。京を、離れるわ)

(光太郎もウチも、お姉が出てくなんて知らんかったわ! なんで・・・・・・。なんでや!)

(舞子。光太郎をお願いね。・・・・・・来月、この家、出て行くから・・・・・・)

(お姉の、裏切りモン! ウチも光太郎も、お姉を追いかけてやってきたのに)

(朝香家をそんな簡単に捨てて・・・・・・もう知らん、お姉なんかぁ! ――――)

――――。

(・・・・・・ウチは、お姉みたいになりたかった。お姉は、英雄や。ウチも光太郎も、強くて輝いてるお姉が、一番好きやった。なのに・・・・・・お姉は、ウチらを見捨てて出て行った! なら、ウチが、お姉に代わって、朝香家をもっと輝かせたる! 何が何でも勝つんや!)

(あれが朝香家の次女、朝香舞子やで! 全中予選、やっぱり朝香家が優勝やなぁ!)

(でもなぁ、去年は近畿地区、朝香朋子と藤崎さつきのような、怪物級がおったけど、何だか今年は地味やわぁ。次女も、姉と比べたら、数段レベルは落ちるしなぁ?)

(並の中学生とは言わんけどぉ、去年のレベルに比べたらなぁ・・・・・・。二番煎じ以下や)

(せやなぁ。朝香舞子、優勝はしたけど、姉の廉価版みたいなもんやしなぁ ――――)

――――。

(中学タイトル全制覇や! これでウチも、朝香家をもっと輝かせられる! やったぁ)

(等星女子の朝香朋子が、高校一年で国体も全国選抜も制覇やて! ナショナルチームも最年少で合格したらしいなぁ! さっすが、あの朝香朋子やなぁ!)

(ウチは、中学タイトル、全部獲ったよ? なのに、なんで誰もみんな、未だにお姉のことにしか目がいかんの? ウチは、お姉の陰になったまま? 嫌や、そんなん!)

(舞子! 世間に認められたかったら、もっと印象に残る勝ち方をせなあかん。朋子を超えたかったら、朋子の二番煎じはあかん。お前はお前独自の強さを極めぇ!)

(朝香朋子の陰、朝香朋子の二番煎じ、朝香朋子の妹・・・・・・。ふざけんなや、お姉っ! わかったわ、お父さん。ウチは、独自の強さを磨くわ。花蝶薫風女子高で! ウチは、朝香朋子の妹やないわ。朝香家の、朝香舞子や! お姉を絶対超える! ――――)

――――。

(ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ! ザワザワザワザワザワザワザワザワ)

(・・・・・・ば、ばかな! 等星の主将であるこの私が、一年に、完敗だと・・・・・・)

(等星の主将が、花蝶薫風の一年に完封負けだ! 相手は、朝香舞子だ!)

(どぉや、お姉? 等星の主将なんて、ウチは目じゃない強さになったでぇ?)

(朋子。・・・・・・お前の妹、末恐ろしい強さだ! 主将がまったく手も足も出ないとは)

(・・・・・・。・・・・・・私と有華しか、白星、つかなかった・・・・・・。・・・・・・舞子の組手は、いつから・・・・・・あんな組手に・・・・・・。・・・・・・私がいつか、正してやらないと・・・・・・)

(インターハイ優勝は花蝶だ! 一年の朝香舞子が等星の主将に大金星だ! ―――)

――――。


「(お姉。今年はこのインターハイ個人戦で、決着つけてやるからね。ウチは、お姉とは違う朝香家の空手を極めるんや! お姉を倒したら、また、昔以上に朝香家を繁栄させなあかんのや。お姉には、朝香家に何としても、戻ってもらうで・・・・・・)」


   ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ  ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ


 Dコートで、メンホーを準備する舞子と小笹。


「赤、栃木県! 海月女学院高校、末永選手!」

「はぁーいっ!」

「青、京都府! 花蝶薫風女子高校、朝香選手!」

「はいーっ!」


   ~~~選手!~~~


 元気よくはしゃぐように開始線まで駆け込む小笹。対する舞子は、小笹の元気良さとは相反して、ゆっくりと静かに入場し、気怠そうに開始線へ立った。


「川田さん、あんな痛々しい状態で朝香さん相手に最後まで頑張ったけど・・・・・・。まったく容赦なく、あっという間に終わしちゃったなぁ朝香さんは・・・・・・」

「前原。私は、朝香の試合は、真波に対する優しさが溢れてたと思うよ? 右足が痛くてまともに立つことすらままならないのを、できるだけ早く、終わりにしてくれたのかもね・・・・・・」


 しんみりと前原に語る森畑。その後ろでは、涙を流している阿部に崎岡や諸岡が同じようなことを諭していた。

 前原の横では中村と長谷川が、まるで当てが外れたギャンブラーが馬券を投げ捨てるかのような動きで、残念がってじたばたしていた。井上はそれを見て、「何やってんだこいつらは?」と不思議がっている。


「朝香先輩は万が一にも負けること無いと思ってたが、無事に終わって良かった。万が一があったら私、阿部さんに約束しちゃったからなぁ。素っ裸逆立ちでのラッパ吹きを・・・・・・」

「く、くそぉ。なんてやつだ朝香朋子。おれたちの期待を見事に打ち砕いてくれたなーっ!」

「まったくです、中村先輩! ・・・・・・恐るべし、朝香朋子! 後輩を護るとはっ! くっ!」


 大澤は、二人のその会話を聞きながら、井上と同じように不思議そうに首を傾げた。


「さて、朝香妹と末永の対戦かぁ。妹も恐ろしく強ぇみたいだけど、じっくり見たことないんだよねぇー。・・・・・・どんな感じなんだべ?」

「田村。・・・・・・朝香舞子は、朋子と同じような組手だと思ったら大間違いだ。末永小笹が当たるが、あいつ、もし朝香舞子を相手に私に仕掛けたような殺気や裏技なんかを振るったら、とんでもない目に遭う! 末永小笹とやる、ってのが少し不安だ・・・・・・」

「そーいや、妹も、二斗が言うには何だかよくわかんねーけど、裏技を使うんだってねぇ?」

「ああ。・・・・・・あの風雅な雰囲気と、朋子によく似た京美人みたいな風貌に惑わされたら、地獄を見ることになる。・・・・・・平穏にこの試合、終われば良いが・・・・・・」

「有華も私も、去年のインターハイで、うちの主将が徹底的に痛めつけられ、完封負けを喫したのを目の当たりにした。主将は心ごと砕かれ、そして、卒業と同時に空手を辞めたよ」


 等星の二人がDコートを心配そうに見つめている。朝香もCコートから隣のコートを見つめている。

 川田は松島とドクター席からその様子を眺めていた。

 朝香舞子 対 末永小笹の一戦が、いま、始まろうとしていた。

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